第90話 ワタシのこれから
その夜は、宣言どおり——祝いの宴と、なった。
食卓には、さらに豪華な料理が並び。家族も、フィーも、メイアも、みんなで——セリア姉さんの門出を、祝った。
……のだが。
宴も半ばにさしかかった頃。その矛先は、なぜか——ワタシに、向いた。
*
「ところでぇ、ルキぃ?」
すっかり上機嫌になったセリア姉さんが、にやにやしながら絡んできた。
「お姉ちゃんのことばかり、話していられないわよね? あなたは、どうなの? ——王都に、いい人の一人や二人、いるんでしょう?」
「ぶっ」
ワタシは、飲んでいた果実水を噴き出しかけた。
(——来た。来ちゃった。さっきの嫌な予感、的中だよ)
「い、いませんよ。——そんな人」
「あらぁ? ——本当にぃ?」
母エルマまで、参戦してきた。
「お母さんは、知ってるのよ。——男の子はね、そういうこと——隠すものなの」
(——いや、その達観した目を、やめてください、母上)
*
「ふぅん。——いない、ねえ」
レオ兄さんが、にやりと笑った。——ろくなことを考えていない顔だ。
「じゃあ、フィー。——お前、知ってるか? こいつに、いい人がいるか、どうか」
「——っ!?」
いきなり話を振られたフィーが、びくっと——肩を、震わせた。
(——ちょ、レオ兄さん、なんでそこでフィーに振るの!?)
「え、えっと。——その……」
フィーの顔が、みるみる赤くなっていく。
「ルキさまは……その……。——いつも、みんなのことばかりで……。わ、わたしは……その……」
しどろもどろになるフィー。そして、なぜか——ちらちらと、ワタシを見てくる。
(——え。——なんで。——その反応)
ワタシの頬も、なんだか熱くなってきた。
*
「ほほう……?」
レオ兄さんのにやにやが、一段と深くなった。
「なるほど、なあ。——これは、なかなか——面白いことに、なってるみたいだなあ?」
「ち、違います! ——変なこと、言わないでください!」
「何も、言ってねえぞ? ——俺は」
(——うわあ! ——墓穴! ——墓穴、掘った!)
ワタシは、頭を抱えたくなった。
商会の誰にも気づかれてないと思ってた、自分のあれこれが。なんで辺境の実家で——白日の下に、晒されてるんだ。
「ふふ。——若いって、いいわねえ」
母エルマが、にこにこしながら——お茶をすする。
助けを求めてメイアの方を見たら、彼女も、口元を押さえて——笑いを、堪えていた。
(——メイアまで!? ——薄情者ぉ!)
*
ひとしきり、いじられた後。
ワタシは、こほん、と咳払いをした。
そろそろ、本題に入らなければ。せっかく、家族が揃っているのだ。
「あの。——父上、母上。——みんなにも、聞いてほしいことが、あって」
ワタシが改まると、家族の表情も、少し引き締まった。
「実は、今日、帰ってきたのには——理由が、あるんです」
*
「ワタシは、学院を卒業しました。——本来なら、この家に戻って、家業を手伝う道も——あったと、思います」
ワタシは、一人ひとりの顔を見ながら続けた。
「でも、ワタシは、王都で——やりたいことが、あります。商会を続けて、困っている人を——一人でも多く、助けたい。だから、これからも——王都で、暮らしたいんです」
家族は、黙って——ワタシの言葉に、耳を傾けていた。
「つきましては、お願いがあります。今、王都で使っている屋敷。——あれは、学院に通うため、という名目で——お借りしていました。でも、これからも——活動の拠点として、使わせてほしいんです」
ワタシは、深く頭を下げた。
「どうか。——お願いします」
*
しん、と——静まり返る、食堂。
父ガイウスは、腕を組んで、じっと——ワタシを、見ていた。
その沈黙が、少しだけ怖い。
(——やっぱり、家業を継げって——言われるかな)
かつて、ワタシの活動を「家門の名に泥を塗った」と叱責した父。その記憶が——よぎる。
けれど。
「——いいだろう」
父は、あっさりと——そう言った。
「え?」
「屋敷は、好きに使え。——なんなら、くれてやっても、いいくらいだ」
「ち、父上……?」
*
父ガイウスは、ふっと、表情を緩めた。
「ルキ。——正直に言えば、わしには——お前が王都で、何をしようとしているのか。その、すべては——わからん」
父は、ゆっくりと続けた。
「商売のことも、改革がどうのということも——わしには、難しすぎる。だが——一つだけ、わかることが、ある」
父の目が、まっすぐワタシを捉えた。
「お前が、本気で、誰かのために——必死になっている、ということだ。その目を見れば、わかる。——お前は、間違ったことをしようとしている、顔では、ない」
(——父上)
「親が、子の決めた道を信じ、応援せずに——どうする。——行ってこい、ルキ。——お前の信じる、道を」
ワタシの胸に、熱いものが——込み上げてきた。
*
「あなた……」
母エルマが、目を潤ませていた。
「ルキ。——あなたが決めたことなら、お母さんは——応援するわ。でも、無理はしないでね。——疲れたら、いつでも——帰っていらっしゃい」
「母上……」
「兄として、言わせてもらうとな」
兄ヴィルも、穏やかに口を開いた。
「家のことは、心配するな。——ここは、俺がしっかり守る。——お前は、お前の道を、行け」
「ヴィル兄さん……」
そして、レオ兄さんは。
「……ふん。——まあ、精々、頑張るんだな。——困ったら、助けてやらないことも、ない」
と、例によって——そっぽを向いて、言った。
ワタシはもう、胸がいっぱいで、言葉が出なかった。
*
「……ありがとうございます。——みんな」
やっとの思いでそう言うと、声が、少し震えた。
家族は、ワタシの活動の——本当の、深いところまでは、知らない。それでも——ワタシの決意を信じて、背中を押してくれた。
これ以上のことが、あるだろうか。
(——ワタシは、幸せ者だ)
ふと見ると、フィーも、メイアも、温かい目で——ワタシを、見ていた。
窓の外には、故郷の星空。家族の温もりに包まれながら、ワタシは——改めて、心に誓った。
この温かさを、必ず守る。——王都で待ち受ける戦いに、勝ち抜いてみせる、と。
卒業の報告も、王都への決意も、きちんと伝えられた。帰郷の目的は——果たされた。
あとはもう少し、この温かな時間を——家族と、過ごして。それから——王都へ、帰ろう。
待っているみんなのもとへ。——そして——まだ見ぬ、戦いの舞台へと。




