捕らわれたのは……
「いやはや見事、さすがは『常勝の聖女』というべきか」
ローゼンハイム伯の賞賛が重たい。私はただ、大規模な別動隊を出して包囲体制を作るまでの間、時間稼ぎをすることを申し出ただけなのに。
「森の中を八千の隊で進むのにはかなり不安があったのですが、シュトローブル領軍の獣人たちの先導は素晴らしかった! 最短時間で進める道を的確に指してくれるのですよ!」
副官様の言葉に、そこに限っては確かに私もいい仕事をしたかなと鼻をうごめかす。左右に分かれて森の中を夜間行軍する別動隊の先導役に、うちの獣人部隊を推薦したのだ。彼らは夜目も利くし、危険に対しての感覚も人間よりはるかに優れている。おそらく彼らがいなかったら、敵に背後に回るためにかかる時間は、二倍近くかかったのではないだろうか。私の肝煎りでつくった獣人部隊の功績だけは、ちょっと誇らしい。これを機会に、人間の間にも獣人への敬意が育ってくれると、いいのだけど。
敵は大軍、指揮する伯爵様も優れた方のように見えたけれど、やっぱり寄せ集めであったようだ。予想外の背後からの奇襲に対して態勢を建て直せる実力はなく、戦線は短時間で崩壊した。
敵兵力の二割ほどを削り取ったところで、辛うじて指揮系統を維持させていた伯爵に降伏を勧告したら、最後まで真面目であったこの指揮官は、下級将校以下の罪は問わないという条件付きだけれど、きちんと応じてくれた。あのまま意地を張って粘られたら、非常に後味の悪い殲滅戦になるのは確実だったから、理性的な伯爵の判断は、実にありがたいものだった。こういう立派な方に、あまり過酷な処分が下されないと良いのだけど……私にその辺を決める権限はないからね。せいぜい口添えなどするとしよう。
一方、民衆を無用の乱に向け煽動し、貴族たちに叛乱への参加を半ば強要した西教会の聖職者たちを、許すわけにはいかない。この人たちにはある意味信念がある……間違った信念だけどね。放免したらまたいつか、「正義のため」とか唱えつつ、同じことをする可能性が極めて高いから。十数人ほどの彼らはハイデルベルグに護送され……処刑か、下級の者は幽閉ということになるのだろう。さすがに「聖女」の私も、彼らに慈悲を与える気にはならない。
そんなわけで聖職者と、特別に悪質な貴族を除いて、降伏した者たちはそのままローゼンハイム伯の指揮下に入れてハイデルベルグに向かうことになった。道々の村や街も、もはや露骨に閉門したり、物資を売らないなんて嫌がらせをすることは無くなっている。まだ敵意はあるようだけれどね。子供の頃から西教会の教えを刷り込まれてきた人たちだ、いきなり教会は叛逆組織だと言っても信じてもらえない……いや、信じたくないだろう。だからその辺には触らずに、も抜けのからになった西教会の布教所を徹底的に捜索して、叛逆の証拠を探すことにしたのだけれど……予想に反して、出るわ出るわ。
「ロワール本部教会からの指示書だの、領主を脅して謀叛軍に味方させるためのマニュアルだの……どれも明々白々の証拠になりますね。まったく隠す気が無かったのでしょうか?」
「うむ、王都を首尾よく掌握できたことで、もう勝利したつもりになっていたようだな。それにしても、我々の戦力を忘れていたわけではあるまいに……」
ローゼンハイム伯は怪訝そうな表情だけど、彼の疑問を解き明かしてくれたのは、テオドール様だった。
「もちろん俺たちの軍も計算していなかったはずがない。だが奴らの計画では、おそらくロワールの叛乱軍が粘って王都を握っているうちに、バイエルンでも挙兵し、我々を後ろ盾のない漂流軍にするつもりだったのだろう。だが、俺たちが王都を陥とすのが早すぎたんだ。叛乱軍に連戦連勝したあげくに、聖女の奇策であの堅固な城壁が二日で落ちた……それで目論見が外れたということだと思う」
「ふむ、聖女のお陰ということですな。さすがは私が剣をささげたお方と言うべきか」
いや、確かに勝ちまくったのは事実だけど、あれは私がどうこうしたというより、私のまわりの人たちが頑張ったからだよ……と言いたいけれど、二人とも聞いてくれる様子がない。もう、ため息をつくしかないなあ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ロッテちゃん! よく無事で帰ってきたわ!」
戦勝の三日後、ハイデルベルグに入った私たちはもちろん大歓迎を受けたけれど、私が真っ先に受けたのは、カタリーナ母様の熱い抱擁だった。苦しいくらいにしがみつかれて涙など浮かべられたら、私の眼からも勝手に何かがあふれ出す。
「ロッテ、お帰り」「お帰りなさいっ!」
クリストフ父様と、ハインリヒ兄様のお嫁さんであるコリーナ様も、暖かい笑顔で迎えてくれる。カタリーナ母様が万力のように私のお腹を締め付けて離してくれないので、応えられないのが残念だけど。
国王陛下と王妃様まで、お迎えに出て下さったの。まあ、私のお迎えと言うより、待ち焦がれた三万の味方を閲兵するためなんだろうけど。
「おお聖女、こたびもずいぶん活躍をしたそうじゃな。じゃがもう少し、助けてもらわねばならぬ、儂がアルベルトを御し切れなかったゆえのことで、申し訳ないがの」
「暖かい御諚、恐悦至極でございます。陛下のため、と申しますよりバイエルン国民のため、一日でも早く平安をもたらすことに、尽くしたいと存じますわ」
聖職者スタイルだからカーテシーは難しいけど、背筋を伸ばして膝を曲げ、精一杯淑女っぽい礼をとる。そんな私に向ける陛下の視線が、とても優しい。おっと、気になっていたことを、聞いておかなきゃ。
「あのう、陛下。王太子殿下と妃殿下……マーレお姉様は?」
その問いに対する答えは、すぐには返って来なかった。
「……うむ。ルートヴィヒは辺境防衛軍を訪問していたところで、難を逃れ今は北方に無事でおるが……アマーリエの行方が判らぬのだ。叛乱軍に捕らえられたのやも知れぬ」
「え……」
空気が凍り付いたような、気がした。




