規格外のポーションと、不器用な騎士様。――まさかの「専属契約(プロポーズ)」!?
規格外のポーションと、不器用な騎士様。――まさかの「専属契約」!?
怒涛のオープン初日から一夜明けた、翌日の午前。
棚がすっからかんになってしまったため、私は朝から奥の調合室にこもり、ひたすら薬草をすり潰して新しいアイテムを作っていた。
(レオンハルト様たち、すごくたくさん買ってくれたけど……ちゃんと効果、あったかな?)
私が作ったのは、あくまでその辺で採取した普通の薬草を使った「下級ポーション」や「湿布」だ。
騎士団の皆さんは普段、もっと高価で強力なアイテムを使っているはずだから、私なんかの作ったもので物足りなかったらどうしよう、と少し不安に思っていた。
そんなことを考えながら、新しく出来上がった黄金色に光り輝く下級ポーションを瓶に詰めていると。
カランコロン!
勢いよくドアベルが鳴り、弾かれたように店舗の扉が開いた。
「クロエ! いるか!」
「わっ!? れ、レオンハルト様?」
調合室から顔を出すと、そこには少し息を切らしたレオンハルト様が立っていた。
今日の彼は騎士の鎧ではなく、動きやすい漆黒の革鎧姿だったが、その表情は昨日の「たまたま通りかかった(大嘘)」時のような照れた様子は一切なく、ひどく真剣で、どこか焦っているようにも見えた。
「ど、どうされたんですか? そんなに慌てて……」
「……これを、見てくれ」
彼がズンッとカウンターに置いたのは、昨日彼が真っ先に買い上げてくれた、私が作った『下級ポーション』の空き瓶だった。
「もしかして、不良品でしたか!? やっぱり、ただのヒールソウで作った下級ポーションじゃ、騎士団の皆さんの傷には効かなくて……っ」
私が慌てて謝ろうとすると、レオンハルト様は首を横に大きく振った。
「違う。不良品どころか……効きすぎたのだ。あり得ないほどに」
「え?」
レオンハルト様は、信じられないものを見るような目で空き瓶を見つめ、深く息を吐き出した。
「今朝、騎士団の模擬戦の最中に事故が起きた。若い騎士の一人が、不運にも大型の戦斧をまともに受けてしまい……左腕を、骨ごとほぼ切断されるほどの重傷を負ったのだ」
「ひぃっ……!」
「出血も酷く、軍医の治癒魔法でも追いつかない。聖教会の高位聖女を呼ぶ暇もなく、誰もが彼の左腕の喪失を覚悟した。その時……俺は咄嗟に、昨日君から買ったこの『下級ポーション』を、彼の傷口に振りかけたのだ」
レオンハルト様のブルーの瞳が、僅かに震えている。
「すると、どうだ。ポーションが触れた瞬間、眩い黄金の光が溢れ……切断されかけていた腕の肉と骨が、目に見える速度で繋がり始めた。わずか数秒だ。数秒後には、傷跡一つ残さず完全に左腕が再生し、その騎士は『あれ、痛くないぞ?』と元気に立ち上がったのだ」
「…………えっと」
「欠損部位の完全再生など、国宝級の『エリクサー』か、最高位の聖女にしか不可能な奇跡だ。……クロエ。君はこれを、ただのヒールソウで作った下級ポーションだと言ったな?」
じっと見つめられ、私はタジタジと後ずさった。
ええと、確かにイグニス様が言っていた。私の【万物昇華】は、触れた素材のポテンシャルを限界突破させてしまう、と。
だから、ただの擦り傷を治すための下級ポーションが、うっかり「神話級」の欠損再生ポーションにクラスチェンジしてしまっていたらしい。
「あ、あはは……。ちょっと、作り方を工夫してみたというか、愛情を込めてぐるぐるかき混ぜたから効き目が良くなったのかも……?」
苦し紛れの言い訳をする私に、レオンハルト様は額を押さえて天を仰いだ。
「愛情を込めてかき混ぜただけで欠損が治るなら、この世から怪我人は消え失せるだろうな……。クロエ、君は自分の異常性を、もっと自覚した方がいい」
「うぅっ、ごめんなさい……」
「誤解しないでくれ。俺は怒っているのではない。ただ……君の身が、本気で心配なのだ」
レオンハルト様が、カウンター越しにそっと私の小さな両手を包み込んだ。
彼の大きな手は、ごつごつしていて温かい。
「君の持つその力は、世界を根底から覆すほどの影響力を持っている。もし、ただのヒールソウからエリクサーを量産できる錬金術師がいると知れ渡れば……王都の連中や、他国の諜報機関が黙っていないだろう。君を拉致し、兵器として、あるいは金づるとして利用しようとする輩が必ず現れる」
