叛乱勢力
敵影を確認したのは、すでに夕刻。大軍同士がぶつかる戦は、よほど偶発的な何かがない限り、夜間に行われることはない。激突は、明日になるだろう。
「想定より敵が多いな……バイエルンにおける西教会の力を、舐めてしまっていたようだ」
「そうですね。敵に回った貴族が、思ったより多いみたいです」
斥候の報告では、敵の数はおよそ一万弱……正面からぶつかれば勝てるだろうけれど、損害がかなり出そうだ。王都を占拠している兵力の他に一万も動員できるということは、西部地域の貴族の過半数以上が、敵……西教会に付いたということになる。布教所があちこちにある以上、民衆がある程度西教会を支持することは承知していたけれど、領主クラスがこんなに取り込まれているとは、うかつだった。
そして、私たち遠征軍三万のうち、西部から徴発した兵力の半分くらいがバイエルンに入ってから逃散してしまっていて、現在の実兵力は二万五千と言うところ。
「ここでまともにやり合うのは痛いが、やむを得ないか」
ローゼンハイム伯の眉間に、いつもより深く皺が刻まれる。大人の男性が真剣に悩む姿って、何故とは言えないけどぐっと来るものがあるのよね。しばらく鑑賞していたい気持ちもあるけど、少しだけ思い付きを言ってみようか。
「あの……ちょっと提案があるのですが」
「むっ? 『常勝の聖女』の策、ぜひ聞かせて欲しい!」
いや、そんなに食いつかれても、困るんですけど?
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、私とテオドール様は陣頭で軍馬に乗り、並んで立っていた。総指揮官たるローゼンハイム伯は、ここにいない。
眼の前には、昨日見たのとほぼ変わらない陣容の敵が展開している。一万近い敵は、さすがに威圧感が大きい。思わず引いてしまいそうになるけれど、私の役目は、ここで思いっきり目立つことなのだ。
味方の従軍魔法使いが、杖を片手に詠唱を始める。軍に奉職する魔法使いなら全員習得を義務付けられる「拡声」の魔法だ。これがあることで、陣頭の大将は金切り声を張り上げることなく、開戦前のお約束である名乗りや降伏勧告を、堂々と敵に向かって行うことができるのだ。私は、大きく息を吸い込み、敵に向かって口を開く。
「皆さん。私のことは、ご存じでしょうか?」
敵軍全体から、ざわめきが上がる。今回の遠征に歌劇で有名な「献身の聖女」が従軍していることは、広く知られていたけれど、まさか陣頭に押し出して来るとは思っていなかったのだろう。私だって物理的に紙防御である自覚はいやっていうほどあるし、出なくて済むのなら出たくはなかったのだけどね。
「そうです。皆さまご存じの、聖女と呼ばれている者です。ロワール王室を援ける戦を終え、祖国に帰って参りました。私たちの軍勢はハイデルベルグに向かわねばなりません。街道を空け、通していただくわけには参りませんか?」
そう、最初から喧嘩を売るわけにはいかないから、穏やかにね。最終的にそうもいかないことは、わかっているけれど。
「我こそザールブリュケン伯エックハルト。名高き聖女にまみえる光栄、幸甚である。しかし、ここを通すわけには参らぬ! ここを通りたくば、貴女たちも国王アルベルト陛下に忠誠を誓われよ!」
先方から、力強いバリトンで、堂々とした名乗りがある。もちろんこの声も「拡声」の魔法で、こちらの全軍に聞こえているはずだ。
「あら、その『陛下』は、どこの国の『陛下』なのでしょうね? このバイエルンに国王はルドルフ陛下ただ一人、寡聞にして譲位のことがあったという噂は聞いておりませんが?」
お相手は誠実な方とお見受けしたけれど、ここは戦わねばならない。思いっきり言葉に皮肉を乗せて、打ち返す。敵軍にざわめきが広がり、こちらの兵士たちからは賛同の歓声が次々に上がる。
「先王ルドルフ陛下はご自身の失政を悔い、アルベルト陛下に後を託されたのだ」
声のトーンに、さっきまでの勢いがない。やっぱりまともな貴族からすれば、今回のクーデターは内心、忸怩たるものがあるのだろう。よし、ここはもう一歩詰めちゃおうか。
「そんなことがあったのですね! 外国に出ていたので存じませんでしたわ。ですけど……おかしいですわね? ルドルフ陛下の後嗣は、王太子ルートヴィヒ殿下のはず。後を託されるならそのお相手は、王太子殿下なのでは?」
「そうだ! 王太子殿下が王位を継がれないのはなぜだ!」
「お前たちが強引に権力をもぎとったのだろう!」
私のいやみな指摘に、敵軍は静まり返り、味方からは非難の声が続く。よし、いい感じね、この調子で時間を稼がないと。
そう、私は別に、名乗り合いで相手を言い負かすために、最前線に出ているのではないのだ。実のところ、私の提案した作戦を実行しているせいで、たった今後方にいる軍勢は、わずか七千ちょっとしかいないのだ。しかもそのうち二千は輜重部隊で、戦闘には役に立たない。ようは、この段階で敵に全力突撃されたら、負け確定ということなのよ。
余裕たっぷりの笑顔を貼り付けながらも、背中には冷や汗が流れている私なのだった。




