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後日談1:ただ一人、僕を信じてくれた光

各連載サイトで思ったより反響をいただきましたので、感謝を込めて後日談を公開します!

小説家になろう様では、注目度ランキング3位&異世界恋愛ランキング100位以内ランクイン記念です!

応援してくださった皆様、ありがとうございます!

「そういえばライオス様は、いつから私を……その、好き……だったんですか?」

「ん?聞きたい??あれは九歳の時……いや、八歳の時から……。……思えば出会った時からかな……?」

 

 マリア夫人との面会後、クラリッサの、彼女自身も気付かぬ魅力を熱弁したライオスは、彼女と別れ執務室で一人仕事を進めていた。

 愛しい妻の魅力など到底語りきれなかったが、林檎のように赤面したクラリッサに「もう十分です!」と逃げられてしまったので、渋々引き上げてきたのだ。

 

 資料を確認しようと本棚に目を向けたライオスの目に、ある古い本が映った。

 

(あれは……)

 

 美しい装丁の『みにくいアヒルの子』。

 幼い時、孤独で眠れない夜に、何度もクラリッサが読み聞かせてくれた思い出の絵本だ。


(そうだ。誰にも期待されていなかった出来損ないの僕を、『白鳥の子』にしてくれたのは、クラリッサだったんだ)

 

 背表紙を指で撫でながら、彼の記憶は、まだ世界が冷たく暗かったあの頃へと巻き戻っていった。

 

 *

 

 僕の世界には『自分の居場所』など、存在しなかった。

 

 アンターナル公爵家の側室の子として生を受けた時、すでに正妻であるエレノア夫人には二人の優秀な男児がいた。そんな中での新たな男児の誕生など、第一夫人からすれば己の血筋を脅かす目障りな存在でしかない。

 今となっては後継争いの背景も理解できるが、当時の幼い僕は、繕うことなく向けられる強烈な悪意に怯えることしかできなかった。

 

 食事に意図的に混ぜ物をされ、それを残せば「高貴な食事は口に合わないのね、明日からあなたに合った食事を出すわ」と、翌日から一人だけ露骨に質を落とされた。少しでも作法を間違えれば、風魔法を纏った硬い扇子が容赦なく振り下ろされた。

 

 冷遇を正当化させたのは、僕の「魔力制御の拙さ」だった。

 

 魔力のコントロールは精神の成熟と直結するとされる。二人の兄は見事に魔力を統制していたが、僕は魔力を抑えきれずに頻繁に暴走を起こした。

 公爵家の象徴である「燃えるような赤色」に髪を染める基礎魔法すら色が濁り、中途半端なピンク色にしかならない。

 

「この家に相応しくない」

「こんな出来損ないが弟だなんて恥ずかしい」

 

 長兄のケイラスやエレノア夫人から浴びせられる蔑みの言葉は、呪いのように僕の心を縛り付けていった。

 

 母に泣きついても、ただ「ごめんね」と困ったように眉を寄せるだけ。僕はこんな境遇に産まれたことを謝って欲しかった訳ではない。「つらかったね」「あなたは出来損ないなんかじゃない」と抱きしめて欲しかっただけなのに。実際に冷遇されている場に母が居合わせても、彼女がエレノア夫人との間に入って助けてくれることは一度もなかった。

 

 ある日、理解した。

 

(僕は、誰からも必要とされない無価値な存在なんだ。だからみんな意地悪だし、お母様も助けてくれないんだ)


 ——と。


 *

 

 決定的な事件が起きたのは、五歳の時だ。

 ある日、次兄のイブリアスが無言で一冊の魔導書を押し付けてきた。内容は難解だったが、いつも一人の世界にいる兄が「自分に何かをくれた」事実が嬉しくて、僕は図解を見様見真似で、こっそりと魔法の練習をしていた。


 僕は、その魔導書のおかげで、赤く髪を染めることができた。

 その時、扉が開き、長兄のケイラスが入ってきた。髪色を制御できた僕は、これで兄にも認めてもらえると駆け寄ったが、彼は僕の髪を見て一瞬目を見開くと、不快そうに眉を顰めて火球を放った。

 

 ——ジュッ

 

