↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
109/131

第97話 吐かせた真実

 毒が抜けるのを待って、ワタシたちは——捕えた暗殺者を、尋問した。


 近くの村で納屋を借り、男を柱に——縛りつける。


 最初、男は、何も語ろうとしなかった。硬く口を閉ざし、ただ——冷たい目で、ワタシたちを睨んでいた。


*


「無駄なことを。——俺は、何も喋らん」


 男は、吐き捨てた。


「喋れば、どのみち——殺される。なら——何も言わずにいた方が、ましだ」


「……そうか」


 ワタシは、男の前に——腰を、下ろした。


 体は、まだだるい。けれど、頭は——もう、はっきりとしていた。


「なら、一つだけ教えてくれ。——お前を雇ったのは、大神官だな?」


「——っ」


 男の肩が、ぴくり、と——動いた。


 その反応で、十分だった。


*


「やはりな」


 ワタシは、静かに言った。


「お前を雇えるほどの力を持ち、ワタシを消したいと思う者。——そして『事故に見せかけろ』と命じる慎重さ。その すべてが、大神官を——指している」


 男は答えない。けれど、その沈黙が——肯定だった。


「言っておくが」


 ワタシは、続けた。


「お前の雇い主は、お前を——守ってはくれない。失敗した暗殺者など、口を封じる対象だ。——お前がいちばん、よくわかっているはずだ」


 男の眉が、わずかに——歪んだ。


*


「……ふん。——だったら、何だ」


 男は、観念したように——口を、開いた。


「ああ、そうだ。——俺を雇ったのは、大神官だ。あのお方は、お前を、目障りに思っている。だから——消せ、と。それだけのことだ」


 やはり、大神官。


 紙を広め、改革派と通じ、民に知恵を与えるワタシを——あの男は、危険と見なしたのだ。


「だがな」


 男は、薄く——嗤った。


「この手口、お前が初めてじゃない。——俺は、何度もやってきた。馬車ごと崖から、事故に見せかけて——邪魔者を消す。大神官のために、な」


*


(——っ)


 ワタシの心臓が——跳ねた。


「何度も……?」


「ああ。——昔、ある一家を消した。お前と同じだ。馬車で崖から、転落事故。誰も——疑いやしなかった」


 その言葉に、隣にいたフィーが——なぜか、身を、こわばらせた。


 馬車の、崖からの転落事故。


 フィー自身は、幼い頃の記憶を失っている。だから、その言葉が何を意味するのか、本人にはわからない。——けれど、その響きに、胸がざわつくのか。——フィーは、ぎゅっと——自分の服の裾を、握りしめていた。


(——フィー)


 ワタシの脳裏に、あの老執事の証言が——蘇った。


 ヴァレンクール公爵家。馬車の事故で亡くなった当主夫妻。——そして、遺体すら見つからなかった、一人娘。


*


「ルキさま……。——なんだか。——胸が、苦しくて」


 フィーが、青ざめた顔で、ワタシを見た。自分でも、わけがわからないという——困惑した、表情で。


「フィー」


 ワタシは、フィーの肩に——そっと、手を置いた。


「大丈夫。——少し、疲れただけだよ。——奥で、休んでおいで」


 フィーの両親の死。その真相に、手が届きかけている。でも、まだ——確証はない。この男の言う「一家」が、本当に——フィーの家族か、どうか。


 ここで確かめたい。けれど、フィーのいる前ではできない。記憶のないあの子に、半端な真実を聞かせるわけには——いかない。


 もし真実だったら、あまりに、フィーにとって——酷だ。


(——まずは、ワタシだけで)


