第19話:帝国の影と、新たなライバル
――脂の乗った、高慢な香水の匂い。
オークションが閉会した後の、静まり返った貴賓室。
そこに現れたクロウディアは、もはや交渉官の顔をしていなかった。
軍服のボタンを一つ外し、艶然とした笑みを浮かべ、玉座のゼオン陛下へと歩み寄る。
「……ゼオン陛下。一国の王として、退屈ではありませんこと? こんな、数字しか愛せない小娘に、あなたの『剣』を縛られるなんて」
クロウディアが、ゼオン陛下の肩に白く細い指を這わせる。
【鑑定対象:クロウディア。戦術:ハニートラップ。成功率:0.0001%未満。……コストパフォーマンスの悪い誘惑ね】
――「動」。
私は、ゼオン陛下の傍らで、静かに帳簿を閉じた。
「クロウディア様。私の陛下を『安売り』しないでいただけます? その誘惑、対価として帝国の北方領土を差し出す覚悟がおありかしら」
「黙りなさい、アイリス! 陛下……この女は、あなたをただの『装置』としか見ていない。帝国と手を組みましょう。あなたの軍事力と我が国の伝統があれば、こんな小娘の作った金貨など、力で無効化できるはず……っ」
ゼオン陛下は、這い上がる彼女の指を、冷酷に振り払った。
「……勘違いするな、鉄の乙女」
ゼオン陛下の声は、地響きのように重く、鋭い。
「俺がアイリスの傍にいるのは、彼女が俺の『牙』を世界で最も美しく、鋭く磨いてくれるからだ。……貴様のような、使い古された『罠』に引っかかるほど、俺の価値は安くない」
「……あ、……ぁ……」
クロウディアが床に崩れ落ちる。
その時、部屋の隅で淡々とキーを叩いていたテトラが、無機質な声を上げた。
「……ハッキング完了。帝国の秘密口座、及び『影の帳簿』を解体。……ガリウス帝国、実は三年前から、軍備拡張のためにアステリアの『魔導師ギルド』に巨額の裏借金を抱えています」
テトラが差し出した魔導端末の画面には、帝国の「真の姿」が赤字で踊っていた。
「……ええ。お疲れ様、テトラ」
私は、絶望に目を見開くクロウディアを見下ろした。
「クロウディア様。あなたが守ろうとしていた『帝国の誇り』。……その実態は、私がかつて管理していたアステリアの魔導師たちから借りた、返済期限切れの『不良債権』だったようですわね」
逃げ場はない。
「……明日。その全債権を、ヴァロワ中央銀行が買い取りますわ。……つまり、これからはガリウス帝国も、私に利息を支払う『下請け』になるということですわね」
「……ひ、ひぃっ……! 化け物……あなた、本当に……人間なの……!?」
「――いいえ。私は、あなたの国の『オーナー』ですわ」
私が宣告を下したその時。
パリン、と窓ガラスが音を立てて砕けた。
夜の闇を裂いて、漆黒の魔力が室内に充満する。
リンが瞬時に私の前に立ち、短刀を構えた。
「……アイリス様。……来ましたわ。不純な、あまりに強大な魔力が」
粉々になった窓枠の先に、一人の男が浮遊していた。
純白の法衣を纏い、黄金の錫杖を手にした、若き魔導師。
「――経済の令嬢。君の『計算』は完璧だ。だが……魔法による暴力までは、想定に入っていなかったようだな」
【鑑定不能。エラー……計測限界突破。属性:帝国最強魔導師・ヴァルガス】
男が指を鳴らすと、王宮の周囲に巨大な魔法陣が展開された。
「静」と「動」。
数字と、魔術。
私の前に、これまでにない「予測不能な負債」が、牙を剥いて現れた。
クロウディアのハニートラップを嘲笑い、帝国の裏帳簿までをも掌握したアイリス。
しかし、そんな彼女の前に、ついに「物理的な暴力」の極致――帝国最強の魔導師ヴァルガスが現れました。
数字で支配できない「奇跡」に対し、アイリスはどう立ち向かうのか?
「ゼオン陛下の『安売りするな』がイケメンすぎる!」「テトラのハッキング、有能すぎ!」
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次回、第20話「絶望の魔導師と、黄金の天秤」。
王宮を包囲した魔導師ヴァルガス。しかし、アイリスは怯えるどころか、彼の『魔力の価値』を査定し始め――。




