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3話:五年ぶりの公爵邸

 アンターナル公爵邸の正門をくぐった時、私は思わず身構えてしまった。

 かつて家庭教師として通っていた頃よりも、心なしか威容を増したように見える白亜の館。クルメリオン侯爵家で、暗く冷たい離宮に押し込められていた私にとって、その眩しさは懐かしさよりも、少しだけ威圧感を感じるものだった。

 

(離縁された石女が来るのですから、いくらライオス様の同情での仮初めの結婚とはいえ、使用人たちの目は冷ややかでしょうね……)

 

 白い目で見られるのは慣れている。何を言われても、大人しく頭を下げていよう。そう自分に言い聞かせ、馬車の扉が開くのを待った。

 

 ライオス様にエスコートされ、一歩、地面に足を下ろす。

 その瞬間、思わぬ言葉に私は固まってしまった。

 

「「「クラリッサ様、お帰りなさいませ!!」」」

 

 エントランスの前にずらりと整列していたのは、老執事を筆頭とした、総勢数十名におよぶ使用人たちだった。彼らは一糸乱れぬ完璧な動作で、私に対して深く、最大限の敬意を込めた一礼を捧げている。

 その表情には侮蔑の色など微塵もなく、むしろどこか感動に満ちた熱い眼差しが向けられていた。

 

「え、あ……?」

 

 そして戸惑う私のもとに、玄関から一人の少女が駆けてきた。

 

「初めまして!!この方が私の先生ね!?」

 

 まるで出会ったばかりのライオス様をそのまま女の子にしたような、愛らしい天使。彼女はキラキラとした瞳で私を見上げてくる。

 

「違う、俺の婚約者だ。……クラリッサ先生、こちらは僕の妹のリリスティアです。ちょうど彼女の家庭教師も探していて、手が空いていたときに、勉強を見てくれると嬉しいのですが……」

(――やっと納得がいったわ!私は家庭教師のために呼ばれたのね!!)

 

 ずっと頭を悩ませていた、「なぜライオス様が私を?」という疑問に、ようやく全ての答えが出た。

 

 ちょうどリリスティア様の家庭教師を探していたところに、元家庭教師である私の破談を聞きつけ、ライオス様は呼び寄せてくださったのだ。公に家庭教師として雇うには手続きが面倒だけれど、『婚約者』として邸に置いておけば、教師登録をしていない私でも堂々と勉強を見られる。何より、身内という形なら家庭教師へのお給料――余計な費用を発生させずに済む。

 

(行き場のない私を気遣いつつ、公爵家にも利があるようにと彼が考えてくれた、最大限の『建前』だったのだわ!)

 

「リリスティア・アンターナルともうします」

 

 可愛らしい動作で丁寧なカーテシーをする彼女に、思わず笑みが漏れる。

 

「クラリッサ・ク……ラグドールですわ。ふふ、可愛らしい公女様、よろしくお願いいたしますね」

 

 危うく「クルメリオン」と言いかけて、慌てて実家の姓に軌道修正する。そうだ、私はもう、あの冷酷な侯爵家の人間ではないのだわ。

 私は、小さな新しい教え子に向かって優しくカーテシーを返した。

 

「クラリッサ先生!お屋敷を案内してあげるわ!ついてきて!!」

 

 さっそくリリスティア様にぐいぐいと袖を引かれる。私はライオス様を振り返った。

 

「よろしいですか?」

「はい、久しぶりのお帰りです。変わっているところもあるでしょう。僕は少し出かけてくるので……リリス、失礼のないように頼むよ」

「もちろんですわ!」

 

 ライオス様に確認すると、彼は愛おしそうに目を細めて頷いてくれた。

 

「いってらっしゃいませ」

 

 再び馬車に乗り込む彼を、使用人たちとともに見送る。

 

「ライオスお兄様、次はいつ帰ってくるのかしら……」

 

 寂しそうに呟いたリリスティアの言葉に、私の胸が少しだけ痛んだ。

(そうよ……彼には数多の恋人がいる『遊び人』なのだわ。私は保護されただけの身。彼が何日家を空けようとも、口を出していい立場ではないのよね)

 

 誰も訪ねてくることのなかった侯爵家の離宮生活を思い出して、一瞬、心が重くなる。けれど、目の前の小さな天使にそれを見せるまいと、すぐに気持ちを切り替えた。

 

「さあ、リリスティア様!まずはどこを案内してくださるのですか?」

「そうね!まずは中庭よ!!」

 

(大丈夫。とりあえず、今の私は一人ではないわ)

 小さな天使としっかりと手を繋ぎ、私は懐かしい屋敷の散歩へと歩き出した。

 

 *

 

 一方、屋敷を飛び出したライオスが向かった先は、王宮だった。

 中に入り、重厚な執務室の扉を破らんばかりの勢いで開け放つ。

 

「アレン!離縁状は届いたか!?」

「……ライオス、離縁の手続きは早くとも今日だろう?早馬でもまだ届くはずがないよ」

 

 呆れたような声を上げた部屋の主は、アレン王太子。

 先日、聖女と正式に婚礼を挙げたばかりの彼は、現在、国内の結婚・離婚における最終承認の権限を持っている。ライオスとは同い年で、学園時代をともに過ごした気心の知れた友人でもあった。

 

「届いたらすぐに教えてくれ!そしてできる限り最速で、俺たちの婚姻届を発行してくれ!」

「分かっているよ、友人の頼みだ。私もできる限りの協力はする。……それにしても、いったいどこから離婚の噂を聞きつけてきたんだか」

 

 あまりにも早すぎるライオスの情報網にアレンが訝しみの視線を向けたが、ライオスは完璧な笑みを浮かべてそれを綺麗に躱した。

 

「まあ、いいさ。しかし、あのライオスがそこまで入れ込む女性か。今度、皆でお茶会でも――」

「婚姻届を出しに来る時を、楽しみに待っていてくれ」

 

 彼女を誰の目にも触れさせたくないという独占欲か、一刻も早く手続きを終わらせろという無言のプレッシャーか、あるいはその両方か。

「社交界の貴公子」と謳われるライオスの、見たこともないほど剥き出しの執着心に、アレンは思わず苦笑する。

 

「じゃあ!離縁状が届いたらすぐに報せをくれよ!!」

「もう帰るのかい?」

「当たり前だろう、彼女が家で待っているんだ!」

 

 いつもなら一時間はダラダラと世間話をしていくはずの男が、風のように去っていく。その変わり様に、アレンは笑いを堪えながら、心底生暖かな視線でその背中を見送った。

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