↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
123/129

第111話 届かぬ刃

 俺、レオ・アーデルハイトは、王宮の奥深くを進んでいた。


 クラリスティア嬢の案内は、的確だった。彼女の記憶を頼りに、俺たちは衛兵の目をかいくぐり、ここまで来た。


 グレイとかいう爺さんの情報によれば、ルキと、いや、陛下が囚われているのは、この先の古い離宮だ。そして、ルキの牢も、どうやら——そのすぐ近くにあるらしい。


(——待ってろよ、ルキ。今、助けてやる)


 俺は奥歯を噛みしめ、足を速めた。


*


 だが、離宮へ続く最後の回廊に踏み込んだその時。ぞくり、と——背筋に悪寒が走った。


 回廊の中ほど。月明かりの差し込むその場所に——一人の男が立っていた。


 長身。鋭い眼光。腰には、一振りの剣。


 ただ立っているだけ。なのに、その全身から放たれる圧が——尋常では、なかった。


「——そこまでだ」


 男は、静かに言った。


「ここから先へは、通さん」


*


「お前……何者だ」


 俺が誰何すると、男はわずかに目を伏せた。


「剣聖、と——人は、わたしをそう呼ぶ」


 剣聖。その名を聞いた瞬間、隣でニコが息を呑むのがわかった。


「剣聖、だと……。この国最強の、剣士の?」


 俺も、噂は聞いていた。大神官に飼われた、無双の剣の使い手。大神官の意に逆らう者を、誰であろうと斬り伏せる——その手足。


 なるほど。大神官は、こんな化け物に、幽閉した陛下の守りを固めさせていたのか。


 だが——。


「悪いが、剣聖さんよ」


 俺は、剣を抜いた。


「俺たちは、ここを通る。——弟を救うためにな」


*


「下がっていろ」


 俺は、クラリスティアたちを背に庇った。


「こいつは——俺が、やる」


 辺境で、魔物を何百と斬ってきた。フォレストボアだろうが何だろうが、一刀の下に伏せてきた。腕には、自信があった。


 俺は地を蹴り、剣聖に斬りかかった。


 渾身の一撃。だが剣聖は、最小限の動きでそれを受け流す。


 ——きぃん!


 甲高い音が、回廊に響いた。


 受け止められた。だが、俺とて——一撃で終わるほど、やわじゃない。


 俺はすぐに剣を引き、二の太刀を放った。横薙ぎ、そこから返す刃で下段、上段。——辺境で魔物を相手に磨いた、手数の多い連撃だ。


「——っ」


 剣聖の眉が、わずかに動いた。


 俺の連撃を、一つ、また一つと剣聖が捌いていく。だが、その足が——初めて、半歩退いた。


(——どうだ!)


 手応えが、あった。最強と謳われる剣聖を相手に、俺の剣は届きかけている。


「やるな」


 剣聖が、低く呟いた。その声には、わずかな感心の色があった。


「魔物斬りの、剣か。荒削りだが——悪くない」


 褒められても、嬉しくはない。俺はさらに踏み込み、渾身の唐竹割りを叩き込んだ。


 ——がぎぃん!


 剣聖が初めて、両手で剣を構え、それを受け止める。火花が、散った。


 鍔迫り合い。俺は、全体重を剣に乗せる。


「ぐ、ぬ……っ」


 押し込め。あと、少し——!


