第88話 にぎやかな食卓
その夜。アーデルハイト家の食堂は——かつてない賑わいを、見せていた。
大きなテーブルに、所狭しと並ぶ、母エルマ自慢の手料理。
湯気を立てる、温かな料理の数々に、ワタシは思わず——目を、細めた。
「うわあ……。——懐かしい。母上の、料理だ」
「ふふ。——ルキの好きなものを、たくさん作ったのよ」
*
食卓を囲むのは、家族みんな。そして、フィーと、メイアもいる。
「さあ、さあ。——遠慮しないで、たくさんお食べなさい」
母エルマが、次々と料理を取り分ける。
「フィーちゃんも、ほら。——昔、好きだった、これ。——覚えてる?」
「! ——はい。——このスープ、大好きでした」
フィーが、嬉しそうにスプーンを手に取る。
その様子を、セリア姉さんが、にこにこと見ていた。
「フィーちゃんったら。——昔は、こーんなに小さくて、おどおどしてたのに。——すっかり、お姉さんね」
「セリア、お姉様……」
フィーの頬が——ぽっと、染まる。
*
「しかし。——お前も、よくやっとるそうだな」
父ガイウスが、豪快に肉を頬張りながら言った。
「王都での商売。——耳に入っておるぞ。あの紙とやらで——大層、評判だというではないか」
「ええ。——おかげさまで、なんとか」
「ふははは! ——さすが、わしの息子だ!」
父は、豪快に笑った。
かつて、ワタシの活動を「家門の名に泥を塗った」と叱責した父。その父が今は、こうして——誇らしげに、笑っている。
時の流れと、和解の重みを——ワタシは、しみじみと感じた。
*
「父上。——あまり、調子に乗らないでください」
兄ヴィルが——穏やかに、たしなめる。
「ルキの商会は、並大抵の苦労ではないはずです。——なあ、ルキ」
「兄上……。——ええ、まあ。——いろいろ、ありますけど」
「無理は、するなよ。——困った時は、いつでも頼っていいんだからな」
兄の気遣いに、ワタシは頷いた。
長兄ヴィル。——昔から責任感が強く、弟思いの人。今は完全に——ワタシの味方で、いてくれる。
*
「ふん」
レオ兄さんが、肉を頬張りながら——口を開いた。
「商売、商売って。——お前は昔から、変なことばかり考える奴だったよな」
「レオ。——その言い方は」
セリア姉さんが、たしなめようとする。けれど——レオ兄さんは、続けた。
「でもまあ……。——お前がやっていることは、悪くねえと思うぜ。困ってる奴を、放っておけない。——そういうところは、昔から変わらねえ」
(——レオ兄さん)
「ま、まあ。——応援してやらないことも、ないけどな。べ、別に——深い意味は、ねえぞ」
そう言って、レオ兄さんは、ぷいと顔を背けた。
その不器用な優しさに、ワタシは——胸が温かくなった。
*
「レオったら。——本当に、素直じゃないんだから」
セリア姉さんが——くすくす、笑う。
「この子ね、フィーちゃん。——ルキが王都に行ってから、ずーっと——元気が、なかったのよ」
「ね、姉さん!」
「だって、本当のことでしょう? 『ルキの奴、元気にしてるかな』って——よく、呟いて——」
「うわあ! ——やめろ、やめろ! ——その話は、するな!」
レオ兄さんが、真っ赤になって慌てる。
その様子に、食卓は、どっと笑いに包まれた。
フィーも、メイアも、お腹を抱えて笑っている。
*
賑やかな笑い声。温かな料理。——家族の団欒。
ワタシは、その輪の真ん中で、幸せを噛みしめていた。
王都での日々は、刺激的で充実している。でも——こうして家族と過ごす時間は、何物にも代えがたい。
ふと隣を見ると、フィーが、心から楽しそうに笑っていた。
その笑顔を見て、ワタシも嬉しくなる。
メイアも、穏やかに団欒を見守っている。
(——みんなで、来てよかった)
ワタシは——心から、そう思った。
*
「ところで、ルキ」
ふと、母エルマが尋ねた。
「あなた、王都では——ちゃんと、いい人見つけたの?」
「——っ!」
ワタシは、思わず——むせそうに、なった。
「か、母上。——いきなり、何を」
「あら。——だって、心配なのよ。あなたも、もう——そういう、お年頃でしょう?」
「そ、それは……」
ちらり、と、フィーの方を見てしまう。
フィーも、なぜか、顔を赤くして——うつむいている。
「ふふ。——どうやら、いろいろ、ありそうね」
母エルマが——意味ありげに、微笑む。
ワタシは、慌てて、スープを口に運んだ。
ああ、まったく。——この家族には、敵わない。
*
夜は、更けていく。
それでも、食卓の賑わいは、尽きなかった。
積もる話は、山のようにある。王都のこと、商会のこと——家族の近況。
話しても、話しても——話は、尽きない。
久しぶりの、家族との団欒。それは、ワタシにとって——何よりのごちそう、だった。
卒業の報告も、王都の屋敷のことも——まだ、きちんとは話せていない。
でも、それは——明日でいい。
今夜は、ただ、この温かな時間に——身を、委ねていたかった。
窓の外では、故郷の星空が、優しく瞬いていた。




