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18話:初デートの約束

 ライオスは王宮の回廊を、一人アレン王太子の待つ執務室に向かって歩いていた。

 

 ノックの後、開かれた扉の先で顔を上げたアレンは、想像よりも幾分暗い顔をした友人に疑問を投げかけた。

 

「イブリアスの研究室に行ってきたんだって?研究は無事に進みそうかい?」

「ああ。兄上とクラリッサの共同研究だ。二人とも全力を尽くしてくれるさ」

「てっきりクラリッサ嬢と来ると思っていたよ。彼女は研究室に残ったのかい?」

「……ああ」

 

 喜ぶはずのクラリッサの話にもあまり反応しないライオス。何かあったのかと心配になったアレンは、書類に向き合っていた手を止めて、友人としてライオスに向き合った。

 

「クラリッサ嬢と何かあったのか?」

「それが……」

 

 ライオスは、しょんぼりと事のあらましを話し始めた。

 

 *

 

「くっ……、ふふっ……!」

「笑い事じゃないぞアレン!俺にとっては一大事だ……!」

「ああ、ごめんごめん。分かってるよ。ただ、『社交界の貴公子』とまで噂される君の話だと思うと、可笑しくて……!」

 

 数々の女性を虜にしてきた彼が、幼い頃からの想い人相手にはどうも上手くいかない。それがアレンには可笑しくてしょうがなかった。

 

「クラリッサ嬢には、ライオスの気持ちは伝えているのかい?」

「……」

 

(これは、まったく伝えられてないな?)

 押し黙ってしまったライオスに、アレンはニヤニヤしながら言葉を続ける。

 

「女性には行動だけでなくて、ちゃんと想いを口にしないとダメだと君自身が言っていたじゃないか」

「それは……」

 

 これは、以前アレン自身が、現在は無事結婚したリリアージュとの恋路に悩んだ際に、他でもないライオスからもらったアドバイスだ。女性が喜ぶ行動や心理というのを、一番的確に答えてくれたのは彼だった。

 

「あの時は『なんでそんな簡単なことも言えないんだ』と言ってしまったけれど、いざ自分が想いを伝えるとなると難しいんだな……。分かってやれなくてごめん、アレン」

「いいんだよ。それより、その調子ではこれが必要になるのは、もう少し後かな?」

 

 アレンは引き出しから一通の婚姻証書を取り出して、机の上に滑らせた。

 ライオスが離縁されて実家に戻ったクラリッサをその日のうちに拉致(保護)した日から数日後、遅れてクルメリオン侯爵家から正式な離縁状が届いた。その離縁状を最優先で処理し、新しく発行した婚姻証書がこれだ。

 

「ありがとう、アレン。これは持ち帰って、ちゃんとクラリッサに想いを伝えた上で、同意をもらってから提出しに来るよ」

「うん。それがいいよ。いい報告が聞けることを楽しみにしているよ」

 

 頷いたライオスは、卓上の婚姻証書を受け取り、大切に懐にしまった。


 *


 アレンの執務室を出て、研究室へクラリッサを迎えに行く途中、ライオスは懐の婚姻証書の上から胸に手を当て、深くため息をついた。

 

(まずは、彼女の誤解を解かなければ。クラリッサがまたどこかに行ってしまうなんて……絶対に嫌だ)

 

 しかし、そのためには、彼女に気持ちを伝え、その上で婚姻に合意してもらわなければならない。

 結婚の合意はとれたものだと思い込んでいたが、彼女が婚約さえも家庭教師のための仮初のものと思っていたのであれば、そこから認識を改める必要がある。

 

(行く当てのない彼女であれば、唯一の選択肢にもなれたけど、自分の足で歩く方法を得た今、その方法は使えないし……)

 

 離縁の当日に迎えに行ったあのとき、クルメリオン侯爵家では外界との交流を絶たれていた彼女に頼れる先がないのは分かっていた。だからこそ断られる心配もなく迎えに行けたのだ。

 

 だが今は違う。自分で生きる手段ができた彼女に結婚を合意してもらうには、真っ向勝負が必要だ。つまり、元教え子ではなく、一人の男として自分を見てもらい、結婚に値する男だと認めてもらう必要がある。

 

(クラリッサは僕のことをどう思っているんだろう……。もし拒否されたら……?ダメだ。考えるだけで震えが止まらない。まずはクラリッサの気持ちを見極めて、そしてできれば気持ちを伝える前に、できるだけ僕のことを好きになってもらえるといい。そのためには……)

 

「……よし。デートに誘おう」

 

 ライオスは拳を握り、決意を新たにした。

 

 *

 

 魔塔での打ち合わせが終わったクラリッサを迎えに行き、家に帰るために一緒に乗り込んだ馬車で、ライオスはとびきり甘い微笑みを浮かべて切り出した。

 

「クラリッサ。今度の休日、二人で街へ出かけないかい?」

「ライオス様と、お出かけ……ですか?」

「そ、そうだよ。最近の街の様子もあまり見てなかっただろう?」

 

 クラリッサはきょとんとした後、パッとその可憐な顔を輝かせた。

 

「はい!是非ご一緒させてください!」

 

 快諾してくれたクラリッサの笑顔に、ライオスの胸は高鳴る。

 

 しかし、ライオスはクラリッサの心中までは見透かすことはできなかった。

 

(ライオス様、わざわざお忙しい身で、街の視察に付き合ってくださるなんて……。五年ぶりに変わった街を確認して、引っ越し先の候補探しに役立てなさい、というご配慮ね……!)

 

 クラリッサは、涙が出そうなほどの感謝を胸に、ライオスを見つめ返した。

 

(ライオス様の優しさを無駄にしないためにも、家賃の予算や引っ越しの計画を考えておかないとだわ!)

 

 こうして、絶望的にすれ違った二人の、初デートの約束が交わされたのだった。

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