第99話 闇に葬られて
王都に戻ったのは——出立から、半月ほど後のことだった。
ワタシたちは、まっすぐ、衛兵の詰所へ、向かった。捕えた暗殺者を——引き渡すために。
馬車の暗殺未遂。その首謀者を突き止める。それは、大神官の罪を暴く——またとない機会だった。
*
「——なるほど。馬車で襲われ、この者を取り押さえた、と」
詰所の衛兵長は、ワタシの話を聞き——難しい顔を、した。
「アステリア商会のルキウス殿、といえば——お噂は、かねがね。わかりました。——この者の身柄は、こちらで預かりましょう」
「ありがとうございます。——それと、お願いが、あります」
ワタシは、衛兵長に——向き直った。
「この男は、重要な証言を持っています。——背後にいる人物のことを。だから、どうかこの男を、生かしておいてほしい。証言と引き換えに、今回の罪を軽くする。——そういう形で」
司法の取引。男にはそう持ちかけ、本人も——承知している。
「……ふむ。——本人が証言を承知しているなら、前向きに——検討、しましょう」
衛兵長は、頷いた。
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「ルキさま。——これで」
詰所を出ると、フィーが——ほっとした顔で、言った。
「あの男が証言してくれれば、大神官の悪事が——明るみに、出るんですよね」
「ああ。——そうなれば、大きな一歩だ」
ワタシは、頷いた。けれど、胸の奥には、拭いきれぬ不安が——あった。
大神官は、己の罪が露見するのを、黙って見ている男では、ない。あの証人が危険だと気づけば——必ず、手を打ってくる。
(——急がなければ)
一刻も早く、証言を公式の記録に。そう思い、ワタシは数日後——再び、詰所を訪れた。
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だが——詰所の空気は、前と違っていた。
衛兵たちが、どこか気まずそうに——ワタシから、目を逸らす。
「あの……ルキウス殿」
応対に出た衛兵長は、言いにくそうに——口を、開いた。
「申し上げにくいのですが。——例の男は、もう——おりません」
「……は?」
ワタシは、一瞬——言葉の意味が、わからなかった。
「いない、とは。——どういう、ことです」
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「……護送の途中で、急に容態が急変し——亡くなった、と」
「容態が、急変?」
ワタシは、眉を——ひそめた。
あの男は、毒の影響こそあれ、命に関わるような容態では、なかった。それが——急に、死んだ?
「それに……」
衛兵長は、声を潜めた。額には、うっすらと汗が——にじんでいる。
「実は、その前夜。——上からの命令で、別の御方が、あの男を引き取りに、来られたのです。——我々には、どうすることもできぬ御方が」
「別の、御方……?」
「それ以上は、お話しできません。——どうか、ご容赦を」
衛兵長は、固く口を閉ざした。その怯えた目が、すべてを——物語っていた。
*
(——そういう、ことか)
ワタシは、拳を——握りしめた。
護送中の急死。その前夜に現れた「上からの命令」の「別の御方」。——衛兵すら、逆らえぬ権力。
答えは、一つしか——ない。
大神官だ。あの男は、証人が危険だと気づき、その口を、封じた。それも、こそこそと闇討ちするのでなく——堂々と、権力を使って。衛兵詰所から、白昼堂々と——証人を奪い去り、消した。
(——そんなことが)
ワタシの背筋が、寒く——なった。
これが、大神官の力。国の衛兵さえ逆らえぬ。法すらねじ伏せる——絶大な、権力。
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詰所を出たワタシは、しばらく——動けなかった。
手が、届きかけていた。大神官の罪。フィーの両親を奪った、その真実。——あと少しで、それを——白日の下に、引きずり出せるはずだった。
それが、一夜にして——闇に、葬られた。
証人は死に、証言は記録に残らず——すべては、なかったことに、される。
ワタシたちがどれだけ訴えようと、証は、ない。「アステリア商会の若き主が、大神官を逆恨みして、ありもしない罪をでっち上げている」。——そう片付けられて、終わりだ。
(——くそ……っ)
無力感が、胸を——締めつけた。
正しい手順を踏んだ。法に則って、証人を立て——罪を、暴こうとした。
なのに、その法ごと、権力で——握り潰された。
*
「ルキさま……」
隣で、フィーが、心配そうに、ワタシを見ていた。メイアも、ニコも——沈痛な面持ちで、立ち尽くしている。
みんなも、わかっているのだ。——この結果が、何を意味するか。
ワタシは、深く息を、吸った。そして、ゆっくりと——顔を、上げた。
(——いや。——まだだ)
ここで膝をつくわけには——いかない。
確かに、証人は消された。——今回の件で大神官を追い詰めるのは、難しくなった。
でも、ワタシは、知ってしまった。あの男がどれほど非情で、どれほど大きな力を持っているかを。——そして、フィーからすべてを奪ったのも、あの男だと。
「……行こう」
ワタシは、みんなに——言った。
「証人は、消された。——悔しいけど、今回はここまでだ。でも——終わりじゃ、ない」
*
ワタシは、王都の空を——見上げた。
どんよりとした曇り空。その向こうに、大神殿の尖塔が——そびえている。
あそこに、あの男がいる。千年の秩序を守るためなら、どんな非道も厭わぬ——大神官、ベルゲンが。
(——必ず)
ワタシは、心に——誓った。
(——お前の罪を、いつか必ず暴いてみせる。——お前が奪ったものの重さを、思い知らせてやる)
権力で握り潰された悔しさ。それは、ワタシの胸の奥で——静かな、けれど決して消えぬ——炎と、なった。
穏やかだった日々は、もう——終わった。
ここから先は、あの大神官との、逃れられぬ——戦いの道だ。
その戦いの幕が、今、確かに、上がった。——ワタシは、そう感じていた。




