参りましょう
ある意味予想の斜め上を行く敵の要求に、私は絶句していた。
確かに私は、民に向けて自軍の正義を訴える看板としてはそこそこ役に立つ「献身の聖女」だし、領地に帰れば一万以上の兵力を持つ、国内有数の大貴族ではある。だけどこの王都攻防戦では、国王陛下と言う絶対的な看板があるのだから「聖女」看板で人気取りする必要もないはず。そして領地の兵力は、東の国境に張り付いていて、戦力として数えることは難しいものだ。ようは、私を人質にとったからと言って、叛乱側に有利になる絵が、見えないんだけど。
「我々もそう考えた、だが使者の要求はそれ一点なのだ」
ローゼンハイム伯も、怪訝な表情で眉を寄せる。
「確かに聖女が王都市民や周辺貴族に向かって叛乱に協力せよと呼びかければ、戦局は逆転するだろう。市民は皆兵化して抵抗するであろうし、様子見の地方貴族はことごとくその矛を我々に向け、そもそも我々の領地でも民の離反が相次いで戦どころではなくなる」
「いや、そこまでの力はないと……」
いくら何でも逆転まで言ったら大げさでしょうと私は思ったけれど、伯爵は大真面目な表情のままため息をついた。
「聖女はいつも自分を過小評価しすぎる。貴女にはそのくらいの影響力があることを自覚してもらいたいものだ。だが今回の場合、人質交換のような形で聖女を手中にしたとて、聖女が叛乱側を積極的に応援するとは、とても思えない」
「もちろん、そんなつもりはまったくありません」
「そう、叛乱側はアルベルト殿下を旗印にしているがその実相は、よりによって聖女を虐げてきた西教会勢力なのだからな。だからこそわからぬのだ、何故奴らは、王族お二人と引き換えても聖女の身柄を執拗に求めるのであろうかと」
私も、考え込んでしまった。敵……西教会の目的はさっぱりわからない、わからないけど今何もしなければ、大事な人の生命が、確実に失われる、どうしたらいいんだろう。迷いながらもう一度見上げた城壁の上で、マーレ姉様が不意に顔を上げて……一瞬、視線が私と重なった気がした。こんなに離れているんだから眼が合うも合わないもないのだけど、確かにその時、姉様と心が通じたように思えたんだ。
「よしっ、本営に行くわ!」
私はがばりと立ち上がり、陛下のいらっしゃる本営に向かって走り出した。慌ててテオドール様とローゼンハイム伯が追っかけてきたみたいだけど、待ってなんかあげないわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「聖女よ、今、何と申したのじゃ?」
「はい。敵の要求通り、私が敵陣に参ります」
使者を別室で待たせて申し出た私の言葉に、国王陛下の眼が丸くなる。私がこんなことを言い出すのは、そんなに意外かしら?
「いやしかし、相手は西教会じゃぞ? そなたに何をするか……」
「そうですね。ですが、すぐ殺されるわけではなさそうです。一方このお話を断ったら、王女殿下とマーレ姉様は、確実に処刑されます」
そう、私を殺すことには、戦略的な意味がない。恨みで殺すってこともあるのかなとも考えたけど、その程度の話で切り札の王族と交換するような真似はしないだろう。だからきっと最初から殺されることはなく、何かに利用しようとするはずだ……言うことを聞かなければ、最後には殺されちゃうのだろうけど。
「う、うむ……しかしいくら王族の生命がかかっているとはいえ、国のためにあれだけ尽くしてくれた聖女を差し出すわけにはいかぬ」
陛下の表情は苦しげだ。陛下の王女様大好きっぷりは私も知っているくらいだ、本当は助けたくて仕方ないのだろうけれど、私と引き換えにはできないとその想いを飲み込んでくれている。受け入れてもらうためには、もう一押し入れないといけないか。
「陛下、私は王女殿下を救うために身を差し出すのではありません。大好きな姉様に生きて欲しいがゆえに、参りたいと申しているのですわ」
「むぅ……」
腹黒の陛下にしては珍しく、その視点が揺れ動き、何か救いでも求めるように、宰相であるクリストフ父様の方を向く。父様も今日ばかりは当惑しているようだったけれど……やがてきっぱりと私の方を向いて、決然と言葉を発した。
「私とて娘……マーレのことが可愛い、もちろん死んでほしくなどない。だがロッテ、今はお前も、間違いなく我家の娘なのだよ。一人の娘を助けるためにもう一人を犠牲にするなどということはできない。マーレとて、王太子殿下に嫁ぐときに覚悟を決めているはずだ、ロッテの気持ちは美しいと思うが、それを許すわけにはいかないよ」
そんなことを言われたら、私の涙腺が決壊しちゃったのは、仕方ない。ハイデルベルグ家のみんな……父様もカタリーナ母様もハインリヒ兄様も、マーレが連れてきた得体のしれない流れ者の私を最初から暖かく迎え、本当の家族と変わらないような愛をずっと注いでくれていた。私はその気持ちに、まだ十分に応えきれていないような気がしているんだ。そしてそれに応えるその時が、たった今なんじゃないかって、思えるんだ。
「お父様、ありがとうございます。そんなに慈しんで頂けて、幸せです。娘だって言ってもらえて、とっても嬉しい。でもお父様、ご存じですか? 娘というものは、反抗期を一度は迎えるものなのですよ。なので私は初めて、お父様に反抗します……叛乱軍に降ることを、お許しください」
クリストフ父様も陛下も、それ以上の言葉を発することはなかった。私は涙を拭いて、とびっきりの笑顔を、お二人に向けた。




