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第20話:絶望の魔導師と、黄金の天秤

――焦げ付くような、オゾンの匂い。

 

 砕け散った窓ガラスの破片が、月光を反射して床で光っている。

 宙に浮くヴァルガスが放つ黄金の魔力は、視神経を焼くほどに眩く、暴力的なまでの熱を帯びていた。

 

「……アイリス。下がっていろ」

 

 ゼオン陛下が私の前に立ち、大剣を抜く。

 彼の筋肉が、極限の緊張感で鋼のように硬直しているのが分かった。

 

 だが、私は椅子から立ち上がることすらしない。

 

 【鑑定対象:ヴァルガス。術式:広域破壊魔法『神罰の雷』。……消費魔力量:金貨5万枚相当。……出力効率:著しく不良】

 

 私は、ゼオン陛下の背中越しに、冷ややかな声を投げかけた。

 

「……ヴァルガス様。その魔法、一発放つのに、ガリウス帝国の半年分の教育予算が消し飛ぶことをご存知かしら?」

 

 空中の魔導師が、怪訝そうに眉をひそめる。

 

「……何だと? 経済の令嬢。死を前にして、まだ端金の勘定か?」

 

「端金? いいえ。……あなたのその魔法は、帝国の『未来の負債』そのものですわ」

 

 ――「静」。

 

 私は、リンが淹れ直した温かい紅茶のカップを、音もなくソーサーに置いた。

 

「テトラ。……彼の魔法陣の『維持費』を計算なさい」

 

「了解。……対象の魔法陣、稼働から30秒経過。周囲の魔力濃度を強引に吸い上げるため、帝国の独占鉱山から供給されている『触媒魔石』を、現時点で3個使い潰しています。……一秒ごとに、銀貨100枚の損失が確定中」

 

 テトラの無機質な声が、破壊の静寂に響く。

 

「……ふふ。ヴァルガス様。あなたがそこで浮いているだけで、あなたの国の民は、明日のパンを買う権利を奪われているのですわよ」

 

「……黙れ! 帝国に仇なす者は、この雷ですべて塵にすれば済むことだ!」

 

 ヴァルガスが手を振り下ろそうとした、その時。

 

「――残念。……『差し押さえ』の時間ですわ」

 

 私が指を鳴らす。

 

 パシィィィィン……!

 

 耳を劈く音と共に、ヴァルガスが展開していた巨大な魔法陣が、まるでインクが滲むように霧散した。

 

「な……何!? 私の術式が、消えた……!? 魔法無効化アンチ・マジックだと!?」

 

 ――「動」。

 

 空中で体勢を崩し、無様に床へと落下する帝国最強の魔導師。

 

「いいえ。……単なる『燃料切れ』ですわ」

 

 私は、立ち上がり、彼の元へ歩み寄った。

 

「あなたが魔法の触媒に使っていた『銀燐魔石』。……その供給元である帝国のギルドは、一分前、私の支配下にあるヴァロワ銀行に全ての権利を売却しました。……つまり、あなたが今使っている魔力は、私の『私有財産』を無断使用していることになりますの」

 

「……そんな、馬鹿な……ギルドが、国を裏切るはずが……!」

 

「裏切りではありませんわ。……『より高い買い手』へ移動しただけ。……テトラ、執行通知を」

 

「……了解。対象の魔導師ヴァルガス。魔力使用料、及び不法侵入による損害賠償、合計金貨10万枚。……支払能力ゼロのため、身柄を『強制労働試算(マリスと同様のコース)』として計上します」

 

 ヴァルガスの顔から、すべての血気が引いていく。

 最強の魔法も、アイリスが張り巡らせた「契約」という名のクモの巣の前では、ただの非効率な浪費でしかなかった。

 

「……さて。クロウディア様。そして、ヴァルガス様」

 

 私は、二人を冷たく見下ろした。

 

「帝国という名の『不良債権』。……今日、この瞬間をもって、私が全額買い取らせていただきましたわ」

 

 窓の外。

 帝国の外輪船が、旗を降ろし、降伏の合図を告げる。

 

 暴力が数字に敗北した、歴史的な夜。

 

 私は、自分の指先を薄く切り、一滴の血を床に落とした。

 

「――精算、完了。……次は、帝国の『首都』を私のオフィスに造り替えましょうか」

帝国最強の魔導師すらも、アイリスの「経済学」の前には、ただの燃料不足の機械に過ぎませんでした。

「魔法」を「資産」として管理し、その根源を買い叩く。

これこそが、アイリスが到達した、真のリベンジの極致です。


ガリウス帝国、事実上の敗北。

そして、アイリスの支配領域は大陸全土へと広がります。


「ヴァルガスの落下が最高にざまぁ!」「テトラちゃんの淡々とした執行通告、痺れる」

そんな感想をお持ちの方は、ぜひ評価【☆☆☆☆☆】とブックマークで応援をお願いいたします。


皆様の応援が、アイリスの『世界中央銀行』の設立を早めます。


次回、第21話「帝国の落日、女王の祝宴」。

敗戦処理のため帝都へ乗り込むアイリス。そこで彼女を待っていたのは、皇帝自らによる、あまりにも滑稽な「謝罪」の儀式だった。

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