騎士団への差し入れは、愛情(チート)たっぷりの特製お弁当。――いざ、むさ苦しい演習場へ!
騎士団への差し入れは、愛情たっぷりの特製お弁当。――いざ、むさ苦しい演習場へ!
翌朝。
私は夜明け前から工房の厨房に立ち、気合いを入れてお弁当作りの準備を始めていた。
黒竜騎士団の皆さんは、総勢で五十名ほど。これだけの大人数となると、料理というよりは錬金術の大量調合に近い作業になる。
「過酷な訓練をしている騎士さんたちだから、やっぱりスタミナ満点のお肉料理がいいよね」
メニューは決めていた。厚切り肉のステーキと、疲労回復ハーブを刻んで混ぜ込んだ特製ガーリックライス。それに、野菜たっぷりのポトフだ。
「クロエよ、肉なら私がさきほど森で獲ってきたぞ」
ドサァァァンッ!!
厨房の勝手口から現れたイグニス様が、見上げるような巨大な肉の塊を運び込んできた。
「ひゃあっ!? イ、イグニス様、これって……!」
「うむ。早朝の散歩ついでに、南の森にいたAランク魔物『狂暴牛』を狩ってきたのだ。こいつの肉は極上の霜降りで、焼けば口の中で溶けるほど美味いからな。差し入れにはぴったりだろう」
「あ、ありがとうございます……!」
朝の散歩感覚でAランク魔物を狩ってくる最強のお姉様に感謝しつつ、私はさっそく包丁を握った。
錬金術師としての包丁さばきで、マッドブルの肉を均等な厚さに切り分ける。
フライパンに獣の脂を引き、熱したところに肉を並べると、ジュウゥゥッという食欲をそそる音とともに、たまらない香りが広がった。
そこに、私の特製ブレンドスパイス(疲労回復と魔力向上の薬草入り)をパラパラと振りかける。
(皆さんが、午後からの訓練も頑張れますように。疲れが全部吹き飛びますように……!)
心を込めて、祈るように料理を作っていく。
――ぽわぁぁぁん……っ!
いつものように、私の手元から淡い黄金の光が溢れ出し、フライパンの中のステーキや、大鍋で煮込んでいるポトフを包み込んだ。
「……ふむ。相変わらず、とんでもないオーラを放つ飯だな」
つまみ食いをしようとしていたイグニス様が、眩しそうに目を細めた。
出来上がった料理は、ただのまかない飯の枠を完全に超え、キラキラと黄金に発光しながら、神々しいまでの香りを放っている。
「できました! 黒竜騎士団特製、スタミナ全回復お弁当です!」
「よし。では、この魔導コンテナに詰め込むぞ」
イグニス様が用意してくれた、温度を保ちながら大量の荷物を収納できる魔法の箱に、完成した料理を次々と詰め込んでいく。
準備は万端。私たちは重いコンテナをイグニス様の魔法で浮かせながら、騎士団の演習場へと向かった。
* * *
街の外れにある広大な演習場に到着すると、そこは凄まじい熱気に包まれていた。
土煙が舞い上がる中、漆黒の訓練装備に身を包んだ騎士たちが、木剣や模擬槍を打ち合わせ、激しい訓練を繰り広げている。
「踏み込みが甘い! そんな太刀筋でオーガの皮膚が斬れると思っているのか!」
演習場の中央で、ひときわ大きく響く厳しい怒声。
そこには、漆黒の軍服を着崩し、鋭い眼光で騎士たちを指導するレオンハルト様の姿があった。
「限界を超えろ! 戦場では一瞬の気の緩みが死に直結する。死にたくなければ、俺の剣を本気で殺す気で防いでみせろ!!」
彼が木剣を一閃するだけで、突風が巻き起こり、周囲の騎士たちが次々と吹き飛ばされていく。
表情には一切の感情がなく、ただ圧倒的な強者としての威圧感だけが放たれている。まさに『氷の死神』と恐れられる、辺境伯本来の恐ろしい姿だった。
(……すごい。お仕事中のレオンハルト様って、あんなに厳しくて、かっこいいんだ……)
私と一緒にいる時は、顔を真っ赤にしてモジモジしたり、不器用に甘いお菓子を差し入れてくれる優しい人。
でも、領民を守るために最前線に立つ彼は、こんなにも苛烈で、頼もしい背中をしている。
そのギャップに、私は思わず胸がドキリと鳴り、頬が熱くなるのを感じた。
「――午前中の訓練はここまでだ! 各自、一時間の休息を取れ!」
レオンハルト様の声が響くと、五十人の騎士たちは一斉に「は、はいっ!」と返事をし、その場にボロ雑巾のように倒れ込んだ。
