第3話 テンプレでござる
絨毯を敷き詰めた回廊を抜けて通されたのは、召喚の間より一回り小さな部屋だった。重厚だが、威圧感はない。壁には一枚の風景画が掛けられ、長卓の上には磨かれた燭台が並んでいる。
「どうぞ、おかけください」
イリア王女が柔らかく促した。俺と高校生は並んで腰を下ろし、対面にイリア、ガレス、エドモンの三人が座る。
給仕が湯気の立つ茶を各人の前に置いた。
茶の色は紅茶に近い。ただ香りが少し違う。ハーブの風味だろうか。陶器のカップに、銀のスプーン。細工はきちんとしていて、磨きも行き届いている。焼成も加工も、それなりの水準の技術だ。
——お、文明レベルはそこそこ高い系か。
異世界だからって、何もかもが原始的、というわけではないらしい。
「改めまして、ようこそお越しくださいました」
イリアが姿勢を整える。
「先ほどもご挨拶いたしましたが、私はこの国——アルヴェンディア王国の第二王女、イリアと申します」
隣のガレスが軽く会釈。
「宮廷魔術師を務めております、ガレスと申します。先ほどの召喚の儀を執り行った者でございます」
その隣の文官も続く。
「王家に仕える文官、エドモンでございます。以後、皆様の
ご滞在に関する実務は、私がお世話させていただきます」
三人の名乗りに、綺麗な間合いがあった。流れるような役割分担。台本あるんじゃないかこれ。まあ、あって当然なんだろうけど。
「よろしければ、お二方のお名前を頂戴できますでしょうか」
イリアが穏やかに尋ねてくる。俺は軽く頭を下げた。
「高瀬川翔馬と申します。日本という国で、家業として商売人をしておりました」
隣の高校生も、少し背筋を伸ばして続いた。
「佐藤奏多です。高校生です」
「タカセガワ様、サトウ様——」
王女が復唱しかけたところで、俺はさっと手を上げた。
「あ、ショウマでいいですよ。そんな大層な名前じゃないので」
三人の視線が一瞬交わされた。ほんの短い間があって、イリアが首を小さく傾ける。
「……いえ、お客様にそのような。タカセガワ様とお呼びさせていただきます」
やっぱり崩さないか。まあ、向こうにも立場というものがある。
「そうですか」
俺は笑ってみせた。
「では、お好きなようにお呼びください」
そのまま、隣の高校生に視線を向ける。
「君は、ショウマでいいよ。佐藤くん——でいいかな?」
少年の顔がぱっと明るくなった。
「じゃあ、僕もカナタで! ショウマさん、よろしくお願いします!」
ショウマさん、か。まあ、呼びやすい方で呼んでくれればいい。カナタのまっすぐな声は、妙に耳に残った。
対面のイリアが、二人のやり取りを穏やかな目で見守っていた。
「お二方、早くも打ち解けられたご様子で、嬉しく存じます」
王女の所作には、どこにも無駄がなかった。指先の角度から目線の置き場まで、全部が設計されてる感じだ。ちゃんと教育を受けた人の立ち居振る舞いだな、と俺は内心で感心する。
「此度、お二方をお呼び立ていたしました理由について、ご説明させていただきます」
イリアが姿勢を改めると、隣のガレスが重々しく引き取った。
「この大陸の北方に、古より魔王と呼ばれる存在が巣食っております。近年、その力が著しく増大し、我らの同盟国をも脅かす事態となっております」
「このままでは、大陸全土が魔の手に落ちかねません」
イリアが静かに継ぐ。
「古の予言に従い、異界より勇者様を召喚する儀を執り行いました」
エドモンが軽く頷いて結んだ。
「勇者様方のお力添えをいただければ、必ずや魔王を討ち、大陸に平和をもたらすことができましょう」
うわぁ、完っっ璧にテンプレ。
——と内心で拍手していたら、隣で奏多が身を乗り出した。
「僕、頑張ります! 魔王を倒して、みんなを助けたいです!」
まっすぐな声が、部屋の空気を一瞬ふわっと柔らかくする。
「心強いお言葉、痛み入ります」
イリアが目を細めた。
カナタくん、完全に信じ込んでるな。
横目で様子を見ながら、俺は内心で頷いた。悪いことじゃない。本物の勇者適性を持ってるのはこの子の方だ。純粋さは武器になる。
ただ、俺の目には、別のものが映っていた。
王女の衣装。よく見ると、生地も装飾も新しい。金細工の縁取りが施された裾は、ついこの間仕立て直したか、あるいは一から誂えたもののように見える。
応接の間の調度にも、同じ気配があった。絵画の額縁の角に、まだ艶が残っている。壁面の塗りも均一で、長年の経年による曇りがない。
回廊ですれ違った兵士たちの顔も思い出す。装備の手入れは行き届いていたが、表情に悲壮感はなかった。緊張感もない。日々の巡回を淡々とこなしている、ごく普通の勤務態度だ。
——まるで、開店準備中の新装オープン店舗みたいな、な。
大陸全土が魔の手に落ちかねない、という割に、この国の空気は穏やかすぎる。
いや、深読みしすぎかもしれない。向こうだって言葉を選ぶのは当然だし、異世界から召喚した人間に、いきなり国政の生々しい話はしないだろう。それが礼儀というものでもある。
ただ、一つだけ言えることがある。
——この城に長居するのは、性に合わないな。
魔王討伐なんて大それた話より、まずは自分のスキルが何なのかを確かめたい。それに、せっかく異世界に来たんだ。一つの城に留まって任務に就くより、世界を自由に見て回る方が、どう考えても性に合う。
「一つ、伺ってもよろしいですか」
俺は静かに口を開いた。
「はい、何なりと」
王女が応じる。
「私たちが元の世界に帰る方法は——」
イリアの視線が、ほんのわずかに伏せられた。
「……召喚の術は、古の儀式でございます。帰還の方法については、我が国の魔術師たちも現在研究中でございます」
ガレスが頷いて補足した。
「確約できないのが心苦しい限りでございますが、全力を尽くすことをお約束いたします」
隣で、カナタが小さく身を縮める気配があった。
「……帰れるんですよね?」
細くなった声だった。イリアが柔らかく、しかし丁寧に返す。
「必ずや、その道を見つけましょう」
見つけてみせる、じゃなくて、見つけましょう、か。
出た、責任主体ぼかしの定型文。
「見つける」動作の主語を誰にも帰属させない、完璧な言質回避である。一国の王族としては当然の話術ではあるが、翻せば、帰還研究への期待値は限りなくゼロに近い、と読むのが自然だ。
まあ、そういうもんだろう。想定内。
「さて、次にお二方のお力を実際に確認させていただきたく存じます」
イリアが穏やかに話を繋ぎ直した。
「まずはサトウ様からお願いできればと」
ガレスが後を継ぐ。
「訓練場にご案内いたします。簡単な模擬戦と、魔法の発動を確認させていただくだけでございます。痛みや危険は一切ございません」
カナタが、軽く喉を鳴らしてから頷いた。
「わ、わかりました。やります!」
鑑定どおりの力を見せるだろうな、と俺は確信している。この子は偽物じゃない。本物の勇者だ。
問題は、俺の方である。
イリアがこちらに向き直った。
「タカセガワ様のお力の確認は、サトウ様の後に改めて。少しお時間をいただくことになるかと存じます」
「承知しました」
俺はそう答えて、茶を一口含む。
ハーブの苦みが、舌に残った。
——さて、どう立ち回るかね。




