第23話:契約の終わり、永遠の共犯者
――夜風に乗った、熟成されたワインと勝利の匂い。
ヴァロワ王城、最上階のテラス。
眼下には、宝石を散りばめたような王都の夜景が広がっている。
その光のひとつひとつが、私の発行した通貨で動き、私の管理する魔力で灯っている。
【鑑定対象:世界。状態:安定。支配率:100%。……完璧なポートフォリオね】
背後で、重厚なマントが翻る音がした。
「……一人で、自分の『庭』を眺めているのか。アイリス」
ゼオン陛下だ。
彼は私の隣に立ち、手すりに大きな手を置いた。
戦場を駆け抜けた彼の瞳は、今、月光を反射して静かに燃えている。
「陛下。……いえ、ゼオン。……アステリアも、帝国も、すべて『清算』が済みましたわ。私の帳簿に、もう敵は一行も残っておりません」
「……ああ。貴様は、剣一本振るわずに世界を跪かせた。……俺が夢見た以上の光景だ」
ゼオンが私に向き直る。
――「動」。
彼は懐から、一通の羊皮紙を取り出した。
それは指輪の箱などではなく、金色の蝋で封印された、厳格な書面。
「……アイリス。これは、ヴァロワ王国と、貴様が手に入れた全資産の『合併契約書』だ」
「合併……? 私を、あなたの王妃にするおつもり?」
「違う。……俺を、貴様の『永久の剣』として買い取れ、という提案だ」
ゼオンが、片膝をついた。
大陸最強の王が、一人の令嬢の前に。
「……俺の命、俺の軍隊、そして俺の魂。そのすべてを、貴様の資本に加えろ。対価として……俺の残りの人生の半分を、貴様に運用してほしい。……世界を二人で買い叩き、永遠に支配し続けるための『共同経営』だ」
――「静」。
私は、その契約書を手に取り、月光の下で目を通した。
【鑑定対象:ゼオンの提案。リスク:なし。期待収益:無限大。……結論:即刻、承認すべき案件】
私は、扇子を閉じ、そっと彼の頬に触れた。
「……条件が、足りませんわ。ゼオン」
「……何だと?」
「『人生の半分』ではありません。……あなたの過去も、現在も、そして死後の名声に至るまで、そのすべてを私に『独占』させていただけます? ……一滴の血も、一円の利益も、他の誰にも渡さないと誓うなら……」
私は、彼を見つめ、これまでで最も美しく、残酷な微笑みを浮かべた。
「――その投資、受けて差し上げてもよろしくてよ」
「……ハッ、強欲な女だ。……だが、それでこそ俺の選んだ『女王』だ!」
ゼオンが私の腰を引き寄せ、力強く唇を重ねた。
それは誓いのキスであり、世界を二分するための「契約の印章」。
かつて私を泥の中に捨てたジュリアン。
私の光を奪おうとしたマリス。
彼らは今、名前も持たぬ労働者として、この光の届かぬ場所で這いつくばっている。
けれど、私はもう、彼らを思い出すことすらありません。
なぜなら。
私の隣には、世界で最も価値のある「資産」があり。
私の手の中には、世界という名の「帳簿」があるのだから。
「……さあ、陛下。新しい『事業』を始めましょうか」
「ああ。……次はどこの国を『査定』してやるか?」
夜明けの光が、二人の影を黄金色に染め上げていく。
アイリス・フォン・アステリア。
泥だらけで追放された令嬢は、今。
世界という名の天秤を、その指先一つで、完璧に支配してみせたのだ。
アイリスとゼオン、究極の「共同経営(結婚)」が成立しました。
かつての敵たちは、もはや彼女の記憶の片隅にすら残らない。
これこそが、最高の「ざまぁ」の完成形です。
次回、ついに最終回。
エピローグ:天秤の上の世界。
数年後、アイリスが作り上げた「黄金の平和」と、彼女の肖像が刻まれた紙幣が世界を回る光景を描き、物語を美しく締めくくります。
「このプロポーズ、アイリス様らしくて最高!」「二人の共犯関係、永遠に続いてほしい」
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次回、第24話「黄金の女王と、終わりなき帳簿」。
大団円の完結へ――。




