第109話 覚悟のしるべ
わたくし、クラリスティア・オルブライトは。その夜、屋敷の大広間にいた。
集まったのは、父——オルブライト侯爵。ルキウスの父君、アーデルハイト辺境伯ガイウス様。その息子で、ルキウスの兄君、レオ様。そして、商会のニコたち。
ルキウスを、そして囚われた陛下を、救い出す。——その作戦を練るための、顔ぶれだった。
大広間の空気は、張り詰めていた。皆の顔に、それぞれの決意が刻まれている。
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「では——作戦を、確認しよう」
父が、低い声で口を開いた。
「鍵となるのは、陛下の救出だ。大神官が王命を騙り、ルキウス殿を陥れた。ならば——その王命が偽りであると、陛下ご自身に証言していただくしかない」
父の言葉に、皆が頷く。
「陛下さえ表に出て、真実を語れば。大神官の企ては、根底から崩れる。ルキウス殿の無実も、明らかになる」
だが——と、父は続けた。
「問題は、陛下が宮の奥深くに幽閉されていることだ。大神官の息のかかった衛兵に、固く守られている。正面から訪ねても——会わせては、もらえまい」
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「だから——陽動を、使う」
ガイウス様が、太い腕を組んで言った。
「わしが城門で暴れる。『倅に一目会わせろ』と、な。辺境伯がわざわざ王都まで来て、息子に会わせろと騒ぎ立てれば——衛兵どもの目は、嫌でもそちらに向く」
豪快なその策に、わたくしは息を呑んだ。
「ですが、辺境伯様。それでは、あなた様が——」
「なに、構わん」
ガイウス様は、豪快に笑った。
「老い先短い年寄りが一人、騒いだところで、どうということはない。それで倅が救えるならば——安いものよ」
息子のために、自ら囮になる。その覚悟に、わたくしは胸を打たれた。
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「侯爵様は——大神官を、足止めなさるのですね」
ニコが、確認するように言った。
「ああ」
父が頷く。
「わたしは、大神官のもとを訪ねる。『陛下のご容態が案じられる』と、な。侯爵家の当主として、堂々と問いただす。大神官とて——無下には扱えまい。その間、あの男の注意は、わたしに釘付けになる」
父が大神官を引きつけ、ガイウス様が衛兵を引きつける。その二重の陽動の隙に——。
「本命の潜入部隊が、宮の奥へ忍び込む」
父の視線が、一同を巡った。
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「ですが——広い王宮の、どこに陛下が囚われているのか。それがわからなければ——捜しようが、ありません」
わたくしの問いに、父は——静かに、頷いた。
「その点は——案ずるな。実は、すでに——内通者から、報せが届いている」
「内通者?」
「陛下に長くお仕えしてきた——老侍従の、グレイ殿だ」
父は、声を、潜めた。
「グレイ殿は、陛下の数少ない味方。大神官の目を盗み、危険を冒して——わたしに、こっそりと伝えてくださった。陛下が、どこに閉じ込められているのか——を」
わたくしは、息を、呑んだ。
陛下のお側に仕える忠臣が、命の危険を顧みず——わたくしたちに、手を貸してくれている。
「グレイ殿によれば——陛下は、王宮の奥にある古い離宮に幽閉されている、とのことだ。表向きは使われていない建物だ。——そこなら、人目にもつかぬ」
居場所さえわかれば、あとは——そこへ、たどり着くだけ。
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「潜入には、商会の中でも特に身の軽い者たちがあたる」
ニコが進み出た。
「俺と、商会の腕利き数人。それに——レオの旦那」
「ああ」
レオ様が、力強く頷いた。
「俺は辺境で、魔物討伐をやってきた。荒事には慣れてる。衛兵の一人や二人——黙らせるくらい、わけはない」
頼もしい言葉だった。けれど——わたくしには、一つ気がかりがあった。
「皆様。——王宮の内部は、ご存じですか」
わたくしの問いに、一同が口をつぐんだ。
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「王宮は——広く、入り組んでいます。離宮の場所が、わかっていても。やみくもに進めば、たどり着く前に迷い、捕まるのがおちです」
わたくしは続けた。
「どの回廊が、どこへ通じているか。どこに衛兵の詰所があるか。それを知る者が、案内しなければ——潜入は、成功しません」
