進軍中!
最初の戦いで圧勝した私たちは、ゆっくりとだけど着実に勢力を広げてきている。
むしろ、進軍を急ぐ必要がないのだ。あの一方的な戦勝と、珍しく派手なデモンストレーションをやった私の噂がロワール国内にじわじわ浸透して、日和見を決め込んでいた地方貴族たちが、黙っていても続々アルフォンス様のもとに集まって来ているのだから。
アルフォンス様が王都を回復してから駆け付けても忠誠を疑われるだろう、なんとか国王と馬を並べて王都に入城したいという計算のもとに、毎日のように大小さまざまの援軍が、連合軍に加わって……今やこちらの勢力は六万。一方、敵は推定三万だとか……うん、これは、近々バイエルンに帰れそうね。
そんなわけで、私はもうあえて目立つパフォーマンスをやらなくてもよい。危ないことはせず、ただ後方でえへんと威張って座っていればよいと言われたのだけれど、せっかく来ているのだしそれは申し訳ない。前線に出ると叱られるので、ロワール軍の後方に回って、軽傷を負って下がってくる兵士さんたちを、私のしょぼい「聖女の力」で癒して差し上げることにしたのだ。
「軽傷」ってなぜわざわざ付けるのかって? だって、重傷を負った人なんて、私の力では癒せないもの。そんな力があるのはレイモンド姉様ともう一人、最年長の聖女アデライド様だけ。レイモンド姉様は死んだことになってるし、アデライド様は最近の教会組織で起こるゴタゴタにすっかり嫌気がさして、活動を辞めて領地にこもられたと聞いているわ。だから実質、そんな大きな力を持つ聖女は、ブラック聖女の本場ロワールにもいないわけよね。
かくして、精々切り傷や骨折を癒す程度しかできない私の業でも、ロワール陣内ではなんだかありがたがられているという訳なのだ。そしていつしかそんな私の地味な活動が、吟遊詩人の創作ネタとして便利に使われてしまっているのよね。
そこで唄われる叙事詩の中にいる私は、まさに男どもの理想とする都合のいい聖女であるようなのだ。ロワール王室に虐げられ生命を狙われたというのに、かつて婚約していた王への想いをずっとけなげに胸に抱いて、その危機を救うべく立ち上がり、進んで陣頭に立って巨悪に立ち向かい、さらには戦いに疲れた勇士たちを無償の愛で献身的に癒すという。
表面上はそれほど違っていないけれど、私が今回の行動をアルフォンス様に残した想いゆえに起こしたという所だけは、全面的に違うんだけどな。もう彼との日々は私の中で終わっている。アルフォンス様を男性として愛することは、恐らく今後もないだろう。まあ、吟遊詩人の唄も私たち連合軍の味方を増やすのに役立っているみたいではあるので、あえて声を大にして否定することはしないのだけど。
そんなこんなで、今日もすることがない私は、兵士さんの足に負った切り傷を、せっせと癒していた。足って雑菌が入りやすいから、大したことない傷でも放っておくと、一生歩けないなんてことに、なりかねないからね。
「聖女様の癒しを受けることが出来るなんて……一生の自慢になります。俺、アルフォンス陛下についてきて、よかったです!」
若い兵隊さんが、眼の前で消えた傷を見て驚いて、拝まんばかりにペコペコ何度もお礼をするのに、少し恐縮してしまう。まあ、そうなっちゃうか。普段「聖女の力」による治癒を受けられるのは、貴族か……せいぜい騎士階級の人くらい。平民の兵隊さんにその恩恵が及ぶことは、ほとんどないもんね。
「はい、陛下への忠誠はありがたいのですけど、ご自分のお生命も大事になさって下さいね?」
私としては、こう答えるしかないのだ。かつてロワールの聖女だった頃、捻挫を治してあげただけの新人騎士が感動して、私のためならって無茶な奮闘をしたことで、生命を失ったことがあった。喜んでくれるのは嬉しいけど、それゆえに蛮勇を振るわれることには、罪悪感が半端じゃないから。
「はいっ! 必ず生きて帰ります! また、聖女様のお姿を見られるように!」
うん、なんかいろいろ違うような気がするけど、無茶してくれなければ、それでいいか。
そんなまったりとした聖女業務にいそしむ私の耳に、切迫した声が飛び込んできた。
「偵察が戻ったぞ! 敵にやられている、早く聖女様に!」
私が目を向けた先には二体のサーベルタイガーと、それにしがみつくように乗る、軽装の騎士様。肩がざっくりと割られ、出血が止まらない。これは私の能力じゃ、ギリギリだな……今日初めて、全力でグルヴェイグに精神力を注ぎ込んだ。
「この者の傷を、癒したまえ、ふうんっ!」
気合いの掛け方が美しくないけど、全力で行こうとすると、こうなってしまうのだ。だけどカッコを気にせず施術した甲斐はあった。騎士様の傷は見る間にふさがっていく……良かった、レイモンド姉様の術と違って痕は残るでしょうけど、腕は使えるように戻ると思うわ。
ほっと息をつく私の耳に、重くて柔らかいものが地面にどさっと落ちる音がした。驚いて振り向くと、偵察騎士様を乗せて戻ってきたサーベルタイガーが、力尽きてくずおれる姿が、そこにあった。




