第24話(最終話):黄金の女王と、終わりなき帳簿
――金属の、清冽で気高い響き。
新しく設立された「世界中央銀行」の鋳造所では、今日も数百万枚の金貨が産声を上げていた。
その表面に刻まれているのは、かつてアステリアを追放された、ある令嬢の横顔。
アイリス・フォン・ヴァロワ。
今や、この金貨こそが世界の「信用」そのもの。
この一枚があれば、帝国のパンも、北国の毛皮も、南国の宝石も、すべてが適正価格で手に入る。
私は、執務室の窓から、黄金色に輝く大陸の地図を眺めていた。
「……アイリス様。……本日の、世界の『決済状況』ですわ」
リンが、音もなく私の傍らに立ち、一冊の薄い手帳を差し出す。
かつては分厚い「負債の山」だった私の帳簿。
今は、その一行一行が、世界の「平和」と「繁栄」を証明する数字で埋め尽くされている。
「……あら。アステリア地方の開拓地から、微々たる納税(返済)があったようですわね」
「ええ。……かつての『管理人』と『資産』が、泥にまみれて耕した土から収穫された、不揃いのジャガイモ数個分ですわ。……正直、運送費の方が高くつきますけれど」
リンの言葉に、私はふふ、と短く笑った。
【鑑定対象:ジュリアン&マリス。現状:忘却の彼方。資産価値:測定不能(ゴミ同然)】
――「静」。
彼らが今、どこで、どんな惨めな思いで暮らしているのか。
もはや、私の心を一瞬たりとも揺らすことはない。
復讐とは、相手を苦しめることではなく、**「相手が自分に与えた影響を、完全にゼロに書き換えること」**。
私は彼らを許したわけではない。
ただ、私の輝かしい人生の帳簿から、永久に「除籍」したのだ。
「――おい、アイリス。いつまで仕事をしている」
背後から、熱を帯びた声が私を呼んだ。
振り返ると、そこにはゼオン陛下――私の「共同経営者」が立っていた。
彼は私の腰を抱き寄せ、その大きな手で、私の髪を愛おしげに梳く。
「……陛下。……いえ、ゼオン。……世界は今、私の手のひらの上で完璧に回っておりますわ」
「ああ。……だが、俺の心臓の鼓動だけは、貴様が計算を狂わせるらしい」
ゼオンが不敵に笑い、私の額に口付けを落とした。
――「動」。
かつて泥だらけで雨に打たれていた私に、この光景を想像できただろうか。
価値がないと言われ、すべてを奪われたあの日。
私は、自分自身の価値を、他人の物差し(ルール)に預けることをやめた。
自分で自分を査定し。
自分で自分を磨き。
そして、自分自身を世界で最も高価な「資産」へと押し上げた。
私は、手元の一枚の金貨を高く掲げ、太陽の光にかざした。
「……さあ、皆様。……清算の時間は、もう終わりですわ」
私は、かつてないほど美しく、そして冷徹に微笑んだ。
「――これからは、私の定めた『黄金のルール』で、世界を楽しませて差し上げますわ」
天秤の上に載せられた、新しい世界。
令嬢アイリスの物語は、ここで一旦の「精算」を終える。
けれど、彼女が築き上げた「黄金の帝国」は、これからも永遠に、時を刻み続ける。
価値を失わぬ、絶対的な宝石として。
読者の皆様、そして編集者さん。
最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
泥まみれの令嬢が、自分自身の価値を信じ、ついには世界の財布を握る。
そんなアイリスの成り上がりの物語、お楽しみいただけましたでしょうか?
彼女の物語は、ここで幕を閉じますが、皆様の人生の「帳簿」にも、本作が心地よいカタルシスという名の「黒字」を落としていれば幸いです。
「最高にスカッとした!」「アイリス様のその後をもっと見たい!」
そんな感想をお持ちの方は、ぜひ評価【☆☆☆☆☆】とブックマークで、彼女への最後の祝杯をお願いいたします。
それでは、また別の「帳簿」でお会いしましょう。




