第116話 囚われの王のもとへ
剣聖を——いや、もう敵ではない。アルベルトと名乗った、その人を味方に加えて、ワタシたちは離宮の奥へと進んだ。
深手を負ったレオ兄は、ニコたちが手当てをしている。クラリスティアも、無事だ。
「この先だ」
アルベルトが、先導しながら言った。
「陛下は——この離宮の最奥の一室に、囚われておられる。私が案内する」
かつて王の番人だった男が。今は——王を救うために、道を開く。
*
重い扉の前に立つ。
アルベルトが鍵を開けると——軋む音とともに、扉が開いた。
その奥に。薄暗い部屋の窓辺に、一人の人影が椅子に腰かけ——じっと、外の闇を見つめていた。
簡素な寝間着。やつれた頬。けれど——その横顔には、紛れもない気高さが、宿っていた。
「……陛下」
ワタシが声をかけると、その人は——ゆっくりと、こちらを振り向いた。
*
国王陛下。
ワタシが、この人と顔を合わせるのは——二度目だ。
一度目は——あの玉座の間。大神官が傍らに控え、衛兵が居並ぶ中での、謁見だった。あの時、王は——終始慎重で、冷たくも見える態度で、ワタシを退けた。
でも——今なら、わかる。
あれは——大神官の目が、あったからだ。本心を明かせば、どんな咎めを受けるか、知れない。だから王は——あの場では、心を殺すしかなかった。
ワタシたちが本当の心を通わせたのは。それから後の——グレイを介した、言葉のやり取りで、だった。
*
顔を合わせて語り合ったことなど——一度もない。
なのに——ワタシたちは、誰よりも深く、夢を分かち合ってきた。
「……そなたは」
王が、掠れた声で言った。その目が——信じられないものを見るように、見開かれていく。
「ルキウス——なのか。なぜ、そなたが、ここに……」
「はい」
ワタシは、片膝をつき、頭を垂れた。
「お迎えに上がりました。——遅くなって、申し訳ありません、陛下」
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王は——しばらく、言葉を失っていた。
そして——その目から、つう、と。一筋の涙が、こぼれ落ちた。
「……来て、くれたのか。本当に——そなたが」
王は、椅子から立ち上がろうとして、よろめいた。ワタシは慌てて駆け寄り、その体を支える。
「無理を、なさらず」
「すまぬ……。情けない姿を見せる。王でありながら——余はまた、何もできなかった。大神官に逆らった、その咎で——こうして閉じ込められ。そなたが罪を着せられるのを——止めることも、できなんだ」
王の声は——悔恨に、震えていた。
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「そんなこと、ありません」
ワタシは、王の目をまっすぐ見つめた。
「陛下は——大神官に逆らってくださった。千年、誰もできなかったことを。ワタシのために——立ち上がってくださった。そのお気持ちだけで——ワタシは、十分です」
「ルキウス……」
「それに——陛下は、何も終わっていません。これからです」
ワタシは、王の体を支えながら、力強く言った。
「陛下がご無事でいてくださった。それが——何よりの希望です。さあ——ここを出ましょう。そして——すべてを正すのです」
*
王の瞳に、少しずつ——光が戻っていく。
諦めと無力感に沈んでいた、その目に。再び——意思の炎が、灯る。
「……ああ。——そう、だな」
王は、ワタシの肩を借りて、しっかりと立ち上がった。
「余は——もう、囚われてはおらぬ。そなたが——解き放ってくれた」
その言葉に、ワタシの胸も、熱くなった。
千年、玉座に縛られていた王。その見えない鎖もまた——今、解けたのだ。
*
「陛下。——一つ、お願いがあります」
ワタシは、王を支えながら言った。
「大神官は、陛下のお名前を騙り——偽りの王命で、ワタシを捕らえました。あの男の企みを暴くには——陛下ご自身の、お言葉が必要なのです」
「うむ」
王は、力強く頷いた。
「すべて——余が証言しよう。あの王命は偽り。余の与り知らぬところで——大神官が、余に成り代わって出したものだ、と。——もう、誰にも握り潰させはせぬ」
王の声には。もう——あの玉座の間で見せた、諦めの色は、なかった。
*
「行きましょう、陛下」
ワタシは、王の手を取った。
かつて——大神官の目の前で、冷たく突き放すしかなかった、その手を。今、ワタシは——確かに、握り返している。
誰の目もない。偽りも、駆け引きも、いらない。ただ——同じ夢を見る二人として、ワタシたちは、並んで立っていた。
「長い間——独りにしてしまいました。でも——もう、独りではありません。共に参りましょう。——あの千年の闇を、終わらせるために」
王は——力強く、頷いた。
その横顔は。もう、囚われの王では、なかった。
自らの足で立ち、闇に立ち向かう——一人の王の、顔だった。




