回春ですか?
「うむ……里のことを考えれば、儂を若返らせてくれようという聖女やヤンカの提案、実にありがたい。だが、儂にもかけがえのない連れ合いが居るのだ。連れ合いだけが先に齢を取り、死にゆくのはちと耐えられぬ。無二のつがいと同じ時間を生きる、それが自然と言うものではないかな。そして、儂は若返っても、他の連れ合いを選ぶことは無い……だから、後継ぎはもう、生まれないのだよ」
族長さんが、一気にしゃべり切った。一族を守る族長としての立場を最優先するならば、彼は私の血を飲んで若返り、別の若い雌虎さんを娶って、速やかに後継ぎを儲けるべきだろう。だけど、それはあくまで人間の論理であるらしい……魔獣である族長さんは、たった一人のつがいと一緒に生きることを、何よりも大事にしてしまうのだ。
だけど……もちろん私だって、魔獣のメンタリティは知っている。族長さんがそう言うであろうことは、予想の範囲内なのだ。だから、ビアンカからもう一つの瓶を受け取って、最初の瓶に並べたんだ。もちろん、そこにも私の血が満たされている……血の抜き過ぎでまだ貧血が続いているのは、内緒だ。人里に帰ったらお肉とケールをひたすら食べて、血を増やさないとなあ。
「では、お二人で一本ずつ、お飲みいただけませんか? お願いです、この里がきちんと治まることが、村で暮らす人間たちのためにも、大切なのです」
「むっ……」
しばらく瞑目して、考え込む族長様。よく考えれば私もずいぶん、ずうずうしいことを言ってるよね。かけがえのない後継ぎを奪い取ったあげく、心静かに老いていこうとしている彼に鞭打って、百年余分に働けって言ってるようなものだから。
「まあ、良いか。信じてみようではないか」
族長さんがそんな声とともに眼を開いたかと思ったら、瓶の蓋を取るや一息に飲み干した。
「む、これは本当に人間の血なのか? なんの生臭さもなく、ただ甘露な魔力が身体を巡る……うお、おおっ!」
驚きの声をあげる族長様の姿をじっと眺めていた私とビアンカも、別の驚きに眼を見張った。だって、おじ様の渋いロマンスグレーが、たった今眼の前で徐々に色づいて、やがて金色に染まったのですもの。ヴィクトルのような濃い黄金色ではなく、むしろ透明感のある明るい金色に。そして肌にも張りが戻り、肩のあたりには筋肉が盛り上がってきている。
「なんと、これは……これはまさに、奇蹟!」
(ほれ、そうとなれば、テレーズにも聖女の秘薬を飲ませてやるのじゃ。さすれば、また珠のような後継ぎが産まれるのも、そう遠いことではあるまいよ)
族長様の感動に、ヤンカお婆さんが何やら生々しい茶々を入れるから、台無しだよ。
「うむ、まさにその通りだ、ううっ、こうしてはいられぬ……聖女どの、今晩はここで失礼するぞ!」
あれ? あんなに落ち着いていて渋い大人だったはずの族長様が、挨拶もそこそこに、お酒がほとんど残っている木杯もほっぽって、せわしく出ていってしまった。残された私たちは、お婆さんに、怖々聞いてみる。
「あの……もしかして族長さん、今晩いきなり子作りとか、しちゃうの?」
(当たり前じゃろ? 死にかけたあたしですら蘇った聖女の秘薬だよ、健康な雄に飲ませてしまえば大変さ。すぐにでも連れ合いを抱かねば、その昂まりは治まるまいよ。テレーズが寝かせてもらえるかどうか、怪しいのう)
うはあ、私はもしかして、とっても大変なことをしでかしてしまったのじゃ、ないだろうか?
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝遅く、もう私やビアンカが午前のおやつを食べようとしている時分。他の虎さんよりひときわ大きく、つやつや輝く色濃い毛皮をもった二体のサーベルタイガーが、洞窟からゆるゆる現れた。何やら睦まじく首のあたりを互いにすりすりしながら、甘い雰囲気を振りまいている。
「あれって、もしかして族長さんと、奥さん?」
「そうみたいですね……どう見ても、働き盛りの年齢にしか見えませんけど。お姉さん、力を入れすぎたんじゃないんですか?」
うはっ、そうかも。確かに私は瓶に自分の血を抜いた後、その瓶を一晩抱いて、心を込めた。それって、もともと魔力たっぷりの血に、さらに力を注ぎ込むことになってしまったのかな。あんな若く元気になるなんて、想像していなかったんだけど。
まあ、やってしまったことは、仕方ない。あれだけ仲良しなんだ……ヤンカお婆さんの言う通り、本当に近々後継ぎが産まれることを期待しよう、うん。
「族長様、おはようございます。一つだけお願いが」
(うむ、何だね。聖女の言うことなら、何だって叶えたい気分だぞ)
族長様はひとかたならぬ上機嫌で、傍らの奥さんの頬をぺろりと舐める。奥さんも満更ではないらしく、嬉しそうに首を揺すっていたりして。
「例の……秘薬の件は、他の虎さんにはご内密に……」
(そ、そうだの。あれが皆にバレたら、聖女は一生この里から出してもらえず、ひたすら血を抜かれる運命になるであろうからなあ)
「ひいいっ!」
ものすごく怖いことを言う族長様。私は本気で背中に冷たい汗を流した。