その言葉を聞いて、私の心臓がドクンと嫌な音を立てた。
王都。私を無能だと罵り、地下室に幽閉してただポーションを作る機械として扱った、実家のアルジェント伯爵家。
もし、私のこの力が彼らに知られたら。今度こそ、私は一生鎖に繋がれて、陽の光を浴びることなくポーションを作らされ続けるかもしれない。
「っ……」
恐怖で手が小刻みに震え始めた私を、レオンハルト様が痛ましそうに見つめる。
「おい、辺境伯」
その時、二階からドスドスと足音を立てて降りてきたイグニス様が、凄まじい殺気を放ちながら私たちの間に割って入った。
「我が可愛いクロエを怯えさせるとは、いい度胸だな。王都の連中だろうが他国だろうが、クロエに手出しする愚か者がいれば、私がすべて灰燼に帰してやる。クロエには指一本触れさせん」
黄金の瞳をギラリと光らせる最強の神獣(お姉様)。
その言葉に、私はどれだけ救われたことか。
しかし、レオンハルト様はイグニス様の威圧感に一歩も引くことなく、真っ直ぐに私を見つめ返した。
「ああ、あんたが規格外の強さを持っていることは分かっている。だが、あんた一人では防ぎきれない『法』や『政治』の暴力もある。クロエをこの領地で安全に、そして自由に錬金術師として生きさせるためには、公的な『最強の盾』が必要だ」
「……ほう?」
イグニス様が目を細める中。
レオンハルト様は、おもむろに私から一歩下がり――なんと、そのまま大理石の床に片膝をついた。
騎士が、主君に対して忠誠を誓う際の、最上級の礼。
「れ、レオンハルト様!?」
「クロエ。俺と、専属契約を結んでくれないだろうか」
低く、真摯な声が店内に響いた。
氷の死神と恐れられる彼が、私のような娘を見上げ、熱を帯びた瞳で懇願している。
「黒竜騎士団の……いや。俺個人の『専属錬金術師』として、どうか俺の側にいてほしい。そうすれば、辺境伯であるこの俺の権力を総動員して、いかなる外敵からも、王族からすらも君を完璧に守り抜くと誓おう」
それは、ただの雇用契約の申し出ではなかった。
「君の望むものはすべて与えよう。素材も、資金も、安全も。君の自由も、君のその美しい笑顔も……俺の命に代えてでも、守り抜く」
ドクン、ドクン、と。
私の胸の奥で、心臓が早鐘を打ち始める。
「俺の側にいてほしい」「俺の命に代えてでも」。
彼の紡ぐ言葉は、あまりにも熱を帯びていて、まるで物語に出てくる騎士様が、姫君に愛を告白する【プロポーズ】のようだった。
「わ、私なんかで、いいんですか……? 私、錬金術しか取り柄がなくて、魔力もなくて……」
「君がいいんだ。……いや、君でなければ、ダメなんだ」
レオンハルト様の言葉には、一片の嘘もなかった。
誰からも必要とされず、「無能」として捨てられた私。
そんな私を、彼はこんなにも強く、必死に必要としてくれている。
「……はい」
気がつけば、私は涙ぐみながら、小さく、けれどはっきりと頷いていた。
「私でよければ……よろしくお願いします、レオンハルト様」
「クロエ……っ!」
私の返事を聞いた瞬間、レオンハルト様の顔がパッと輝いた。
彼は立ち上がると、感極まったように私を強く抱きしめようと腕を伸ばし――。
――バチィィィンッ!!
「痛ッ!?」
「気安く触るなと言っているだろうが、この発情期騎士」
レオンハルト様の手の甲を、イグニス様が容赦のない平手打ちではたき落とした。
「イ、イグニス! 俺はただ、契約成立の握手を、その、ハグを……!」
「黙れ。クロエの盾になると言った心意気だけは買ってやるが、クロエに触れる権利はお前にはない。契約は許すが、一ミリでも下心を出してみろ。その時は貴様の騎士団ごと消し炭だ」
バチバチバチッ! と、イグニス様の黄金の瞳と、レオンハルト様のブルーの瞳の間で激しい火花が散る。
さっきまでのロマンチックな雰囲気が一瞬で吹き飛んでしまったけれど、私は思わずクスッと笑ってしまった。
最強で過保護な神獣のお姉様と、不器用で一途な最強騎士様。
二人に守られながら、私は「辺境伯様専属の錬金術師」として、新しい人生の第一歩を確かなものにしたのだった。
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