第18話:主権の競売 ~没落国家の付け値~
――乾いた、木槌の音。
アステリア王宮、大舞踏会会場。
かつて私が婚約破棄を宣告され、泥を投げつけられたその場所は今、世界中の富豪と商人が集う「解体現場」と化していた。
シャンデリアの輝きは変わらない。
けれど、そこに集う人々の視線の先にあるのは、愛でも美でもない。
一国の「死体」をいかに安く、美味しく喰らうかという、剥き出しの強欲だ。
「……アイリス様。準備は整いましたわ」
影から現れたリンが、私の背後に控える。
私は、ゼオン陛下から贈られた最高級の黒真珠をあしらった椅子に、深く腰掛けた。
視線の先には、壁際で震えながら、シャンパングラスを運ぶ一人の男。
【鑑定対象:ジュリアン。役職:オークション会場・臨時給仕。時給:銅貨5枚。……手が震えて、グラスを割りそうね。資産価値、さらに下落】
――「静」。
私は、彼に一瞥もくれない。
「皆様。本日はアステリア王国の『不良債権一掃セール』にお越しいただき、誠にありがとうございます」
私の声が、会場のざわめきを一瞬で静める。
「第一の出品は、アステリア南部、王立避暑地。……そして、そこに隣接する『魔石鉱山』の30年間の独占採掘権ですわ。開始価格は、ヴァロワ新金貨で1万枚」
会場が、一気に熱を帯びる。
「帝国が買うわ! ガリウス金貨で10万枚よ!」
最前列に陣取ったクロウディアが、鋭い声で叫んだ。
彼女は、昨日までの焦りを「軍事国家のプライド」という厚化粧で塗り潰して現れたようだ。
だが。
「……クロウディア様。お耳がよろしいかしら?」
私は、扇子で口元を隠し、冷ややかに告げた。
「本日の決済は、すべて『ヴァロワ新金貨』のみと指定させていただきましたわ。ガリウス金貨……ああ、あの最近、金の含有率が50%を切ったという『混ぜ物』のことかしら? そんなもの、ここには持ち込まないでいただけます?」
「な……っ! 帝国の通貨を混ぜ物呼ばわりするなんて……不敬よ!」
――「動」。
クロウディアの顔が、屈辱で真っ赤に染まる。
「不敬? いいえ、これは『市場価格』の提示ですわ」
私は、隣に控えていた小柄な少女――眼鏡を光らせ、分厚い魔導書型の計算機を抱えたテトラに目配せした。
「テトラ。最新のレートを」
「……了解。1秒で算出。ガリウス金貨対ヴァロワ新金貨の交換比率、120対1。……しかも、ガリウス帝国の国債暴落につき、現在『受け取り拒否』の推奨フラグが立っています。アイリス様」
テトラの平坦な声が、クロウディアのプライドを粉々に砕く。
会場の商人たちが一斉にざわめき、クロウディアから距離を置いた。
「嘘よ……帝国の価値が、たった一晩でそんな……!」
「一晩ではありませんわ。……あなたが、私を『小娘』と見下して、安物のシャンパンを飲んでいたその間も、私は帝国の主要銀行をすべて『空売り』で仕留めておきましたから」
私は、木槌を手に取った。
「クロウディア様。あなたに買えるものは、もうこの会場にはありません。……どうしても何かが欲しいというのなら、そうね。……あちらでグラスを割った『管理人』さんの代わりに、掃除の仕事でも落札されます?」
「……っ! アイリス……! 貴様……!」
ガシャン。
その時、壁際でジュリアンが本当にグラスを落とした。
泥だらけの床に、かつての王子が這いつくばって破片を拾う。
それを見下ろす、帝国の交渉官。
格の違い。
次元の差。
私が一歩歩くたびに、世界という名の数字が、私の足元で跪いていく。
「落札ですわ。……アステリアの南半分は、本日をもって、私の『個人庭園』として登録させていただきます」
木槌が鳴る。
一国の主権が、私の指先一つで、文字通り「売買」された瞬間だった。
アステリア王国。
かつて私を捨てたその国は今、私のコレクション・ファイルの、ほんの一頁に過ぎなかった。
クロウディアの「帝国の誇り」も、アイリスの計算の前では紙屑同然。
そして、かつての婚約者ジュリアンの無様な給仕姿。
「経済的敗北」という、逃げ場のない地獄をアイリスが提供しました。
「テトラちゃんの毒舌計算が可愛い!」「クロウディアの絶望顔、もっと見たい!」
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次回、第19話「帝国の影と、新たなライバル」。
破産寸前のクロウディアが、最後に仕掛ける「女の武器」。
そして、アイリスに忍び寄る「帝国最強の魔導師」の影とは――。




