後日談2:心配性な男たち
クラリッサという優秀な研究員が正式に加入し、聖女様や国王陛下からの出資も充分。面倒な公爵家の家督も弟に任せ、今までで一番充実した時間を過ごしているはずのイブリアスは、ここ最近、ある問題に頭を抱えていた。
——ブーッブーッ
(……またか)
イブリアスにしか聞こえない警報。研究室の正規の警備とは別に、彼が独自に開発した魔道具に誰かが触れた証拠だ。
研究とは常に成果の奪い合いである。他の研究室や他国からのスパイに情報が盗まれないよう、イブリアスは自身の研究室に自作の探知魔道具を張り巡らせていた。
だが、警報を鳴らした犯人を確認するより早く、イブリアスの脳内に魔法による念話が入る。
『申し訳ございませんイブリアス様……!リュークにございます……!』
『……またお前か。次に警報を鳴らしたら、さすがにクビにするぞ』
『ご、ご勘弁を……!』
イブリアスは深いため息をついて通信を切った。
(四人……いや、今日は五人か……?)
気配を探れば、天井裏や窓の外にも人が潜んでいる。
イブリアスがゲンナリしていると、研究室のドアが勢いよく開かれた。
「クラリッサ……!気分はどうだい!?温かいココアを持ってきたんだ。休憩にしよう……!」
飛び込んできたのは弟のライオス。先日アンターナル公爵家を継いだ新当主は、妻であるクラリッサが妊娠してからというもの、時間を見つけてはこうして研究室に押しかけてくる。
「あ、ライオス様。もう少しで終わりますので、今は触れないでいただけますか?少しでもズレると一からやり直しなのです」
集中して羊皮紙に魔法陣を書き込むクラリッサが、顔も上げずに答える。ライオスがしょんぼりと犬のように頭を垂れた隙に、イブリアスは弟の首根っこを捕まえて、研究室の奥にある自室に引き摺り込んだ。
「……ライオス。いい加減にお前の諜報部隊を引っ込めろ。研究の邪魔だ!」
「いえいえ兄上。これは兄上の研究成果を守るためでもあるのです。先日もネズミを一匹捕まえたそうですよ?」
「研究室には元々警備がいる!お前の部隊がいなくても充分だ!」
「クラリッサと我が子に万が一があったらと思うと、これでも足りないくらいです」
真顔で言い放つ弟に頭が痛くなる。最高の環境を手に入れたはずのイブリアスが悩まされている問題。それは、ライオスが愛妻の周りに張り巡らせている警備網が、気を散らせてくることだった。
いくら大切な妻と子と言えど、一人……いや、二人に対してだとしても、この人数はさすがに多すぎだ。「我が弟は家督も任せられる優秀な男だと思っていたが、私の見立て違いだっただろうか」とイブリアスは本気で悩んでいた。
「だいたい、身重のクラリッサを働かせる兄上が悪いんですよ」
「それは彼女自身の希望でもあっただろう!お前だって『クラリッサの意思を尊重する』と送り出したじゃないか!」
「クラリッサがどうしてもと言うので、涙を飲んで仕方なく……。ですが、何かあったらと思うと心配で……」
「せめて……寄越すならもっと慣れたやつを寄越せ!毎日毎日、素人同然の奴が警備網にひっかかりやがって……。警報がうるさくて集中できん!!」
ライオスが毎日クラリッサにつけている諜報部隊は、万が一に備えて「戦闘力」と「医術の心得」がある者を優先しているらしい。そのため、肝心の「忍ぶ能力」が微妙な者が何人か混ざっているのだ。先ほどのリュークもその一人である。
「兄上の魔道具の探知能力が優秀すぎるんですよ。あれを完全に回避できたら、王宮の宝物庫にだって忍び込めます」
「……お前。まさか私の研究室を、新人の練習台にはしていないだろうな?」
「いやいや、まさか。とびっきりの精鋭部隊を付けていますよ」
イブリアスが弟をジト目で睨みつけていると、研究室の扉が再びノックされた。
「すみませーん!素材のお届けものでーす!」
「む!来たか!!」
イブリアスは目を輝かせて部屋を飛び出し、研究室の扉を開けた。
そこに立っていたのは、聖女ヴィリアリナだった。
「ワイバーン、仕留めて来ました!」
彼女はまるで川で魚でも獲ってきたかのようなノリで、ワイバーンの尻尾を掴み、その巨体を掲げていた。ここまで引き摺って来たようで、廊下にいる他の研究員たちが目を丸くして彼女を凝視している。
「おおっ!ここまで状態のいいものを見るのは初めてだ!!」
先ほどまで弟を睨みつけていた不機嫌さは何処へやら、イブリアスは歓喜の声を上げ、食い入るようにワイバーンを観察する。
「でも、このままじゃ研究室の扉を通れないですよね。どうしましょうか?」
今更そんな物理的な心配を始めたヴィリアリナに、ライオスは呆れ気味に提案した。
「切ってもいいならこの場で切ろうか?兄上、傷つけたくない部位はありますか?」
「ああ!では翼の付け根の関節を切ってくれ!切り口は焼いてもらえるか」
「分かりました」
ライオスが魔法で手早く処置すると、ギリギリ扉を通れるようになったワイバーンを、ヴィリアリナが半ば強引に研究室に引き摺り込んだ。
ついでにクラリッサの診察もしていく、と研究室に入った彼女は、部屋をぐるっと見渡すと、ポツリと呟いた。
「うわぁ……。外も凄かったですけど、中もとんでもないですね……。王宮の警備より多いんじゃないですか?」
「なっ……!王宮より……!?ライオス、お前一体何人をここに配備してるんだ……!」
「さぁ?イブリアス兄上の魔道具が感知してるだけの人数ですよ?」
(こいつ……本当に精鋭部隊『も』潜り込ませているな……)
弟の重すぎる愛情と過保護さに、先が思いやられて額を押さえるイブリアス。そこへ、ヴィリアリナの来訪に気づいたクラリッサが小走りで駆け寄って来た。
「も、申し訳ございません……!聖女様!ご挨拶が遅れ……」
「クラリッサ!転んだらどうするんだ!走ってはいけない!」
そんなクラリッサに彗星の如く寄り添ったライオスは、彼女の手を取ると、わずか五歩程度の距離にも関わらず、大袈裟なエスコートを始めた。
「わぁ。すごい。クラリッサさんも大変ですね……」
半分呆れ顔のヴィリアリナだったが、彼女自身にも、婚約者の英雄卿によって幾重にも防御魔法がかけられている。その強力な防御魔法は、研究室への突然の訪問者を怪しみ、相手を確認する前に武器を構えた諜報員数名を、本人も気付かぬうちに返り討ちにしていた。
「はぁ……。全く。この国の男どもは……。私の静かな研究の時間を返してくれ……」
研究室の喧騒に、イブリアスの切実なつぶやきだけが溶けていくのであった。




