31話:甘い朝と、掴み取る彼の隣
「ん……」
全身を支配する心地よい重怠さと、下腹部の奥で疼くような熱っぽい違和感。微かな吐息とともに意識を浮上させ薄目を開けると、部屋にはすっかり高くなった陽が差し込んでいた。
まだ霞が掛かっていた思考は、視界いっぱいに飛び込んできた、はだけた逞しい胸元によって、一瞬で吹き飛ばされた。
(……っ!そうだわ……!私、昨晩ライオス様と……!)
昨夜の情熱的な記憶が一気にフラッシュバックし、カッと頬が発火したように熱くなる。終盤の記憶は熱と快感でひどく曖昧だけれど、彼にどろどろになるまで甘やかされ、何度も何度も乱されたこと……そして、ふと窓の外を見た時、すでに空が白み始めていたことだけは覚えている。
チラリと視線を上げれば、規則正しい寝息を立てるライオス様の顔が見えた。昨夜私を組み伏せた仄昏い獰猛さはすっかり影を潜めた、天使のようにあどけない寝顔に思わず見惚れてしまう。
(……はっ、いけない。ライオス様が起きられる前に、身だしなみを整えないと……!)
誰かと同じベッドで朝を迎えるなんて初めてで、寝起きの無防備で酷い顔を見られて、幻滅されるのだけは避けたい。
彼を起こさないよう、そっとその腕の中から抜け出そうと体の向きを変えた瞬間、彼が呟いた。
「う……ん、……クラリッサ……」
びくりと身を硬くした私を逃さぬかのように、ライオス様はふいに腕の力を強めた。背後からすっぽりと彼に包み込まれる体勢になっており、彼の顔は確認できない。
「ライオス様……?起こしてしまいましたか……?」
「……」
返事はない。どうやら夢うつつのようだが、腰に回された拘束は強く、抜け出すことは難しくなってしまった。
諦めてしばらく自身の腰に回された腕を眺めていると、不意にライオス様が身じろぎした。
「く……らりっさ……?」
「はい……。その、おはよう……ございます」
「わぁ……、クラリッサだ……夢みたい」
ライオス様は寝起きの掠れた声でぽつりと呟くと、無防備な私のうなじに、ちゅっと甘いキスを落とした。
「ひゃっ……!?」
不意打ちの微かな水音に肩を跳ねさせると、今度は強引にくるりと反転させられ、向かい合わせにされてしまう。私は慌てて、顔を見られないよう咄嗟に両手で覆い隠した。
「クラリッサ……?顔を見せて?」
「お見せできません……!整えて参りますので、一度離していただけませんか……!」
「えー?どんなクラリッサも可愛いから大丈夫だよ。ほら、お顔見せてよ」
ライオス様は一向に離してくれる気配はない。観念して目元だけ覗かせると、目が合ったライオス様はふわりと優しく微笑んだ。
「おはよう、クラリッサ。今日もかわいいね」
「おはようございます、ライオス様……。もう、私は可愛いなんて言われる歳ではありませんのに……」
「でも、僕の目にはそう映ってるんだから仕方ないよ。もう諦めて、僕の言葉を認めたら?」
いつもよりふにゃふにゃしたライオス様は、夢半分といったとろけるような笑顔で、私の額に優しいキスを落とした。
*
その後、どうにかベッドから抜け出したものの、立ち上がった瞬間に膝から崩れ落ちそうになった私を見かねて、ライオス様は朝食を部屋まで運ばせてくれた。
すっかり昼食に近い時間帯の朝食を終え、温かい紅茶で一息ついていると、執事長のキネスから郵便物を受け取ったライオス様が、二通の封筒を手に戻ってきた。
「クラリッサ宛の手紙が来ているよ、確認してみて」
「ありがとうございます。ええと、大学部からと……国王陛下から……?」
差出人の蝋封を確認した私は、二通目の思わぬ紋章に息を呑んだ。
まずは内容の予想が付いている、大学部からの封筒の封を切る。そこに書かれていた内容は、卒業論文の受理の報告と、卒業証書の再発行の連絡であった。