「クラリスティア様は——ご存じなので?」
ニコの問いに、わたくしは、はっきりと頷いた。
「ええ。わたくしは侯爵家の娘として、これまで幾度も、王宮の行事や社交の場に出入りしてまいりました。宮の造りは——おおよそ、頭に入っております」
一同が、顔を見合わせた。
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「ですから——わたくしも、潜入部隊に加わります。道案内として」
その瞬間。
「ならん!」
声を上げたのは——父だった。
「クラリスティア。お前を、そんな危険なことに——巻き込めるか。万一捕まれば、不法侵入の咎で——お前まで罪に問われるのだぞ」
「承知の上です、お父様」
わたくしは、父の目をまっすぐに見返した。
胸の奥が、震えていた。けれど——退くつもりは、なかった。
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「お父様。わたくしは——もう、決めたのです」
わたくしは、静かに、けれど強く言った。
「ルキウスは今、独り囚われておられます。何も悪いことなどしていないのに。理不尽に、罪を着せられて」
ルキウスの、あのまっすぐな瞳が、わたくしの脳裏に浮かぶ。
「わたくしは——あの方をお救いしたい。陰で支えるだけでは、もう足りない。この手で——あの方の力に、なりたいのです」
声が、震えた。けれど、言葉は止まらなかった。
「王宮の道を知るわたくしが行かなければ、皆様を危険にさらすことになります。ならば——わたくしが行くのが、一番確実なのです。どうか——行かせて、ください」
わたくしは、深く頭を下げた。
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しばらく、沈黙が流れた。
父は、苦渋の表情で、わたくしを見つめていた。娘を危険にさらしたくない。その想いは——痛いほど、伝わってきた。
やがて——父は、長い息をついた。
「……お前は、本当に。強くなったな、クラリスティア」
その声には、案じる想いと——どこか誇らしげな響きが、あった。
「氷のように澄まして、誰にも心を開かなかったお前が。一人の人のために、ここまで——」
父は言葉を切り、そして頷いた。
「わかった。——行きなさい。ただし、決して無茶はするな。危ういと思ったら、必ず退け。約束、できるな」
「はい。——ありがとうございます、お父様」
わたくしは、こみ上げるものを堪えて頷いた。
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「——よし。役割は、決まったな」
ガイウス様が、一同を見回した。その顔はもう、ただの好々爺ではなかった。戦いに臨む、武人の顔だった。
「だが——皆、よく聞いてくれ」
ガイウス様の声が、低く響いた。
「これは——危険な賭けだ。王宮に無断で忍び込む。失敗すれば——ここにいる全員が、不法侵入の罪で捕らえられる。下手をすれば——命すら、危うい」
大広間に、緊張が走った。
「それでも——やるか。引くなら、今のうちだ。誰も、責めはせん」
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誰一人——退こうとは、しなかった。
「俺は、やります」
ニコが、即座に言った。
「だんなには、拾ってもらった恩がある。命を張るくらい——どうってことない」
「俺も、当然行く」
レオ様が続く。
「弟を見捨てて帰れるか。兄貴ってのは——そういうもんだ」
商会の皆も、次々と頷いた。誰の目にも——揺るぎない覚悟が、宿っていた。
わたくしは——その光景に、胸が熱くなった。
ルキウス。あなたは、こんなにも多くの人に愛されている。その人たちが今——あなたのために、命を懸けようとしている。
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「決まりだな」
父が、立ち上がった。
「決行は、明日の夜。月の出ていない闇夜が、好都合だ。それぞれ抜かりなく、支度を整えてくれ」
皆が頷き、散っていく。
わたくしは一人、窓辺に立ち、夜空を見上げた。
明日——わたくしは、王宮に忍び込む。氷のバラと呼ばれた令嬢が、危険を承知で、闇に紛れて。
恐ろしくないと言えば、嘘になる。けれど——それ以上に、胸の奥には、確かな熱があった。
(——待っていてください、ルキウス)
わたくしは、夜空に祈った。
(——必ず陛下をお救いし、あなた様の無実を晴らしてみせます。わたくしの——この命に、代えても)
冷たい夜気の中。わたくしの決意は——一つの灯火のように、静かに燃えていた。




