第97話 吐かせた真実
毒が抜けるのを待って、ワタシたちは——捕えた暗殺者を、尋問した。
近くの村で納屋を借り、男を柱に——縛りつける。
最初、男は、何も語ろうとしなかった。硬く口を閉ざし、ただ——冷たい目で、ワタシたちを睨んでいた。
*
「無駄なことを。——俺は、何も喋らん」
男は、吐き捨てた。
「喋れば、どのみち——殺される。なら——何も言わずにいた方が、ましだ」
「……そうか」
ワタシは、男の前に——腰を、下ろした。
体は、まだだるい。けれど、頭は——もう、はっきりとしていた。
「なら、一つだけ教えてくれ。——お前を雇ったのは、大神官だな?」
「——っ」
男の肩が、ぴくり、と——動いた。
その反応で、十分だった。
*
「やはりな」
ワタシは、静かに言った。
「お前を雇えるほどの力を持ち、ワタシを消したいと思う者。——そして『事故に見せかけろ』と命じる慎重さ。その すべてが、大神官を——指している」
男は答えない。けれど、その沈黙が——肯定だった。
「言っておくが」
ワタシは、続けた。
「お前の雇い主は、お前を——守ってはくれない。失敗した暗殺者など、口を封じる対象だ。——お前がいちばん、よくわかっているはずだ」
男の眉が、わずかに——歪んだ。
*
「……ふん。——だったら、何だ」
男は、観念したように——口を、開いた。
「ああ、そうだ。——俺を雇ったのは、大神官だ。あのお方は、お前を、目障りに思っている。だから——消せ、と。それだけのことだ」
やはり、大神官。
紙を広め、改革派と通じ、民に知恵を与えるワタシを——あの男は、危険と見なしたのだ。
「だがな」
男は、薄く——嗤った。
「この手口、お前が初めてじゃない。——俺は、何度もやってきた。馬車ごと崖から、事故に見せかけて——邪魔者を消す。大神官のために、な」
*
(——っ)
ワタシの心臓が——跳ねた。
「何度も……?」
「ああ。——昔、ある一家を消した。お前と同じだ。馬車で崖から、転落事故。誰も——疑いやしなかった」
その言葉に、隣にいたフィーが——なぜか、身を、こわばらせた。
馬車の、崖からの転落事故。
フィー自身は、幼い頃の記憶を失っている。だから、その言葉が何を意味するのか、本人にはわからない。——けれど、その響きに、胸がざわつくのか。——フィーは、ぎゅっと——自分の服の裾を、握りしめていた。
(——フィー)
ワタシの脳裏に、あの老執事の証言が——蘇った。
ヴァレンクール公爵家。馬車の事故で亡くなった当主夫妻。——そして、遺体すら見つからなかった、一人娘。
*
「ルキさま……。——なんだか。——胸が、苦しくて」
フィーが、青ざめた顔で、ワタシを見た。自分でも、わけがわからないという——困惑した、表情で。
「フィー」
ワタシは、フィーの肩に——そっと、手を置いた。
「大丈夫。——少し、疲れただけだよ。——奥で、休んでおいで」
フィーの両親の死。その真相に、手が届きかけている。でも、まだ——確証はない。この男の言う「一家」が、本当に——フィーの家族か、どうか。
ここで確かめたい。けれど、フィーのいる前ではできない。記憶のないあの子に、半端な真実を聞かせるわけには——いかない。
もし真実だったら、あまりに、フィーにとって——酷だ。
(——まずは、ワタシだけで)
ワタシは、そう決めた。
*
仲間にフィーを頼み、別室で——休ませる。
今回の暗殺、その背後に大神官がいたこと。過去にも、同じ手口で人を殺してきたこと。——それは、みんなの知るところとなった。
今回と過去、どちらも、大神官の仕業。その事実が——重く、のしかかる。
だが、もう一つの真実は——ワタシだけが、確かめねばならない。
ワタシは一人、再び——納屋へと、戻った。
誰もいない。——男と二人きりの、薄暗い空間。
*
「……もう、みんないない。——だから、正直に答えてくれ」
ワタシは、男の前に——立った。
「お前が昔、消したその一家。——それは——ヴァレンクール公爵家だな?」
男の目が、大きく——見開かれた。
「……なぜ、その名を」
その反応が、すべてを——物語っていた。