「っ!?熱い!」

「僕に気安く話しかけるな、薄汚い男爵の血が!」

 

 まともな防御魔法も展開できない小さな身体に、一発、二発と火球が打ち込まれる。痛みと恐怖で視界が涙で滲んだその時、防衛本能が己の中の魔力を強引に引き摺り出した。

 

「あつっ……!?」

 

 暴走した魔力は、ケイラスの腕に軽い火傷を刻んでしまった。

 

 自慢の長男に傷を負わされたエレノア夫人の激怒は、凄まじいものだった。

 

「この……!恩知らずの出来損ないめ!ケイラスを羨んで怪我をさせるなんて……!今すぐこの家から出て行きなさい!!」

 

 僕は実の母親からも引き離され、王都の別邸へと追放された。


 *

 

 別邸では、兄を妬んで怪我を負わせたという話がすでに広まっており、魔力暴走の危険性も相まって僕は完全に腫れ物扱いされた。追放されてきた側室の息子を下手に優遇すれば、雇い主である公爵夫人の怒りを買う。誰の目から見ても、僕に取り入る価値などなかった。

 

 一人きりになった王都の屋敷。そこで生き延びるため、僕は今まで以上に人を観察するようになった。

 誰に権力があり、誰の心を動かせば生きやすくなるのか。相手が望む行動は何か。自分はどう振る舞うべきか。必要なのは自分の感情ではない。相手が望む「都合の良い自分」を効率的に提示することだ。

 それは、幼い僕が身につけた冷え切った処世術だった。


 *

 

 そんな僕の前に、新しい家庭教師として現れたのが、クラリッサだった。

 向日葵のような明るい笑顔で現れた十代後半の少女。初めて向けられた屈託のない笑顔に戸惑いながらも、僕は内心で冷たく分析していた。

 

(どうせこの人も、僕に取り入る価値がないと分かれば、すぐに失望して去っていくだろう)


 期待しても、自分が傷つくだけだ。僕は、彼女に対しても「大人が好む聞き分けの良い可哀想な子供」を完璧に演じた。見捨てられないための、計算尽くの外面。魔力暴走を恐れ、魔法の練習も最低限に抑え込んだ。

 

 しかし、クラリッサは違った。

 彼女は、僕が他の大人たちの機嫌を取ったような、小手先のご機嫌取りには反応しなかった。勉強だって、あまり目立つとエレノア夫人に目をつけられるからと意図的に手を抜いていたことを見抜き、僕がこっそりとノートの隅に書き留めていた魔法陣の基礎構造や、知識を得ようとした過程を見つけ出した。

 

「こんなことまで勉強しているなんて、ライオス坊ちゃまは努力家ですね!この問題や、この問題にも挑戦してみませんか?」


 と、本来の実力に合わせた難問を引っ張りだしてきては、根気強く面倒を見てくれた。


(先生には……嫌われたくないな……)

 

 どう振る舞えば気に入ってもらえるのか、どういう子供が好きなのか。正解の振る舞いを見つけ、安心したかった。根気強く観察を続けたが、僕の取り繕った言葉に彼女が心から笑うことはなかった。

 

 彼女はただ、僕が新しいことをできるようになった時、難問が解けて目を輝かせた時——そんな時にこそ、まるで自分のことのようにパッと笑顔の花を咲かせてくれたのだ。

 

 損得勘定でもなく、貴族のステータスでもなく、ただ純粋に「ライオス」という一人の人間の可能性を信じ、惜しみない称賛を浴びせてくれる。

 その温かさに戸惑いながらも、僕の心は少しずつ彼女という陽だまりに寄りかかり始めていた。

 

 *

 

 だがある日、恐れていた事態が起きてしまう。

 クラリッサにもっと褒められたい一心で、僕が複雑な魔法構築に挑んだ時のことだ。心の僅かな焦りがトリガーとなり、抑え込んでいた魔力が暴走を始めてしまったのだ。

 

「あ……う、ああ……っ!」

 

 空気が軋み、自分を中心に魔力の渦が巻き上がる。


(どうしよう、まただ。またやってしまった!)