*


 だが——そこまでだった。


 剣聖が、ふっと力を抜いた。


 俺の体が、つんのめる。その一瞬の崩れを、剣聖は——見逃さなかった。


 しなやかに身をひねり、俺の剣を受け流しざま——その刃が、俺の脇腹を深く薙いだ。


「——がっ……は!?」


 灼けるような痛み。脇腹から、血が噴き出す。


 俺はたまらず、膝をついた。


 速い。さっきまで捌きに回っていた剣聖が、攻めに転じた途端——その動きが、別物に変わった。


(——なんて、野郎だ。さっきまでのは——様子見、だったのか)


 手応えがあったと思ったのは、錯覚だった。剣聖は俺の力を見定めていただけ。その上で、まだ底を見せていなかったのだ。


 格が、違う。武人として生きてきたこの俺が、これほど完膚なきまでに叩きのめされたのは——初めてだった。


「レオ様!」


 クラリスティアの、悲鳴が響いた。


*


「——脇腹は、急所を外した。が、長くは動けまい」


 剣聖が、冷たく言い放つ。情けではない。ただ、事実を告げただけだ。


 その目に、迷いはなかった。さっき、わずかに見えた悲しげな色。それを——この男は、自ら押し殺している。


「次は、急所を、突く。——立てぬなら、それまでだ」


 無慈悲な、言葉だった。


 俺は脇腹を押さえ、よろめきながら、なお剣を構えようとした。だが、体に力が入らない。血が、止まらない。


(——くそ……っ。立て。立てよ、俺の体……!)


「——お退きなさい!」


 その時だった。


 俺の前に、クラリスティアが進み出た。手には、いつの間にか——細身の剣が、握られている。


*


「クラリスティア嬢!? お前、何を——!」


「レオ様は、もう、戦えません。なら——わたくしが」


 その構えを見て、俺は、目を、疑った。


 隙が、ない。


 令嬢の、ただの護身術ではない。腰の据わった、本格的な剣の構えだった。


「言い忘れて、おりましたが」


 クラリスティアが剣聖を見据え、静かに言った。


「わたくし、これでも——学院の剣術大会で優勝した身です。淑女のたしなみと、侮られては——困りますわ」


 次の瞬間、クラリスティアが——地を蹴った。


*


 ——しゃん、しゃん、しゃん!


 澄んだ金属音が、連続して響く。


 クラリスティアの剣が、剣聖の刃と——何合も、打ち合っている。


 速い。そして——美しい。


 無駄のない、洗練された剣筋。まるで舞うように、剣聖の攻撃をいなし、時に——鋭い突きを、返す。


 あの氷のバラが、こんな剣を——使うのか。


「——ほう」


 剣聖の声に、初めて——はっきりとした驚きが、混じった。


「貴族の、令嬢が。大したものだ」


 だが——それでも。


 打ち合いが続くほどに、クラリスティアの息が——上がっていくのが、わかった。


*


(——だめだ。地力が、違いすぎる)


 俺は膝をついたまま、歯噛みした。


 クラリスティアの剣は、見事だった。だが、相手が悪すぎる。大会で優勝するほどの腕前も、この国最強の剣聖の前では——。


 じりじりと押されていく。一合、また一合と、クラリスティアの剣が弾かれ、体勢が——崩れていく。


「——っ、はぁ……っ」


 クラリスティアの額に、汗が滲む。剣を握る手も、もう——限界が、近い。


「見事な剣だ。だが——ここまでだ」


 剣聖が、ひときわ強く——クラリスティアの剣を、打ち払った。


 ——きぃん!


 甲高い音とともに、クラリスティアの剣が宙を舞い、床に——転がる。


「——あ……っ」


 武器を失い、クラリスティアが——よろめいた。


*


「クラリスティア嬢!」


「お嬢さん、逃げろ——!」


 ニコたちが叫ぶ。だが、間に合わない。衛兵に阻まれ、誰も——動けない。


 剣聖が、剣を振りかぶった。


 その切っ先が、無防備なクラリスティアへと——向けられる。


「——女神の、御心のままに」


 剣聖の刃が、月明かりを弾いて——煌めいた。


 俺は、動けない。ニコたちも、届かない。クラリスティアは、ただ目を見開いて——迫る死を、見つめている。


「やめろぉ——————!!」


 俺の、喉が、張り裂けんばかりの、絶叫を、放った。


 白刃が、振り下ろされる。


 クラリスティアの、細い首筋へ向かって——。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。