第22話:最後の一円まで(グランド・ゼツボウ)
――埃と、腐った未練の匂い。
アステリア王宮の片隅、今は「ヴァロワ銀行・アステリア支店」の倉庫となった小部屋。
そこには、かつての「主役」たちがいた。
書類の山に埋もれ、震える手でインクを零すジュリアン。
そして、泥仕事で爪が剥がれ、みすぼらしい灰色の服を纏ったマリス。
「……アイリス様。……『資産』たちが、お目通りを願っております」
リンが扉を開ける。
私は、ゼオン陛下の腕に手を添え、ゆっくりと中へ足を踏み入れた。
纏うのは、世界樹の繊維を私の血で染め上げた、真紅と銀のドレス。
一歩歩くたびに、部屋の汚濁が浄化されるような、圧倒的な魔力の波動。
【鑑定対象:ジュリアン&マリス。残存価値:0。……処理費用の方が高くつきますわね】
「……っ! アイリス! アイリスお姉様!」
――「動」。
マリスが床を這い、私の靴に縋り付こうとする。
だが、その手はゼオン陛下の放つ冷徹な覇気によって、触れることすら許されない。
「お助けください! 私、反省したの! あの時はマリス、どうかしていたんですわ! 私たち、姉妹でしょう? この借金を帳消しにして、また昔のように……!」
「アイリス……頼む。帝国が君に降ったと聞いた。君は今や、世界の主だ……」
ジュリアンもまた、虚ろな瞳で懇願する。
「僕が悪かった。マリスに唆されたんだ。君を愛しているのは、僕だけなんだ! ほら、この書類も全部片付けた。だから……昔の婚約を、白紙に戻してくれないか?」
――静寂。
私は、二人を見下ろすことすらなく、手元の銀の懐中時計に目をやった。
「……ジュリアン。マリス。……あなたたちの言葉には、一文の価値もありませんわ」
「……え?」
「昔のように、ですって? ……ふふ。おかしなことを。……私があなたたちのために費やした魔力。私がこの国に無償で与え続けてきた血。……それらを現在のレートに換算すれば、あなたたちが千回生まれ変わって働いても、利子すら返せませんの」
私は、テトラに目配せをした。
テトラは無感情に、二人の前に「最終清算書」を叩きつける。
「……算出終了。……ジュリアン。マリス。……あなたたちの存在によって発生した『機会損失』を含めた総負債額……。……大陸全土の流通通貨の30%に相当。……つまり、あなたたちは『歩く経済災害』です」
「経済……災害……?」
ジュリアンの顔が、絶望に歪む。
「ええ。……ですから、私はあなたたちを許しません。……いえ。正確には、『許す』というコストをかけることすら、損失だと判断いたしましたわ」
私は、初めて彼らの瞳を正面から見据えた。
「――あなたたちのことは、私の記憶から『損切り(ロスカット)』いたしました」
それは、死ねと言われるよりも残酷な言葉。
憎しみすら向けられない。ただの「無価値な数字」として、世界から抹消される宣告。
「嫌……嫌あああ! 私は聖女なの! 誰よりも美しくて、愛されるべき……!」
「……衛兵。この『不良債権』たちを、辺境の開拓地へ。……死ぬまで土を耕し、私の帝国のための『肥やし』として運用しなさい」
リンが音もなく動き、絶叫する二人を引きずり出していく。
かつて私を泥の中に放り出した者たち。
今、彼らが去った後の床には、一点の汚れも残っていなかった。
「……気が済んだか。アイリス」
ゼオン陛下が、私の肩を抱き寄せる。
「……ええ、陛下。……ただの『大掃除』ですわ」
窓の外には、黄金色に輝くヴァロワの街並みが広がっている。
アステリア。
そしてガリウス。
世界という名の帳簿を、私は今、完全に書き換えた。
さあ。
整理整頓は、すべて終わりましたわ。
次は……。
私と陛下の、新しい「共同経営」の契約を。
世界で最も贅沢な形で、結ぶことにいたしましょうか。
宿敵たちの「完全清算」が完了しました。
殺すことでも、恨むことでもない。
「お前たちは、もう私の視界にすら入る価値がない」という絶望。
これぞ、成り上がりの女王アイリスが辿り着いた、究極の「ざまぁ」です。
「損切りという言葉の重みがすごい!」「ジュリアンの表情が崩れる瞬間、最高」
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次回、第23話「契約の終わり、永遠の共犯者」。
物語は、ついにクライマックスへ。
ゼオン王からの、あまりにも「アイリスらしい」プロポーズとは――。




