オープン初日、お客さんが来ません!……からの、「たまたま通りかかった(大嘘)」辺境伯様の爆買い
オープン初日、お客さんが来ません!……からの、「たまたま通りかかった(大嘘)」辺境伯様の爆買い
ピカピカに磨かれた窓ガラスから、柔らかな朝の光が差し込む。
爽やかな空気の中、私は新調したばかりの可愛らしいフリル付きのエプロンの紐を、キュッと腰の後ろで結んだ。
「いよいよ、今日からだ……」
鏡の前で小さくガッツポーズをする。
無一文で実家を追い出されてから数日。まさかこんなに早く、自分の錬金工房を持てる日が来るなんて思ってもみなかった。
一階の店舗スペースに降りると、備え付けの陳列棚には、昨日私が徹夜で作ったアイテムたちがずらりと並べられている。
擦り傷や切り傷を治す『下級ポーション』。
肩こりや筋肉痛を和らげる『特製湿布』。
そして、レオンハルト様にも好評だった、疲労回復用の『ハーブクッキー』。
どれも辺境の森で採れたありふれた薬草を使ったものばかりだ。
ただ、なぜかポーションは太陽のように眩い黄金色に発光しているし、湿布からは神々しいオーラが漂っているし、クッキーは宝石のようにキラキラ輝いているのだけれど……。
「よしっ。開店準備、完了です!」
私は気合いを入れて、ドアに掛けられた木札を『OPEN』にひっくり返した。
「ふむ。見違えるような立派な店になったではないか」
二階から優雅に降りてきたイグニス様が、棚のアイテムを見て満足げに頷く。
今日も絶世の美女っぷりを遺憾なく発揮しているお姉様は、カウンターの奥の椅子にゆったりと腰掛けた。
「さあクロエよ、客を迎え入れる準備はできているぞ。いつでも来い!」
「はいっ!」
期待に胸を膨らませ、私たちはドアを見つめた。
しかし――。
* * *
――カチッ、コチッ、と。
店内に置かれた古時計の針の音だけが、虚しく響いていた。
「…………きませんね、お客さん」
「…………そうだな」
お昼を過ぎても。午後になっても。
ただの一人も、お店の扉を開ける人はいなかった。
窓の外を覗くと、館の敷地内とはいえ、少し離れた道には領民たちや兵士たちの姿がちらほらと見える。
でも、皆こちらをチラリと見るだけで、決して近づこうとはしなかった。
「……やっぱり、そうですよね」
私は小さくため息をつき、肩を落とした。
いくら辺境伯様のお墨付きとはいえ、つい数日前にやって来たばかりの、どこの馬の骨ともわからない無名の少女が開いた錬金工房だ。
しかも、魔物の脅威と隣り合わせの辺境都市。領民たちの警戒心は強い。素性の知れない怪しい薬屋に入るような命知らずは、そうそういないだろう。
(無能って言われて、地下室に閉じこもってた私なんかが、お店なんて身の丈に合ってなかったんだ……)
実家で受けたトラウマがフラッシュバックし、少しだけ胸がチクリと痛む。
すると、横にいたイグニス様が「チッ」と舌打ちをした。
「見る目のない領民どもめ。我が可愛いクロエがせっかく手作りした国宝級のアイテムをスルーするとは、万死に値するな」
「イ、イグニス様!?」
「よいかクロエ。私が今から街の広場に降り立ち、ひと暴れして炎で脅しをかけ、客を無理やり引っ立ててこよう」
「ダメですダメです! それは客引きじゃなくて誘拐と恐喝です! 絶対ダメですからね!?」
過保護すぎる最強神獣のお姉様を必死で止めていると。
――ズシン、ズシン、ズシン。
突如、地響きのような重い足音が、店の外から多数近づいてくるのが聞こえた。
「え……?」
足音は店の前でピタリと止まり、ガチャリ、と重厚な金属の擦れる音が響く。
まさか、魔物の襲撃!?
