第101話 玉座を奪う者
その夜、ベルゲンは——自室で一人、思索に耽っていた。
昼間の、あの王の言葉が——耳にこびりついて、離れない。
『これは——王命だ』
(——おのれ……)
意のままに操ってきた傀儡が——初めて、己に牙を剥いた。あの惰弱な王が、よりにもよって——あの若造の肩を持ち、余に逆らった。
*
許せ、ぬ。
いや——許す、許さぬの問題では、ない。
(——危険、なのだ)
ベルゲンは、目を——細めた。
王が、自らの意思を持ち始めた。——それは、千年続いた秩序にとって——何より、危ういことだった。
王とは、飾りであればよい。——玉座に座り、大神官の差し出す書に印を押す。——それだけの存在で。
その王が、考え始めた。疑い始めた。——逆らい、始めた。
放っておけば、どうなる。——あのルキウスと王が手を結べば、千年の秩序は——根底から、覆される。
*
「……そうは、させぬ」
ベルゲンは、低く——呟いた。
神殿は、千年——この国の真の支配者であった。表向きは王が治める国。——だが、その実、すべては神殿が——女神の名の下に、導いてきた。
それが、正しい秩序だ。——民は無知であればよい。王は傀儡であればよい。——すべては女神の御心のままに、神殿が差配する。
(——その秩序を)
ベルゲンの拳が——震えた。
(——あの若造ごときに。目覚めかけた王ごときに——崩させて、たまるか)
*
ならば、どうする。
答えは、もう——出ていた。
王が危険なことを考えるなら——考えられぬように、すればよい。
幽閉だ。
王を表舞台から引きずり下ろし、人目のつかぬ奥深くに——閉じ込める。そして——王の名だけを、利用する。
幸い、口実は——いくらでも作れる。
「……陛下は、ご体調を——崩された」
ベルゲンは、己に言い聞かせるように——呟いた。
「重い病ゆえ、しばらくの間——人前には、出られぬ。その間の政務は、この大神官が代行する。——なに、よくあることだ」
*
翌日。ことは——驚くほど容易く、運んだ。
王の周りを固める衛兵も、側近も——その多くは、すでに——ベルゲンの息のかかった者たち。
数少ない王の味方も、「陛下はご療養中」の一言で——遠ざけられた。
王は、自らの宮の奥深く——幾重もの扉の向こうに、閉じ込められた。
表向きは「療養」。——その実、幽閉。
こうして、この国の玉座は——名実ともに、ベルゲンの手に——落ちた。
*
王の印璽も、今は——ベルゲンの手元にある。
これさえあれば、どんな書状も——「王命」となる。
ベルゲンは、一枚の書状を——したためた。
『——アステリア商会当主、ルキウス・フォン・アーデルハイトを。国家転覆を企てた咎により——捕縛、する』
羊皮紙の上を、筆が滑る。——一文字書くたびに、あの若造を追い詰める——その確かな手応えが、ベルゲンの心を——満たしていった。
最後に、王の印璽を——押す。
ごとり、と。——重い音が、響いた。
*
(——これで、よい)
ベルゲンは、書状を——見下ろした。
偽りの王命。——だが、誰がそれを偽りと見抜ける。王の印璽が押された書状。——それは紛れもなく「王命」だ。
これで、あの若造を——大手を振って、捕えられる。——国家転覆の大罪人、として。
証人を消し、王を幽閉し——そして、邪魔者を捕える。
すべては——千年の秩序を、守るため。
(——女神よ)
ベルゲンは、天を——仰いだ。
(——ご覧ください。わたしは、あなたの秩序を——この手で守り抜いてみせる。たとえ——どれほどの犠牲を、払おうとも)
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その瞳には、もはや——迷いは、なかった。
あるのは、ただ——千年の秩序を守るという、揺るぎなき——狂信のみ。
己の為すことが正義だと、女神の御心だと——信じて、疑わない。それゆえに、この男は——どこまでも、非情になれた。王を幽閉することすら——一片の罪悪感も、なく。
(——待っていろ。——ルキウス)
ベルゲンは、窓の外の——闇を、見つめた。
深い夜の闇。——その向こうで、何も知らぬ若者が——眠っている。
追い詰められた老獪な蜘蛛が、その糸を——静かに、張り巡らせていた。獲物が、かかるのを——待ち受けるように。