「やはり、そうか」
ワタシは、拳を——握りしめた。
「答えろ。——ヴァレンクール公爵家を、馬車の事故に見せかけて殺したのは——お前で、大神官の命令、だな」
「……ああ」
男は、もはや——隠す気も失せたように、頷いた。
*
「あの一家は、魔法に秀でた——名門だった。だが、消されたのは——それだけが、理由じゃない」
男は、淡々と——語った。
「あの一家は……何やら、奴隷の隷紋を——たやすく解く術を、編み出そうとしていたらしくてな。もし、そんなものが世に出れば、奴隷の仕組みが、根底から崩れる。大神官にとっては——何としても、芽のうちに摘んでおきたかった。だから、消した。——当主夫妻の、乗った馬車を、崖から、な」
男は、こともなげに——言った。
「あの馬車には、幼い娘も——一緒に、乗っていた。だが、あの高さの崖だ。当主も、妻も、娘も——まとめて、谷底へ。生きて、いられる、はずもない。——屋敷に、残っていた、縁者どもも、別の手の者が——同じ夜に、片付けた。一族は——根絶やしだ。綺麗に、片付いた、仕事だったよ」
(——フィー)
ワタシの胸が——締めつけられた。
綺麗に、片付いた、だと。この男は、欠片も——疑って、いない。崖から、落ちた、あの娘が、生き延びたなど——考えても、いないのだ。もし、少しでも、疑って、いたら——とうに、探し出して、始末していた、だろう。
だが——その娘は、生きていた。
どうやってか、あの谷底から、命からがら、助け出され。やがて、奴隷商の手に、渡り——鎖に、つながれ。そして、巡り巡って——ワタシが、救った。あの、フィーだ。
間違いない。フィーは、ヴァレンクール公爵家の——ただ一人の、生き残り。そして、その両親を奪ったのは——大神官、だった。
そして、皮肉なことに。あの一家が、命を賭して成そうとしていたこと。それは——ワタシが今、まさに歩んでいる道と——同じ、ものだった。
奴隷を解き放つ。その志ゆえに、フィーの一族は滅ぼされた。——そして、その娘は奴隷に堕とされ、巡り巡って——ワタシに、救われた。
フィーが、魔法に並外れた才を見せるのも。きっと、あの誇り高い一族の血ゆえ——なのだろう。
*
ワタシは、立ち上がろうとする男を、見据えた。この男を、このまま——朽ちさせるわけには、いかない。
「……一つ、取引を、しないか」
「取引?」
「お前を、このまま衛兵に突き出せば——ワタシ殺害の未遂、間違いなく——極刑だ」
ワタシは、静かに——続けた。
「だが、もし、お前が——今、ワタシに語ったことを。王都で、衛兵の前でも、正直に、証言するなら。今回の、ワタシたちを狙った件については——できるだけ罪が軽くなるよう、取り計らう。口添えも、しよう」
男は、しばらく——黙って、いた。
「……信じろ、と?」
「ああ。——ワタシは、約束は違えない。それに、お前が本当に恐れるべきは、ワタシじゃない。——お前を切り捨てようとしている、大神官の方——だろう」
その、言葉に。男の目が——揺れた。
「……いいだろう。——どうせもう、あのお方には用済みの身だ。証言してやる。——洗いざらい、な」
ワタシは、頷いた。
これで、証人を得た。——大神官の罪を、白日の下に晒すための。
*
ワタシは、納屋を——出た。
夜空には、冷たい月。その光が、ワタシの昂る心を——静かに、照らしていた。
(——フィー)
ついに、確証を——得てしまった。
あの子の本当の出自。そして、あの子から両親を奪った者の正体。——その すべてを、ワタシは今——知ってしまった。
でも——どう、伝えればいい。
あんなにも「今で十分」と笑うあの子に。「君の両親は殺された」「君は公爵家の娘だ」と——どんな顔で、告げればいいのか。
(——今は、まだ——言えない)
ワタシは、月を——見上げた。
けれど、いつか必ず、この真実と、向き合う時が来る。——その時、ワタシは——フィーの隣に、いてやりたい。
そして、フィーからすべてを奪った、大神官。——その罪は、必ず——償わせる。
ワタシの胸の奥で、静かな怒りの炎が——燃え始めていた。