イースターに不当に取り下げられ、ベリリアス様の手柄にされていた私の卒業論文。それを取り返し、最新の研究データを加筆修正して再提出していたものが、無事に認められたのだ。
「ライオス様!卒業論文が無事に受理されましたわ!」
「おめでとう、クラリッサ。これで五月の官吏試験に間に合うね」
「はい!……ところで、こちらの国王陛下からの封書はなんでしょうか……?ライオス様はお心当たりはありますか……?」
国王陛下から、ライオス様やアンターナル公爵家宛ではなく『私個人宛』の封書など、まったく見当がつかない。彼なら何か知っているかと尋ねてみたが、ライオス様は悪戯っぽく肩をすくめただけだった。
「さあね?とりあえず、開けてみようよ」
「そうですわね……」
ペーパーナイフで慎重に封を切り、中に折り畳まれた質の良い便箋を開く。そこに流麗な文字で綴られた内容に目を通した瞬間、私は信じられない思いで目を丸くした。
「ら、ライオス様……卒業論文で発表した新技術と、魔塔での研究成果を讃え、私に『栄誉勲章』を授与すると……」
栄誉勲章。国に多大な貢献をした貴族を対象に、毎年若干名にのみ贈られるその至高の栄誉。ある者は武功で、またある者は芸術や文学、あるいは頭脳で——何かしらの分野で突出した才能を持つ者が、人生で一度は目指す栄光である。
封書には、奪われていた私の卒業論文の技術がすでに広い範囲で実用化され、国民の安全を守ることに大きく貢献していること。そして、再提出の際に書き足した部分が、実用化技術の問題点をカバーする画期的な発表であったこと。最後に、イブリアス様との魔塔での共同研究の成果が、今回の勲章授与の決め手となったと書かれていた。
(共同研究については、先日の実用化試験の結果報告で聖女様や国王陛下も大変喜ばれていたけれど……まさか、栄誉勲章までいただけるなんて……!)
じわりと、視界が滲んだ。
大学部での苦労が、閉じ込められた離宮で夜を徹して温めていた構想が、ついに報われたのだ。
私はもう、誰かに後ろ指を指される「役立たず」ではない。少なくともこの研究成果で、ライオス様のお役に立つことができる。彼の隣に、胸を張って並び立てる理由を見つけられた気がして、歓喜の涙がポロポロと溢れ落ちた。
そんな私の温かい涙を、ライオス様は優しく拭い、愛おしそうに微笑んだ。
「おめでとう、クラリッサ。君の努力が報われて、僕も本当に嬉しいよ」
「あ、りがとう……ござい、ます……!」
私も涙でぐちゃぐちゃになってしまった顔のまま、最高の笑顔で彼に応える。
「これで、アンターナル公爵家の『公爵夫人』も無事に決まったね」
「え……?……あっ!」
(そうだわ……!栄誉勲章の受賞には、身分が子爵位以上であることが絶対条件。もし受賞者がその条件に満たない場合は、対象者に『一代限りの子爵位』も同時に与えられる。公爵夫人に必要な『子爵位以上』の条件も、これで満たせるんだわ……!)
思わぬ副産物に気付き、さらなる喜びに打ち震える私。そんな私を優しく抱き寄せたライオス様は、私の耳元に唇を寄せ、甘く低い声で囁いた。
「これで『祝福』を受ける条件はあとひとつだけになったね。一緒に頑張ろうね?」
「っ……!?」
途端に、昨夜の熱が一気に呼び覚まされ、全身が沸騰したようにカッと熱くなる。
「お、お手柔らかにお願いします……」
「うーん、クラリッサがかわいすぎて、手加減なんてできないかも?」
ニコニコと微笑むライオス様とは対照的に、この明け方までの容赦のない『甘やかし』がこれからも続くという予感に、私の背筋はたまらなく甘く粟立つのだった。
次回最終話です!




