ヴィクトルの故郷
(まったく……ロッテお姉さんは何でも、思いついたら急なんですから!)
「ごめん、ビアンカ。でも、一度は行かないといけないと思っちゃったの」
(わかっていますよ、お姉さんのなさりたいようにしてください。もうちょっと前もって言って下さると、嬉しいですけど)
念話でお説教されて肩を縮める私と、それでも結局許してくれる優しいビアンカ。そう、私は獣化したビアンカの背に揺られつつ、ヴィクトルの一族が住まう拠点に、訪ねていこうとしているのだ。
あの、サーベルタイガーのお婆さんも一緒だ。なんでも重傷を負ったら交代するルールを一族で決めているらしく、しばらくは拠点に戻ってお役御免、気ままに過ごさせてもらえるらしいのだ。
(あたしゃむしろ怪我する前より、調子がいいんだけどねえ。お嬢ちゃんの血は、最高だったからね、あれはヤバいモノだよ)
そんなことを言うお婆さんだが、あまり無理をして欲しくない。私には二百歳超えって感覚がそもそもわからないけど、さすがにその年齢だと、若い虎のようには走れないだろうし、乗っける騎士様の重みもきつくなってくるんじゃないだろうか。
(確かに、齢をとって身体の動きがあちこち悪くなっていたんだよね。だから人間と共闘することが決まった時、戦闘部隊は無理だから入らなかったのさ。それでも何か役には立ちたかったから、ああやって人間を乗せて偵察をやる役目が楽そうだと思ったんだがねえ。あたしが不覚だったのは、人間は功を欲して無理する生き物だってことを忘れていたことさね)
あの怪我をしたときも、お婆さんは敵の気配に気づいて騎士様に危険を知らせようとしていたけど、騎士様はそれに気付かず突出し、結局囲まれることになったのだ。
あんな無茶を何度もやられたら、虎さんが何体いても足りない。なので私はベルフォール辺境伯配下の偵察騎士様たちに説いた。敵を感知する能力は人間がいくら努力しても魔獣に勝てない、だから魔獣が危険を知らせたら、すぐ退くのだと。
そして、いくつかの合図を虎さんと騎士様の間で取り決めてきた……左前肢で地面を掻いたら人間の敵、右なら妖魔や魔獣が近くいるということ、そして虎さんが伏せたら、それは危険が大きいゆえ逃げ出せということ。これだけでも意思疎通できれば、たぶん今後は大きくリスクを減らせるはずだ。最初から決めておけばよかったのだろうけど、人間と魔獣の通訳ができる者は、たぶん族長さんか私くらいしかいないわけで……難しかったようね。
(まあ、こうして怪我したせいで里に戻されてしまうわけだけど……せっかくだから今度は戦闘部隊に入れてもらうことにするよ)
「何が戦闘部隊なの! 齢とって身体が動かなくなったって自分で言ってたのに!」
(確かにちょっと前まではそうだったのだけどね、あんたの血をもらった後は、あちこちきしんでた身体が、自由に動くんだよ。七~八十歳くらい若返った感じだねえ……今なら若い者に混じって戦えそうなんだ)
うわあ、何だかまた私は、やらかしてしまった感じがする。私のおかしな魔力がたっぷり巡っている血液には、治癒能力だけじゃなくどうも一種の若返り効果があるらしい。私の魔獣に対する癒しが何かと規格外であることは自分でも認めざるを得ないけど、そこまでかって感じよね。
だけど……それが事実だとしたら、私にはやらなきゃいけないことがあるわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
森を進む虎さんの速度はものすごくて、次の日にはもう、あの……ヴィクトルの一族が本拠とする、小高い岩山にあいた溶岩洞窟にたどり着いていた。
「聖女よ、久闊であったな。元気そうで、何よりじゃ」
見覚えあるロマンスグレーの渋いおじ様が、三年前と同じように迎えてくれる。もちろん、ヴィクトルのお父様……族長さんが人化した姿だ。
「族長様……申し訳ございません、私が、ヴィクトルを……」
「皆まで言わずともよい。ヴィクトルは、己の望むように振舞っただけなのだ。せっかく守った聖女が下を向いてしまったら、あやつは不本意であろうよ……ヴィクトルが想いを寄せた聖女らしく生きることが、その想いに答えることになるのではないかな」
深く謝罪する私に、寛大な言葉を与えてくれる族長様。私の行動が彼の息子と、彼らの次期族長を、永遠に奪ってしまったというのに。
だけど族長様も、お婆さんと同じようなことをおっしゃるのね。ヴィクトルが愛してくれた私の生き方をずっと続けることが、彼の想いに応えることだって。ずっと胸の奥に重く溜まっていた何かが、その言葉でゆっくりと溶けていくような気がする。
うん、私は誓おう。ずっと前向きで、まわりの人を明るく幸せにする私でいると。
家族を失った族長さんの前で涙をこぼすわけにはいかないと一生懸命こらえていたけれど、やっぱり泣き虫なお子様である私は、我慢できなかった。お婆さん虎がやさしくその毛皮をすり寄せてくれるのを感じたら、その首筋にすがりついて、声もなくただ涙を流すしかなかったんだ。




