第94話 また、会う日まで
別れの朝は、いつも——あっという間に、やってくる。
数日の滞在は、夢のように、過ぎていった。そして——王都へ戻る日が、来た。
屋敷の前には、家族が勢ぞろいで——見送りに、出てくれていた。
*
「ルキ」
最初に口を開いたのは——父ガイウス、だった。
「達者で、やれ。——体には。——気を、つけるんだぞ」
「はい。——父上も。——お元気で」
「ふん。——わしは。まだまだ。——若い者には。——負けん」
父は、豪快に笑った。けれど、その目の奥には、確かな、息子への想いが——にじんでいた。
「……ルキ。——よく帰ってきてくれた。お前が立派になった姿を見られて——わしは、嬉しかったぞ」
「父上……」
不器用な父の、精一杯の言葉。——ワタシは、胸が熱くなった。
*
「ルキ。——これ。——持って、いきなさい」
母エルマが、大きな包みを——差し出した。
「道中の、お弁当と。——王都で、食べる、保存食。それと。——薬も、入れて、おいたから」
「母上。——こんなに……」
「いいから。——持って、いくの。ちゃんと。——食べるのよ? ——夜更かしも。——しすぎないで。——困った、ことが、あったら。——すぐ。——手紙を、書くこと。——いいわね?」
(——相変わらず、過保護だなあ)
なんて思いつつ、その心配りが温かくて——ワタシは、素直に頷いた。
「はい。——ありがとう、ございます。母上」
「……元気で、ね。ルキ」
母の目が、少し——潤んでいた。
*
「ルキ」
兄ヴィルが、穏やかに——歩み出た。
「家のことは。——心配、するな。ここは。——俺が。——しっかり、守る。——父上も、母上も。——セリアも、レオも。——みんな。——俺が、いる」
「兄上……。——ありがとう、ございます」
「お前は。——お前の、道を、行け。ただし。——無理は、するなよ。——お前は。——俺の。——大切な、弟だ」
兄は、ワタシの肩に——ぽん、と手を置いた。
その手の温もりが——頼もしかった。
*
「……おい、ルキ」
レオ兄さんが、むすっとした顔で——近づいてきた。
「言っておくが。——別に。寂しいとか。——そういうんじゃ、ねえからな」
(——はいはい。——出ました。——いつもの、やつ)
「ただ。——その。なんだ。——困った、ことが、あったら。——いつでも。——言え。——俺が。——飛んでいって。——やる」
「レオ兄さん……」
「お前は。——昔から。危なっかしいんだよ。——だから。——心配、なんだ。——っと」
レオ兄さんは、はっとして、口を、つぐんだ。それから、顔を赤くして——そっぽを、向いた。
「い、今のは。——なし、だ。——忘れろ」
(——もう。——素直じゃ、ないなあ)
でも、その不器用な優しさが——ワタシは、大好きだった。
「はい。——ありがとう、ございます。——兄さん」
*
「ルキぃ……!」
最後に、セリア姉さんが——がばっと、抱きついてきた。
「行っちゃう、の? ——もう。お姉ちゃん。——寂しいわ……!」
「ね、姉さん。——また。すぐ。——会えますから」
「本当? ——絶対よ? ——今度は。——もっと、長く。——いてね? ——あ。——わたくしの、結婚式には。——必ず。——来るのよ!」
「もちろん。——必ず、行きます」
ワタシがそう言うと、セリア姉さんは——ようやく、笑ってくれた。
「うん。——待ってるわ。元気で、ね。——ルキ。——フィーちゃんも。——メイアさんも。——みんな。——気を、つけて」
*
馬車に、乗り込む。フィーと、メイア。——そして、家令のセバスチャンも、一緒だ。
今回の里帰りに、供として付き従ってくれたセバス。——ここからはまた、共に王都へ、帰る道のりだ。
窓から顔を出すと、家族がみんな——手を、振っていた。
「またね、ルキ——!」
「体に、気を、つけるのよ——!」
「たまには。——顔を、見せろ——!」
その声を背に受けながら、馬車は——ゆっくりと、動き出した。
遠ざかっていく、故郷の屋敷。——家族の、姿。
ワタシは、いつまでも——窓から、手を振り続けた。
(——行ってきます)
胸の中で、そっと呟く。
(——必ず。——また。——帰ってくる)
*
馬車が、故郷を完全に——後にした、頃。
隣に座るフィーが、ぽつりと言った。
「いい。——ご家族、ですね。——ルキさま」
「ああ。——自慢の、家族だよ」
ワタシは、微笑んだ。
あの温かさ、あの笑顔。それが、ワタシの——守りたい、ものだ。
王都には、大きな戦いが、待ち受けている。大神官との決着。——囚われの王との、約束。
でも、ワタシは——もう、迷わない。
守りたいものが、はっきりと——見えたから。
*
馬車に揺られ、王都への道を——進んでいく。
穏やかな帰り道。——の、はずだった。
けれど、ふと、ワタシは、窓の外に——目を、やった。
遠くの、街道の先。何か、小さな——影のようなものが、よぎった気がした。
(——気のせい、か?)
胸の奥に、ちりっと、小さな——引っかかり。
王都を発つ前にも、感じた、あの不穏な気配。——それが、また、かすかに——蘇る。
ワタシは、窓の外を、じっと、見つめた。けれど、そこには——ただ、のどかな田園が——広がっているだけ、だった。
(——まあ。——考えすぎ、かな)
そう、思おうとした。
でも、胸の奥の引っかかりは——どうにも、消えてくれなかった。
穏やかな帰り道の先に——何かが、待っている。
そんな予感が、ワタシの胸を——かすかに、騒がせていた。




