さよなら
「そうですか。ロッテお姉さんなら、そう言うのではないかと思っていました」
私の決心を告げたビアンカの反応は、予想したより冷静だった。彼女に泣かれるのが一番辛いと内心身構えていたけれど、若干拍子抜けだ。
「それなら、私もついていきます」
「いや、それはだめだって!」
こればかりは私も、必死で止める。
私自身は多少利用価値があってすぐ殺されることは無いと思っているけれど、随伴する者についてはその限りでない。そしてビアンカは西教会が奴隷扱いしている獣人階級で、おまけになごみ系超可愛いルックスはいわゆる「男好きのする」もの……彼女がどういう目にあわされるか、鈍い私でもわかる。だから周りのみんなで、寄ってたかって必死で止めた。
「くっ……わかりました。では私はお姉さんを取り戻すためのお仕事に、全力を尽くします!」
ローゼンハイム伯まで説得に加わってもらって、ようやくこの答えを引き出した時は、肩をなでおろしたものだった。ビアンカには幸せになって欲しいし……何より私がいない間、ルルを預かっていてもらわないといけないしね。
(ルルも寂しいけど、がまんする。はやく帰ってきてね……ママがいつまでも帰って来なかったら、あの街に突っ込んじゃうかもしれないよ!)
うげっ。ゴネるかなと思っていたルルがあっさり聞き分けてくれたのは良かったけれど、王都に突っ込まれても困るなあ。そして、ルルがいくら底なしに石化を使えると言っても、それは私が無限の「おかしな魔力」を供給している前提なのだ。私と離れてしまったら、石化で倒せる敵は百人がせいぜいじゃないか……王都の軍勢に、かなうとは思えない。
「うん、できるだけ早く帰れるようにがんばる。ルルもいい子で待っててね」
(ルルもがんばる!)
はあ、とりあえず一番暴れそうな二人は何とか納得してくれた。残る一番の問題は……彼女よね。
「ねえグルヴェイグ、貴女を預ける人について、相談があるのだけど?」
そう、彼女はある意味超危険物だ。私やヴィクトルのように気質が合い魔力豊かな持ち手が扱えば鋼をもバターのように断ち割るけれど、資格なき者が持てばその手を焼き、振るうどころか拾うことすらままならないのだから。
(妾の主は、そなたただ一人なのじゃが?)
「だけど、貴女を持ったまま敵に降伏するわけにはいかないわ。貴方の主になれる者はあっちにいないかもしれないけれど、間違いなく引き離されるもの。かといって、埋めたり隠したりするのは貴女が可哀そうだし……それだったら、信頼できる人に持っていてもらう方が」
(うむむ……)
「ね、テオドール様はどうかしら? 貴女だって、彼の性格は気に入っていたでしょう?」
(うん、まあ、あの男ならのう……)
渋るグルヴェイグも何とか説き伏せ、最後にテオドール様とお話しした。
「死ぬつもりなのか……聖女」
「しばらくの間は私を、何かに利用しようと生かしておくのではないかと思っています。できるだけ、長く生きたいとは願っていますが……役に立たないと判断されたら殺されるのでしょう、それは覚悟しています」
「どうしてお前はいつも他人のことばかりで、自分の優先順位が低いんだ……なあ聖女、今からでも俺と逃げないか? ロワールもバイエルンも、アルテラさえ手の届かないはるか彼方で、しがらみのない小さいけれど確実な幸せを、聖女に与えてやれるぞ?」
そんな言葉で口説くテオドール様の真剣な眼に、もちろんぐらっと来てしまう。彼がそう言うと思ってあらかじめ答えを用意していなかったら、危なかったかもしれない。
「ええ、そうできたら幸せなんだろうなって思います。三年前だったら、喜んでお受けしていたでしょうね。でも、今はもう出来ません。幸せにしてあげたい人たちが、この国に一杯出来てしまったのですもの」
「それは、聖女自身より、大事なものなのか?」
「わかりません。でも、守りたい人が眼の前で不幸になるのは、見過ごせない性分なのです」
はあ~っというテオドール様の大きなため息が聞こえる。きっと脳内お花畑のバカ娘と思われちゃったかも知れないけど、こんな性格は変えられない。そして、こんな私が好きだって、ヴィクトルが言ってくれたことも、忘れられないのだ。
「そうだな、俺は聖女のそんなどうしようもないお人好しも含めて、惚れてしまったのだった。わかった、グルヴェイグは預かるから思いのままにするがいい。だがこの無茶な行動……カミルはどう思うかな?」
うぐぐ、そこを突かれると、私は弱い。恥ずかしいくらい堂々と、私を好きだと公言していたカミルははるか北方、火竜の山で王になるための準備をしているはずだ。彼が私の行動を知ったら、たぶん怒るだろうな。いやそれよりも、一緒に連れていけってゴネるだろうな……その姿を想像したら、なんだかおかしくて、笑みが漏れてしまう。
「くそっ、勝てないな」
「えっ? 何のことですか?」
「こっちの話だ。まったく、早く帰ってくればいいのに」
いまいち話がかみ合わなかったけれど、私の無謀をみんなが認めてくれたみたい。早くマーレ姉様を助けて……あとのことは、なるようになるわ。




