32話:「石女」と蔑まれた私ですが、一途な元教え子公爵様との愛の結晶を授かり、最愛の妻になりました。〜同情の結婚だと思っていましたが、ずっと愛されていたようです〜
壮麗な大聖堂の扉が、ゆっくりと開かれる。
差し込む眩い光に一瞬目を細め、やがて視界がクリアになった先——長く続く真紅のバージンロードの先で、彼が待っていた。
(ライオス様……)
祭壇の前に立つライオス様と視線が絡み合う。その瞬間、彼の端正な顔が、泣き出しそうに歪んだのが見えた。
いつも余裕たっぷりで完璧な彼からは想像もつかないような、感情が顕わになった表情。それでも、この世の誰よりも幸せそうな表情だった。
一歩、また一歩と彼に向かって歩みを進めながら、私は今日ここに至るまでの怒涛の日々を思い返していた。
(……本当に、こんなに早く式を挙げてしまうなんて)
私のお腹に新しい命が宿っていることが判明したあの日から、わずか数ヶ月。
「クラリッサの負担にならないよう、お腹が大きくなる前に絶対に式を挙げる」と宣言したライオス様は、アンターナル公爵家の財力と彼自身の人脈をフル稼働させ、通常なら一年はかかるはずの公爵家当主の盛大な結婚式を、魔法のような効率で、ぴたりと安定期に合わせて完璧に作り上げてしまったのだ。
『わぁ……!先生、すごく綺麗……!お兄様が見たら、気絶しちゃいそう!』
式の直前、控室に駆けつけてくれたリリスティア様の歓声が、今も耳に残っている。
最高級の絹と金銀の刺繍糸で紡がれた、羽のように軽く美しい純白のウェディングドレスに、全身を埋め尽くす贈り物の装飾品。身に余るほどの贅を尽くしたこの姿は、彼が私へ注いでくれる重すぎるほどの愛が結晶になったようだった。
祭壇に辿り着いた私に、ライオス様がそっと手を差し出す。
その大きく温かい手を取ると、彼は私の手を、二度と手放さないとばかりに力強く——けれど壊れ物を扱うように優しく、ぎゅっと握り締めた。
微かに震えているその手から、彼がどれほどの想いを抱えて今日という日を迎えたのかが、痛いほどに伝わってくる。
「ライオス、クラリッサ。あなた方は、健やかなる時も病める時も、富める時も貧しい時も、互いに愛し合い、敬い、慰め合い、共に助け合い、死が二人を分かつまで、真心を尽くすことを誓いますか?」
聖女様の厳かな問いかけが、大聖堂に響き渡る。
一度目の結婚式の時は、ただ「夫に仕えろ」ということを承知する手続きに過ぎなかった誓いの言葉が、今は心の奥底を温かく満たしていく。
「「誓います」」
私とライオス様の声が、綺麗に重なった。
その声を聞いて満足気に頷いた聖女様が、リングトレーを差し出す。
ライオス様は一つリングを手に取り、私の左手の薬指にそっと嵌めた。
私ももう一つのリングを、彼の左手の薬指に嵌める。
「二人の未来に、幸多からんことを」
聖女様が両手を掲げ、淡い光が私たちを包み込む。繁栄を約束する代わりに、生涯、お互い以外と関係を持つことを禁じる神聖な縛り。
栄誉勲章と共に子爵位を賜り、そして彼の子を身籠った今、彼の唯一となることに障害はなくなった。もう私はなんの迷いもなく、この甘くも重い『祝福』を受け入れることができる。
「……クラリッサ」
愛おしげに私の名前を呼びながら、ライオス様がゆっくりとベールを上げる。
明るくなった視界で至近距離から見つめ合うと、彼の翡翠の瞳には、薄っすらと光る涙の膜が張っていた。
「やっと……やっと、君が僕のものになった。……愛してるよ、僕のクラリッサ」
「私も……愛しております、ライオス様」
そっと目を閉じると、震えるほどの熱を孕んだ唇が、優しく重なった。
大聖堂を揺るがすほどの祝福の拍手の中、私は、かつて教え子だった——今は誰よりも私を愛してくれる、最愛の夫の腕の中で、最高の幸せを噛み締めたのだった。
*
僕の最初で最後の結婚式。隣には、初恋であり最愛の人が微笑んでいる。
「死が二人を分かつまで、真心を尽くすことを誓いますか?」
「「誓います」」
純白のドレスと、髪飾りから靴に至るまで僕が贈った装飾品に身を包み、大聖堂の祭壇で微笑む彼女。その愛おしい瞳に映っているのは——他でもない、僕だ。
聖女の祝福を受け、大聖堂が祝福の拍手に包まれる中、あの日、ただ血が出るほどに拳を握り締めていた手は、今、愛しい人の手を優しく握りしめている。もう、僕はあの頃の無力な子供ではない。公爵家の当主であり、愛しいクラリッサの夫であり、僕たちの愛の結晶の父親でもある。
「クラリッサ……。僕は君に出会えて本当によかった。今、世界一の幸せ者だよ」
「まあ、ライオス様ったら。大袈裟ですわ」
ふわりと笑うクラリッサは、いつも僕の言葉を大袈裟だと言う。けれど、僕はいつだって心の底からの真実しか伝えていない。
(クラリッサ。君は信じないかもしれないけれど、僕は君のためなら何だってできる。君は本当に、僕の全てなんだよ)
喜びの涙で滲む視界の先、愛おしそうに微笑むクラリッサをきつく抱き寄せ、もう一度、彼女の存在を確かめるように深く唇を重ねた。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
またどこかでみなさまと会えることを、楽しみにしています!