 ワタシは、そう決めた。


*


 仲間にフィーを頼み、別室で——休ませる。


 今回の暗殺、その背後に大神官がいたこと。過去にも、同じ手口で人を殺してきたこと。——それは、みんなの知るところとなった。


 今回と過去、どちらも、大神官の仕業。その事実が——重く、のしかかる。


 だが、もう一つの真実は——ワタシだけが、確かめねばならない。


 ワタシは一人、再び——納屋へと、戻った。


 誰もいない。——男と二人きりの、薄暗い空間。


*


「……もう、みんないない。——だから、正直に答えてくれ」


 ワタシは、男の前に——立った。


「お前が昔、消したその一家。——それは——ヴァレンクール公爵家だな?」


 男の目が、大きく——見開かれた。


「……なぜ、その名を」


 その反応が、すべてを——物語っていた。


「やはり、そうか」


 ワタシは、拳を——握りしめた。


「答えろ。——ヴァレンクール公爵家を、馬車の事故に見せかけて殺したのは——お前で、大神官の命令、だな」


「……ああ」


 男は、もはや——隠す気も失せたように、頷いた。


*


「あの一家は、魔法に秀でた——名門だった。だが、消されたのは——それだけが、理由じゃない」


 男は、淡々と——語った。


「あの一家は……何やら、奴隷の隷紋を——たやすく解く術を、編み出そうとしていたらしくてな。もし、そんなものが世に出れば、奴隷の仕組みが、根底から崩れる。大神官にとっては——何としても、芽のうちに摘んでおきたかった。だから、消した。——当主夫妻の、乗った馬車を、崖から、な」


 男は、こともなげに——言った。


「あの馬車には、幼い娘も——一緒に、乗っていた。だが、あの高さの崖だ。当主も、妻も、娘も——まとめて、谷底へ。生きて、いられる、はずもない。——屋敷に、残っていた、縁者どもも、別の手の者が——同じ夜に、片付けた。一族は——根絶やしだ。綺麗に、片付いた、仕事だったよ」


(——フィー)


 ワタシの胸が——締めつけられた。


 綺麗に、片付いた、だと。この男は、欠片も——疑って、いない。崖から、落ちた、あの娘が、生き延びたなど——考えても、いないのだ。もし、少しでも、疑って、いたら——とうに、探し出して、始末していた、だろう。


 だが——その娘は、生きていた。


 どうやってか、あの谷底から、命からがら、助け出され。やがて、奴隷商の手に、渡り——鎖に、つながれ。そして、巡り巡って——ワタシが、救った。あの、フィーだ。


 間違いない。フィーは、ヴァレンクール公爵家の——ただ一人の、生き残り。そして、その両親を奪ったのは——大神官、だった。


 そして、皮肉なことに。あの一家が、命を賭して成そうとしていたこと。それは——ワタシが今、まさに歩んでいる道と——同じ、ものだった。


 奴隷を解き放つ。その志ゆえに、フィーの一族は滅ぼされた。——そして、その娘は奴隷に堕とされ、巡り巡って——ワタシに、救われた。


 フィーが、魔法に並外れた才を見せるのも。きっと、あの誇り高い一族の血ゆえ——なのだろう。


*


 ワタシは、立ち上がろうとする男を、見据えた。この男を、このまま——朽ちさせるわけには、いかない。


「……一つ、取引を、しないか」


「取引?」


「お前を、このまま衛兵に突き出せば——ワタシ殺害の未遂、間違いなく——極刑だ」


 ワタシは、静かに——続けた。


「だが、もし、お前が——今、ワタシに語ったことを。王都で、衛兵の前でも、正直に、証言するなら。今回の、ワタシたちを狙った件については——できるだけ罪が軽くなるよう、取り計らう。口添えも、しよう」


 男は、しばらく——黙って、いた。


「……信じろ、と?」


「ああ。——ワタシは、約束は違えない。それに、お前が本当に恐れるべきは、ワタシじゃない。——お前を切り捨てようとしている、大神官の方——だろう」


 その、言葉に。男の目が——揺れた。


「……いいだろう。——どうせもう、あのお方には用済みの身だ。証言してやる。——洗いざらい、な」


 ワタシは、頷いた。


 これで、証人を得た。——大神官の罪を、白日の下に晒すための。


*


 ワタシは、納屋を——出た。


 夜空には、冷たい月。その光が、ワタシの昂る心を——静かに、照らしていた。


(——フィー)


 ついに、確証を——得てしまった。


 あの子の本当の出自。そして、あの子から両親を奪った者の正体。——その すべてを、ワタシは今——知ってしまった。


 でも——どう、伝えればいい。


 あんなにも「今で十分」と笑うあの子に。「君の両親は殺された」「君は公爵家の娘だ」と——どんな顔で、告げればいいのか。


(——今は、まだ——言えない)


 ワタシは、月を——見上げた。


 けれど、いつか必ず、この真実と、向き合う時が来る。——その時、ワタシは——フィーの隣に、いてやりたい。


 そして、フィーからすべてを奪った、大神官。——その罪は、必ず——償わせる。


 ワタシの胸の奥で、静かな怒りの炎が——燃え始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。