第3話 ギャンブル
父が風呂から戻り、三人で一緒にご飯を食べる。
すごく懐かしい。炊飯器で炊いたご飯も、温まった味噌汁も、焼かれた紅鮭も、すべてがやけに美味しく感じる。
あまりにも勢いよく口に運んでいたせいで、母親から指摘される。
「そんなにおなかすいてたの?」
「うん、めっちゃすいてた。父さんは?」
「まー、うーん」
曖昧な返事をする父だったが、頭の中は今週末に行われる有馬記念でいっぱいなのだろう。
「今週末だっけ、有馬記念」
「よく知ってるな。オグリキャップのラストランでな……中山競馬場に行きたいんだが、工場が休めそうになくてな。クリスマスはちゃんと休みだぞ」
競馬の話を振ると、急に饒舌になる父を横目に、母親は少しだけ表情を緩めた。
「お父さん、一〇〇〇円までですよ。そのオグリキャップにかけるのはいいですけど、ちゃんと守ってくださいね」
「わかってるって母さん。けど、やっぱり現地で見たかったな」
太陽たちが住むのは愛知県大府市。トヨタ系の工場が多い、名古屋のベッドタウンだ。
比較的裕福な家庭も多く、中京競馬場へもそれほど遠くはない。
そのため競馬はテレビだけの娯楽ではなく、実際に競馬場へ行くことも珍しくなかった。
父親はよく、若い頃にオグリキャップを生で見たことを自慢していた。
笠松から這い上がり、中京で走り、そして中央の頂点へ。
その姿に衝撃を受けたのだと、何度も語っていた。
その馬のラストランとなれば、見に行きたくなる気持ちも分からないではない。
「工場が大変なら仕方ないって。それより父さん、体痛いとかないの?」
「いや別に。なんで急に太陽」
「いや、親の体調くらい気にするだろ」
「悪くはないけど、なんか変だな。勉強しすぎたか?」
「誰のために……まあいいけど。テレビでは一緒に見れるんでしょ?」
「お、やっと競馬に興味出てきたか。いいぞ。昼過ぎには帰ってこれるから、一緒に見よう」
「うん……」
気は乗らないが、まずは動くための資金が必要だった。
太陽は、このレースでオグリキャップが勝つことを知っている。
大学時代、競走馬のシンジケートについて書かれた論文に触れ、過去のデータを調べたことがあった。そして後に、オグリキャップという馬の伝説を知ることになる。
あの時の自分は、ただの記録としてしか見ていなかった。
もしあのとき父と同じ熱量で見ていたら、何か違ったのかもしれない。
だが前の人生では、父と真正面から向き合うことはほとんどなかった。
そしてこれは、ある意味での確認でもある。
自分が動いたことで、世界はどれだけ変わるのか。
もしオグリキャップがここで勝てないようなら、この先の競馬の知識は通用しない。
競艇の着順は覚えていない。
パチンコは未来の知識が一切通用しない世界だ。
だから頼れるのは、限られた記憶だけ。
そして本命はここではない。
本命は翌年の有馬記念。
ダイユウサクがメジロマックイーンを破る、単勝百倍超のあのレースだ。
あれで十万円以上の種銭を作る。
そこからすべてを始める。
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