「もう無理だ……腕が上がらねぇ……」
「閣下のしごき、先月よりもさらにキツくなってないか……? 俺、もう魔力がすっからかんだ……」
地面に這いつくばりながら、騎士たちがぜえぜえと肩で息をしている。
私はイグニス様と顔を見合わせ、大きく息を吸い込んで声を上げた。
「皆様ー! お疲れ様です!」
私の声に、演習場の空気がピタリと止まった。
倒れ込んでいた騎士たちが、這いつくばったまま一斉にこちらへ顔を向ける。
そして。
水を飲もうとしていたレオンハルト様が私の姿を捉えた瞬間。
「クロエ……っ!」
彼を覆っていた氷のような冷酷なオーラが、パリンッと音を立てて砕け散った。
春の陽だまりのように表情をふわりと綻ばせ、彼は文字通り、私のもとへ全速力で駆け寄ってきたのだ。
「来てくれたのか、クロエ! 待っていたぞ!」
長身の彼が、まるで飼い主に褒められたくて尻尾をちぎれんばかりに振っている大型犬のように、私の前で嬉しそうに目を輝かせている。
「はい! レオンハルト様も、訓練お疲れ様です。……あの、お仕事中のレオンハルト様、すごく厳しくて……かっこよかったです」
「っ!!」
私が少し照れながら伝えると、レオンハルト様は「かっこ、よかった……」と呟き、ボフンッと音がしそうなほど顔を真っ赤にして口元を覆った。
「そ、そうか……。いや、あのような野蛮な姿を見せてすまない。だが、君にそう言ってもらえるなら……っ」
「おい発情期。クロエにあまり顔を近づけるな。息が荒くて気持ち悪いぞ」
デレデレの辺境伯様の間に、すかさずイグニス様が割って入る。
「虫除けとして私も来たのだ。貴様の部下どもがクロエに色目を使おうものなら、この演習場ごと消し炭にするから覚悟しておけ」
イグニス様が周囲をギラリと睨みつける。
その頃、地面に倒れ伏していた騎士たちは、目の前で繰り広げられている信じられない光景に、完全に魂が抜けたような顔をしていた。
「お、おい……嘘だろ。あの氷の死神の閣下が、女の子を前にして顔を真っ赤にしてるぞ……!?」
「幻覚だ……俺は疲労のあまり、ついにおかしくなったんだ……」
「いや、見ろよ! あの銀髪の可愛らしいお嬢さん……まるで天使か女神のようじゃないか……!」
ざわざわと騒ぎ始めた騎士たちに、レオンハルト様はコホンと咳払いをして、彼らに向き直った。
「貴様ら、静かにしろ! 紹介しよう。彼女が、俺の『専属錬金術師』となったクロエだ。今日は特別に、彼女が貴様らのために差し入れを作ってきてくれた!」
「えっ!? あの女神様が、我々のために!?」
「さ、さあ、皆さんもこちらへどうぞ! たくさん作ってきたので、遠慮なく食べてくださいね!」
私が魔導コンテナの蓋を開けた、その瞬間。
ブワァァァァッ……!!
まばゆい黄金の光とともに、暴力的なまでに食欲をそそるガーリックと肉の香りが、演習場全体を包み込んだ。
「うおぉぉぉっ!? な、なんだこの尋常じゃないいい匂いは!?」
「光ってる!? 弁当が、黄金に光り輝いているぞ!?」
「す、すげぇ……腹の底から、食欲が爆発しそうだ……っ!」
疲労困憊だったはずの騎士たちが、ゾンビのようにフラフラと立ち上がり、コンテナの前に殺到してきた。
「並べ! 一列に並ばんか貴様ら! クロエを困らせるな!」
レオンハルト様が怒鳴り、私が一人ひとりにステーキとガーリックライス、そして熱々のポトフを手渡していく。
受け取った若手騎士の一人が、待ちきれないとばかりに、黄金に輝くお肉をスプーンで大きくすくい、口の中へと放り込んだ。
「い、いただきます……っ!」
モグッ、と彼がそれを咀嚼した、その次の瞬間だった。
――カッ!!
若手騎士の全身から、凄まじいまでの黄金のオーラが火柱のように噴き上がったのだ。
「――――ッ!?」
目を見開き、スプーンを取り落とす若手騎士。
私の無自覚チートが最大限に発揮された『神話級のまかない飯』が、過酷な訓練で限界を迎えていた騎士たちの身体に、とんでもない劇的な変化をもたらそうとしていたのである。
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