 

 脳裏に、エレノア夫人の「化け物」「出来損ない」という罵声がフラッシュバックする。今度こそ、クラリッサにも見放される。軽蔑の目を向けられる。

 その強烈な絶望と恐怖が、さらに魔力の暴走を加速させた。膨れ上がった魔力は、炎を纏いながら庭の木々を薙ぎ倒すほどの暴風を吹かせ始めた。使用人の悲鳴が聞こえる。彼らの恐怖に満ちた眼差しは、くっきりと僕を捉えていた。

 

 だが次の瞬間、信じられないことが起きた。

 暴風の吹き荒れる中、クラリッサが身の危険も顧みずに飛び込んできて、僕の身体を力強く抱きしめたのだ。


「ライオス坊ちゃま!」

「先生……!逃げて……!!」

「大丈夫、大丈夫よ。深呼吸して。無理に制御しなくていいの。一度魔力を手放してみて」

 

 彼女の細い腕が、暴走する魔力ごと僕を包み込む。彼女の言う通りに力を手放すと、やがて魔力の嵐が収まり、静寂が訪れた。

 

 怒られる、失望される。震えながら恐る恐る彼女の顔を見上げた僕は——絶望に息を呑んだ。

 彼女の頬には、暴走した魔力によって痛々しい火傷ができていた。

 

「せ、先生……!かおが……!」

 

 ケイラス兄上の腕にこれよりも遥かに小さい傷をつけてここに追いやられたのだ。今度こそ公爵家から勘当される。何より、一番傷つけたくない人の、しかも顔を、自分の手で傷つけてしまった。ショックと絶望で涙が止まらない僕に降ってきたのは、この世の何よりも優しい声だった。

 

「このくらい、治癒魔法で治りますのでなんともありませんよ。それより、ライオス坊ちゃまに怪我はございませんか?」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「心配ありませんから、ほら」

 

 クラリッサは、顔の火傷を魔法で綺麗に治してみせると、僕の頬を優しく包み込んだ。

 

「ライオス坊ちゃまは、魔力量が多いんですね。今はまだ体の成長が追いついていなくて魔力が溢れてしまうけれど、誰にも負けない素晴らしい才能だわ」

「でも、魔力制御ができないのは未熟な証だって……。先生も怪我させてしまって……。僕なんか……居ない方がいいんだ……」

「そんなことは決してありません!魔力が暴走した時、私を巻き込まないように必死で抑えようとしていたでしょう?私は、貴方が誰よりも優しい心を持っていることを知っています。よく食べて、良く寝て、健康に体が成長すれば素晴らしい魔法使いになれますわ。焦らなくていいんですよ」

 

 ——ああ。

 

 その瞬間、僕の中で張り詰めていた何かが、音を立てて崩れ落ちた。

 

 誰もが恐れ、忌み嫌った自分の力を、彼女だけは「才能」だと、そして「優しい」と肯定してくれた。公爵家の令息という看板など関係なく、ただの『ライオス』という存在の根源を、彼女は無条件に抱きしめてくれたのだ。

 

(僕は、この人のためなら何だってできる)

 

 ただ見捨てられないために虚無な計算を繰り返していた空っぽの少年の心に、狂おしいほどの初恋と、生涯を懸けた執着が産声を上げた瞬間だった。

 

 *

 

「ライオス様?夕食の準備ができたそうです」

 

 控えめなノックと、クラリッサが僕を呼ぶ声が聞こえた。

 

「ありがとう、今行くよ」

 

 扉の先にいたクラリッサは、僕を見ると恥ずかしそうに目を逸らしてしまった。その耳の先が少し赤い。まだ先ほどの魅力を語った余韻が残っているのだろうか。

 

 あの時、何よりも欲しかった言葉を、手放しの愛をくれた君に。今度は僕が心からの言葉と愛を尽くす番だ。

 

「クラリッサ、生まれてきてくれてありがとう」

「……!?お、大袈裟ですわ……」

 

 僕を醜いアヒルの子ではなく、白鳥の子だと信じてくれた君へ。

 これからは、僕の全てを賭けて大切に守り抜くと誓うよ。


 あの頃、ずっと見上げていた背中は、この腕の中にすっぽりおさまってしまうほど華奢だったのだと知った。

 込み上げてきた愛おしさを閉じ込めるように、僕は彼女をぎゅっと抱きしめた。

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