また、この方ですか?
いや、わけわかんないし。何でアルテラの皇弟様であるテオドール様が、私にくっついて来るのよ。
「どうしてテオドール様が、ここに?」
「それは、聖女と一緒に居たいからに決まっているだろう?」
ひゃあ。どうして国王夫妻も高官たちも居並んでいるこんな目立つところで、恥ずかしげもなくそんなことが言えるんだろう、この人は。思わず頬が熱くなってしまう。
「マリアツェルのお仕事は?」
「もちろん放り出してきたよ、もともと俺は『研修』で行ってただけだし。まあ、ローザも『ぜひ行ってらして下さい』って言ってくれたからさ」
うぐぐ、確かにその通りだ。テオドール様はマリアツェル行政府の職員でも何でもない。仕事ができちゃう彼に、私たちが勝手に頼り切っていただけ……彼にはいつでも、行きたいところに行く権利があるのだ。
そして、執政官ローザと賢者ディートハルト様、そしてテオドール様のお陰で、マリアツェルは占領当初の混乱から脱け出して、平常統治に戻ってきている。今ならテオドール様がいなくても、ローザが行政府に泊まり込む必要はないだろう。
むしろ私は彼のこれまでの貢献に、思いっきり感謝を捧げないといけないところだけど……それを口に出すと、
「そうか、感謝してくれるのか。ではその礼は、聖女とのデート一回で」
てな返しが来るのが目に見えているので、なかなか言えないでいるのだ。
そう、彼は最初から真っすぐに、私への好意を隠さず伝えてくれている。そしてこういうわかりやすい男性って、はっきり言って私としてはかなり好きなタイプなのだ。カミルが好意を先に告げてくれていなかったら、流されやすい私は恐らく今頃ほだされて……きっとお付き合いをすることになっていただろう。
今そのカミルははるか北方、火竜の山に行ってしまった。ある意味テオドール様にとってはチャンスなのかも知れないけれど、彼はとっても紳士なのだ。「デートしよう」と誘ってくれることはあるけれど、それ以上強引な迫り方は、一切してこなくなった。何やらカミルと紳士協定のようなものを結んでいるらしいのだけど、私には秘密らしい。
「でも……アルテラ帝室に属するテオドール様に、もしものことがあったら……」
「うん、だから聖女と行動を共にしようと言っているのじゃないか。聖女だって分かっているだろう、君の役割は名高い『献身の聖女』がアルフォンス王に与していることを世に示すこと。それは俺も同じなのさ、大陸一の騎馬戦術を誇る軍事国家アルテラが、アルフォンスを支持していると、敵味方に告げる看板なのだよ」
「あ……そうか」
「だから、いくら俺が戦闘好きでも、望んで前線に出ることはしない。一歩引いて、聖女を守ることに努力するとするさ」
なるほど、それなら危なくない。だけどテオドール様、アルテラ本国にいらっしゃるイグナーツ陛下のご許可を、もらっているのかしら。この人なら見切り発車で飛び出してきかねないからなあ。
「ああ、聖女の心配はもっともだ。だが、さすがに兄者に黙って他国に宣戦したりはせんぞ。聖女がマリアツェルから王都に来るまでの間にアルテラに早馬を送り、兄の許可をもらってから、昼夜兼行で駆けてきたのだ。ぎりぎり追いつけたってところだな」
うはっ、寝ずに追ってくるとか、ちょっとクレイジーだけど……私を守りたいがためにそんな無理をしたのかと思うと、少しきゅんとする。
う~ん、こんなにされちゃったら、カミルとテオドール様……なおさら選びにくくなっちゃうじゃないか。
さんざん二人から好きだって言われて、だけどヴィクトルのことが想い出になるまではって、答えを引き延ばしてきたけれど……いい加減そろそろ、結論を出さないといけないよね。ヴィクトルとの幸せなあれこれは相変わらずはっきりと記憶に残っているけれど、それを思い出すことでもう悲しみを呼び起こすことはなくて、ちょっとセンチに、そしてちょっと胸が暖まるだけ。あとは、私の気持ち一つなんだろうってことは、わかってる。
ずっとカミルのことを家族って思ってきたから、テオドール様と共に人生を歩くって選択肢はないなと思っていたのだけれど、この一年近く一緒にいたら、彼がどんどん素敵に見えてきてしまったのが、不覚ながら事実なのだ。そして一方のカミルは、私のいるところへ帰って来ないかもしれない。ついつい迷ってしまう私は、浮気っぽい女の子と言われてしまうのだろうか……少なくとも、貞淑を旨とすべき聖女の考えることじゃないよなあ。
「どうしたのじゃ、聖女よ?」
「は、はわっ……何でも、ございませんっ!」
この場に似合わない恋の悩みを頭に浮かべていた私は、陛下が怪訝そうに掛けて下さった言葉で、我に返った。慌てて口に出した返答は、思いっきり噛んでしまっている。
「聖女は、ときどき別の世界に思考を飛ばしているところがあるようじゃの。まあ今日は居眠りしていないだけましと言うべきか。のう聖女、テオドール殿下と共にこたびの戦、頼むぞ?」
「ふわっ、はいっ! 必ずや、バイエルンにとり最善の結果をもたらしますっ」
「……必ず、聖女だけは守ります」
最後にテオドール様が発した言葉が、ちょっと不気味。何かのフラグにならないと、いいのだけれど。