私が身構えた瞬間。
カランコロン、と。
お店のドアベルが、威勢よく鳴り響いた。
「やあ、クロエ。……たまたま、パトロールの途中で通りかかってな」
ドアを開けて入ってきたのは、漆黒のフルプレートアーマーに身を包んだ、巨大な騎士だった。
氷のように冷たく美しいブルーの瞳に、夜の闇のような黒髪。
――シュヴァルツ辺境伯、レオンハルト様その人だった。
「れ、レオンハルト様!?」
「あぁ。店を開いたと聞いていたから、その……パトロールのついでに、顔を出してみようかと」
そう言って、彼は少し気まずそうに目を逸らす。
しかし、彼が開け放ったドアの外を見て、私はギョッと目を剥いた。
レオンハルト様の後ろには、完全武装した黒竜騎士団の屈強な騎士たちが、数十人規模でズラリと整列していたのだ!
「ええっ!? 騎士団の皆様も!?」
「あ、あぁ。パトロール中だからな」
レオンハルト様は顔色一つ変えずに言い張るが、カウンターの奥からイグニス様が冷ややかなツッコミを入れた。
「おい、辺境伯。ここは貴様の館の敷地内の『離れ』だろうが。庭の隅をフル装備の騎士団数十人で練り歩くとは、随分と物騒なパトロールのルートだな」
「ぐっ……! い、いや、これは防犯上の理由であって……っ」
図星を突かれ、レオンハルト様が言葉に詰まる。
実は店の外に控えている騎士たちも、「閣下が朝から『クロエの店にいつ行くべきか』でソワソワして剣の素振りを三千回もしていたなんて、口が裂けても言えない……」とヒソヒソ囁き合っているのが、私の耳にもかすかに聞こえていた。
どうやらレオンハルト様は、私がお店を開いた初日だからと、ものすごく気を遣って(大勢の護衛=サクラを連れて)来てくれたらしい。
不器用で、分かりやすくて、過保護なその優しさが、痛いほど伝わってくる。
「……ふふっ」
私はたまらなくなって、思わずクスッと吹き出してしまった。
「笑われてしまったな……。やはり、迷惑だっただろうか」
「いいえ! 迷惑だなんてとんでもないです!」
私は満面の笑みで、初めてのお客様である彼に向かって、深く頭を下げた。
「いらっしゃいませ、レオンハルト様! ご来店、本当にありがとうございます!」
私がとびきりの笑顔を向けると、レオンハルト様は「っ!」と息を呑み、たちまち耳の先まで真っ赤に染め上げた。
「あ、あぁ……。開店、おめでとう。その、エプロン姿も……よく、似合っている」
「あ、ありがとうございます。それで、今日はどんなものをお探しですか? 傷薬のポーションや、疲労回復のクッキーもありますよ!」
私がウキウキしながら陳列棚を案内すると、レオンハルト様は棚に並んだ光り輝くアイテムたちを一瞥し、真剣な顔で頷いた。
「よし。ここから、あそこまで。棚に陳列されているものすべて、俺が買おう」
「…………はい?」
「すべてだ。この店の在庫を、まるごと俺が買い取る。代金はいくらでも払おう!」
出た。貴族特有のテンプレ爆買い発言だ。
「だ、ダメですよ! そんなに買っても使い切れないじゃないですか!」
「いや、使える。黒竜騎士団は常に死と隣り合わせだ。君の作った神……いや、極上の回復アイテムは、いくらあっても足りないくらいだ」
すると、店の外で待機していた騎士たちが、我慢しきれなくなったようにワラワラと店の中へなだれ込んできた。
「か、閣下! ズルいですぞ! 我々にもクロエ殿のアイテムを買わせてください!」
「そうだ! 俺はあのメイド長殿の手を若返らせたという伝説のハンドクリームを妻に買って帰りたいんだ!」
「俺は、クロエ嬢の手作りクッキーを!!」
血気盛んな騎士たちが、私の陳列棚の前に殺到する。
「貴様ら! クロエに近づきすぎるな! 並べ! 一列に並ばんか!」
顔を真っ赤にしたレオンハルト様が怒鳴り声を上げ、イグニス様が「ふん、虫ケラどもが。私の妹に気安く触れたら消し炭にするぞ」とカウンターから凄まじい殺気を放つ。
「あわわわっ、お、押さないでください! 順番に、順番にご案内しますからぁっ!」
こうして、閑古鳥が鳴いていたはずの私の工房オープン初日は。
不器用な辺境伯様と騎士団の皆様の「たまたまの通りかかり」のおかげで、棚のアイテムがすっからかんになるほどの、まさかの大繁盛(?)で幕を閉じることになったのだった。
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