第13話 しぶとい奴は、嫌いじゃない
セバスが、仲間に、加わってから。
ワタシの「活動」は、見違えるように、変わった。
以前は——というより、フィーを救った、あの時は。ワタシ一人で、何もかも、やろうとして、空回りしていた。買い付けの口実も、その後の始末も、行き当たりばったり。今、思い返しても、冷や汗が出る。
けれど、セバスが、いてくれる、今は。違う。
ワタシが、鑑定で「視つける」。セバスが、その後の「段取り」を、組む。買い付けの口実、資金の都合、台帳の処理、そして——解放した後の、身の振り方まで。
力と、知恵の、二人三脚。
そうして、フィーの次に——ワタシたちが、手を差し伸べることに、なったのが。
ちょっとばかり、予想外の、人物だった。
*
「——へい、そこの坊っちゃん! いい目を、してるねえ!」
檻の中から、やたらと、元気な声が、飛んできた。
ワタシは、思わず、足を、止めた。
声の主は、ワタシと、同じくらいの、歳の、少年だった。痩せて、薄汚れているのは、他の奴隷と、同じ。なのに——その目だけが、爛々と、活き活きと、輝いている。まるで、ここが、奴隷市場だということを、忘れているみたいに。
「坊っちゃん、見たところ、いいとこの子だろ? どうだい、おれを、買わないか? おれはね、そんじょそこらの奴隷とは、違うよ。算術はできる、字も読める、人の使い方も、心得てる。——おれを、買うのは、坊っちゃん、あんたにとっても、お得な、取引だぜ?」
(——なんだ、この子)
奴隷のくせに。自分を、売り込んでいる。
しかも、その口上が、やたらと、堂々としていて、妙に、説得力が、ある。
ワタシは、面白くなって、つい、鑑定の目を、向けた。
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ニコ(債務奴隷)
種族:人間/年齢:12
習得スキル:算術/交渉術/読み書き
潜在素質:【商才】★★★★★/【交渉】★★★★
備考:親の借金のかたに、売られた。檻の中でも、他の奴隷に食料を融通し「貸し」を作っている
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(——商才、星五つ。交渉、星四つ)
ワタシは、思わず、にやりと、した。
檻の中で。鎖に、つながれて。それでも、この子は——商売を、していた。他の奴隷に、食料を、融通して、「貸し」を、作る。看守と、交渉して、待遇を、少し、良くさせる。
腐っていない。この、最悪の境遇の中でさえ、この子は、一ミリも、腐らずに。隙あらば、這い上がろうと、している。
(——しぶとい奴だ)
ワタシは、ニコの檻の前に、しゃがみこんだ。
「君、檻の中で、商売、してるね?」
ニコの、口上が、ぴたりと、止まった。
「……は? なんで、それを」
「他の奴隷に、貸しを作って。看守を、丸め込んで。——なかなか、やるじゃないか」
ニコは、ぽかんと、ワタシを見て——それから、にっと、口角を、上げた。
「へえ……坊っちゃん、見る目、あるねえ。気に入ったよ」
「立場、逆じゃない?」
「細けえことは、いいんだよ」
(——あはは。こいつ、面白いな)
*
手続きは、セバスが、てきぱきと、進めてくれた。
ニコの、買い取り価格は、債務奴隷だけあって、フィーよりは、高かった。けれど、セバスは、商人相手に、見事な、値切り交渉を、披露し——結局、当初の半額近くで、話を、まとめてしまった。
「……セバス、すごいな」
「なに。長く、生きておりますとな」
帰る、馬車の中。
ニコは、最初こそ、「いい買い物を、されましたねえ、坊っちゃん」と、調子よく、喋っていたが——
ワタシが、おもむろに、切り出すと、その顔が、固まった。
「ニコ。——君の、首の隷紋、消すよ」
「……は?」
「君を、自由にする。もう、誰の奴隷でもなくする。——その上で、もし、よかったら。ワタシたちと、一緒に、働いてほしいんだ。奴隷としてじゃ、なく。対等な、仲間として」
ニコは、ぽかんと、口を、開けた。
いつも、回り続けている、口が。初めて、止まった。
「……いや、待てよ、坊っちゃん。隷紋を、消すって……そんなの、できるわけ——」
「できるんだ。これが」
ワタシは、笑った。
そして——馬車の中。ニコの目の前で、その、隷紋を、解いて、見せた。
あの夜、フィーにしたように。鑑定で、構造を読み、手探りで、波長を、合わせ——黒い紋様が、淡い光に、変わって、ほどけていく。
今度は、フィーの時より、ずっと、早かった。一度、成功を、経験したことで、ワタシの腕は、確かに、上がっていた。
