毒親登場
二日後、ベルフォール領の西端で、私たちは叛乱軍の主力と対峙していた。
これまで援軍の到着を待つために、大軍を展開しにくい森に引いて、小競り合いレベルの戦闘で時間を稼いでいたベルフォール領軍が、初めて打って出たのだ。
ベルフォール領軍が右翼、そしてバイエルン軍が左翼。アルフォンス様は右翼後方、私とテオドール様は、左翼後方でとりあえず大人しくしている。
「こちらも十分な兵力だ、まず負けはすまい。むしろよく我らの来援まで、持ちこたえてくれたものだ」
「どうやってあの大軍を止めたのでしょう?」
「うむ、森の中の細い街道で戦うことで参戦する兵の数を制約し、相手の大部分を遊兵にするというやり方であったようだ、ベルフォール辺境伯の軍略は、大したものだな」
ローゼンハイム伯が無精髭の浮いた顎を撫でながら感心している。他国の将にも賞賛を惜しまないところが、とてもご立派だよね。
「ですが、敵は大兵力。別働隊を迂回させて後背を衝こうとはしなかったのでしょうか?」
そう、それは私たちがアルテラとの戦で危うく壊滅しかけた、あの時やられた戦術だ。ヴィクトルのおかげで生き延びて逆転することができたけれど、とても有効な戦い方だったはず。兵力に余裕があれば、採りたくなる作戦のはずよね。
「そこなんだ。敵も森を迂回しようと何度も試みたらしいのだが……魔獣の群れがどこからか現れて、そのたび蹴散らされたということでな。まるでサーベルタイガーの一族を傘下に収めている我が聖女の戦い方にそっくりだと、話題になっているのだよ」
「ああ、それは……」
うん、そこには納得してしまった私だ。なるほど、旧モルトー子爵領をヴィクトルの一族に任せる代わりに、森の治安と外敵からの防衛を任せるという、あの時私が縁を結んだ約束が、まだきちんと機能しているんだ。外敵の気配を感知する能力に優れ、木々の中でも移動速度が全く落ちない彼らは、森林ではほぼ無敵だ……重装歩兵を連隊規模で持ってこない限り、だけどね。
そのへんの事情を手短に伯爵に伝えると、何やらポカンと口をあいておられる。あ、しまった……これはまた、呆れられるようなことを言っちゃったのかしら。
「そんなところまでお節介を焼いていたとは、何とも……いや、これが我らの聖女と感心するべきだな」
無理に納得しようとするローゼンハイム伯のリアクションに、何だか私は納得いかないわ。アレは私が望んで突っ込んだ事件ではないのだけど……ううむ、お節介って言われるのも、仕方ないのかなあ。
「前面の敵が動き出しましたっ!」
私たちの呑気な会話を、物見の報告が断ち切った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
わらわらと進んでくる、あまり統率が取れているように見えない軍隊。まあ、どこかの貴族が自領から連れてきた兵でしょうね。おおよそ三千か、四千くらいの兵力に見える。それだけ動員できるとなると、伯爵級の高位貴族だろう。
「あっ……」
「どうされた、聖女殿?」
私は敵が掲げる軍旗の紋章を見て、思わず固まってしまった。
「あ、あの紋章は……リモージュ伯爵家の、もので……」
「うっ、うむ、それは……」
問いかけてきたローゼンハイム伯が、気まずげな表情になる。そう、百合の花と剣をモチーフにした赤と緑の派手な紋章は、私とレイモンド姉様の生まれた、リモージュ家のものなのだ。あえて実家とは言いたくない、あくまで「生まれた家」だ。
「さ、さすがに、御父君や弟君が居られるかも知れない敵軍と殺し合う場面を聖女にお見せするわけにはいかん。督戦はもう十分だから、どうか後方へ」
ローゼンハイム伯はさすがにお優しい。私が生家との戦いに衝撃を受けることを心配して下さっているんだわ。だけど残念ながら、この聖女にはそんな女の子らしい感傷はないんだよね。私を都合のいい権力争いの道具……いや、最後には役立たずのゴミ扱いしたあの父と、母だ。あげくの果てに利用価値がないと見たら、普通なら死ぬに決まってる森に放逐したのが、リモージュ家という腐った奴らなんだ。残念ながら私とクララは「普通」じゃなかったから、こうして生き残っている訳なんだけどね。
よし、相手がリモージュ家なら、ちょっと派手にやっちゃおう。
「ローゼンハイム将軍様、私に少し、デモンストレーションをさせて頂けませんか?」
「デモンストレーションとは?」
私と将軍は、指揮台の上に立っている。兵士たちからは、敵に向かって堂々と立つ聖女の姿が見えるはずだ。意識して私は、声を張り上げた。
「あれなるは、ロワール王国の善き秩序を乱す者たち。我は神に代わって、彼奴らに天罰を与えん!」
言い終わるなり、魔剣グルヴェイグに私のおかしな魔力……ではなく聖女の「精神力」を、惜しげもなく注いでいく。これだけの大軍に守ってもらっているのだ、継戦能力なんて考えなくていい。全力で一発ぶっぱなせばいいんだから、空っぽになる寸前まで精神力を突っ込んだよ。
「見るがよい、神の怒りを! 雷光よ、下れっ!」
稲妻が一条空を切り裂いたかと見えた次の瞬間、前進を続けていたリモージュ伯爵軍の丁度ど真ん中に、まるで爆発のような轟音が響き、十数人の重装兵が吹っ飛んだ。
「ひええっ!」「今のは何だ?」
「聖女様が、奇蹟を起こされた!」
「いや、あれは天罰だ!」
「そうです、神は天罰を下されました! 正義の剣を振るうバイエルンの勇士たちよ! 今が好機です、一気に神の敵を滅ぼしなさいっ!」
「うおおっ!」「聖女様の命令だ!」「勝利の女神がついているぞ、負けるはずねえ!」
ここですでに、左翼の勝敗は決まった。