紋が、消える。
ニコは——自分の首を、何度も、触って。
そして、震える声で、言った。
「……マジ、かよ」
「マジだよ」
「……なんで、だ。なんで、こんな……あんた、何が、目的だよ。おれを、自由にして、あんたに、何の、得が——」
「得なんて、ないよ」
ワタシは、肩を、すくめた。
「強いて言うなら——君みたいな、しぶとい奴が。自由になって、その商才を、思いっきり、振るったら。きっと、面白いことに、なるなって。それが、見たいだけ、かな」
ニコは、しばらく、ワタシを、見つめて。
それから——くしゃっと、顔を、歪めた。
憎まれ口を、叩き続けてきた、たくましい少年が。初めて、子どもらしい、顔を、して。
「……っ、ずるい、だろ。そんな、言い方」
ぐい、と、腕で、目元を、拭って。
「わかったよ。——おれの、商才。あんたに、預けてやる。せいぜい、こき使えよ、坊っちゃん。——いや」
ニコは、洟を、すすって、にっと、笑った。
「ルキ、の旦那、だったな」
*
もっとも——ニコを「自由にする」といっても。それは、あくまで、ワタシとニコの間の、心の話だ。
表向きは、そうは、いかない。
「ニコ。——悪いけど、君の首も、これで、隠しておいてくれ」
ワタシは、フィーの時と同じ、生成りのスカーフを、ニコに、手渡した。
「隷紋が、消えてるのが、ばれたら。ワタシも、君も、ただじゃ済まない。——この世界じゃ、隷紋は、誰にも消せないのが、常識だからね。首さえ、隠しておけば、誰も、疑わない」
「……なるほどねえ」
ニコは、感心したように、スカーフを、首に、巻いた。
「消せないはずのもんが、消えてる。——だから、逆に、バレねえ、ってわけか。うまいこと、考えるねえ、旦那」
さすが、商売人。飲み込みが、早い。
台帳の処理も、セバスが、抜かりなく、整えてくれた。ニコにも、フィーと同じように、書類の上では、一度「死んで」もらう。——そうして、表向きは、この世から、姿を消す。
だが、その、行き先が。フィーとは、少し、違った。
「ルキウスさま。あの少年の、身の置き所ですが。——屋敷は、いささか、目が多うございます」
馬車の中で、セバスは、声を、潜めた。
「幸い、領都の外れに、打ち捨てられた、古い鍛冶場が、ございます。もう、長らく、使われておらず、人目にも、つきませぬ。あそこを、こっそり、手入れして——ニコのような者たちの、身を寄せる場所に、いたしましょう」
(——さすが、セバス。もう、そこまで)
フィーは、あの時、あまりに、衰弱していた。放っておけず、屋敷で匿うしかなかった。だから、家族に、「奴隷を、憐れんで、雇い入れた」と、説明した。
けれど、これから、仲間が増えていくなら。いつまでも、屋敷というわけにはいかない。家族の目の届かない、秘密の拠点が要る。
——その第一歩が。その、古い鍛冶場、というわけだ。
「ニコ。——君の、住まいは、今日から、そこだ。まだ、埃っぽい、あばら家だけど」
「へえ。——上等さ。鎖に、つながれてた身が。屋根の下で、眠れるってだけで、御の字だよ」
ニコは、からりと、笑った。
*
その夜。
領都の外れの、古い鍛冶場。
打ち捨てられて、久しい、その、あばら家の片隅に——ワタシと、セバスと、フィーと、そして、新入りの、ニコが、集まった。
セバスが、さっそく、最低限の、手入れを、してくれた場所だ。とはいえ、まだ、急ごしらえ。ランプと、椅子が、いくつか、あるだけの、埃っぽい、殺風景な、場所だったけれど。——それでも、家族の目を、気にせず、心置きなく、集まれる。その、ありがたさは、何にも、代えがたかった。
フィーは、ワタシが、屋敷から、そっと、連れ出してきた。新入りのニコを、最初、警戒するように、見ていたけれど。ニコが「よっ、銀髪のお嬢ちゃん、よろしくな!」と、馴れ馴れしく、話しかけると、戸惑いながらも、ぺこりと、頭を、下げていた。
賑やかに、なった。
ほんの、少し前まで、ワタシ一人の、孤独な、戦いだったのに。今は、ここに、四人。
(——増えた、な)
ワタシは、その光景を、見ながら、思った。
力ある、子を、視つけて。鎖を、解いて。対等な、仲間として、迎える。
一人ずつ。手の届く範囲から。
まだ、四人。世界の、奴隷の数から、すれば、ほんの、ひとしずく。
でも——このひとしずくが、いつか。
(——いや)
ワタシは、ニコと、フィーが、ぎこちなく、話している様子を、眺めて、こっそり、笑った。
先のことは、わからない。
でも、今は——この、増えた賑わいが。
ただ、嬉しかった。




