空き家を改装!念願の錬金工房。――お掃除アイテムすら神話級でした
空き家を改装!念願の錬金工房。――お掃除アイテムすら神話級でした
シュヴァルツ辺境伯の館の敷地内、南の端にひっそりと佇むその建物は、「離れ」と呼ぶにはあまりにも立派すぎた。
「クロエ、どうだろうか。長い間使われておらず、少し埃をかぶってはいるが……一階を店舗と工房に、二階を君たちの居住スペースとして十分使えるはずだ」
案内してくれたレオンハルト様が、少し申し訳なさそうに言う。
確かに、石造りの立派な洋館は長年放置されていたらしく、ツタが絡まり、窓ガラスは汚れ、扉を開ければモワッと埃っぽい空気が漂ってきた。
けれど、私にとってはまるでお城のように輝いて見えた。
「すごい……! こんなに広くて素敵な場所を、本当に私が使っていいんですか!?」
「あぁ、もちろんだ。……ただ、これだけ広いと掃除が大変だろう。すぐに騎士団を総動員して――」
「不要だ」
騎士団をお掃除部隊にしようとする辺境伯様を、ピシャリと遮ったのはイグニス様だった。
「私の可愛いクロエの城となる場所を、汗臭いむさ苦しい男どもに踏み荒らされてたまるか。掃除くらい、私とクロエの二人で一瞬で終わらせてみせる。貴様はすっこんでいろ」
「なっ……! だが、この広さを女手二人で掃除するなど――」
「いいんです、辺境伯様!」
私はレオンハルト様の前に立ち、胸を張った。
「錬金術師にとって、自分の工房を自分自身の手で整えることは、とても大切な儀式のようなものなんです。ですから、私にやらせてください!」
「……っ! そ、そうか。君がそこまで言うなら……」
私が上目遣いでお願いすると、レオンハルト様はなぜか顔を真っ赤にして口元を覆い、バッとそっぽを向いてしまった。
「わ、わかった! だが、無理はしないように! 何か困ったことがあれば、夜中でも構わないからすぐに俺を呼ぶように!!」
ものすごい早口でそれだけ言い残し、レオンハルト様は風のように去っていった。耳まで真っ赤だったけれど、熱でもあったのだろうか。
「ふん、チョロい男だ」
イグニス様が鼻で笑いながら、腕まくりをする。
「さてクロエよ。あの図体ばかりデカい男を見返してやるためにも、さっさとこのボロ屋をピカピカにしてやろうではないか」
「はいっ! お掃除用のアイテム、すぐに調合しますね!」
私は持参した革袋から、道中で採取したハーブや、レオンハルト様から頂いた資金で買ったばかりの石鹸、それに重曹などを取り出した。
錬金術の基本は、異なる性質の物質を組み合わせ、新たな効果を生み出すこと。
床の黒ずみを落とすための『特製クレンザー』と、窓ガラスを磨くための『洗浄スプレー』をイメージしながら、小さなすり鉢で素材を混ぜ合わせる。
(私には魔力がないから……気休めかもしれないけど、少しでも汚れが落ちやすくなりますように!)
心を込めて、ぐるぐるとかき混ぜる。
――ぽわぁぁぁん……っ!
いつものように、私の手元が淡い黄金の光に包まれた。
「できました! 特製お掃除セットです!」
完成したのは、キラキラと輝く純白のペーストと、星屑のような光を放つエメラルドグリーンの液体の入ったスプレーだった。
それを見たイグニス様が、こめかみを押さえて天を仰ぐ。
「……クロエよ。それは、もしかして『掃除用』のつもりで作ったのか?」
「はい! 汚れがスッキリ落ちるように、清浄作用のあるハーブを多めに入れてみました」
「……そうか。聖王教会の法皇が喉から手が出るほど欲しがるであろう、邪気を祓う『大天使の息吹(神話級聖水)』と、あらゆる呪いを浄化する『光の泥(神話級浄化薬)』を、お前は床磨きと窓拭きに使うのだな?」
「ええっ!? これ、そんなにすごい物なんですか!?」
無自覚な私の【万物昇華】の力は、ただの重曹と石鹸すらも神話級のアイテムへとクラスチェンジさせてしまったらしい。
「まぁよい。この際、細かいことは気にしないでおこう。これを使えば、掃除など一瞬で終わるからな。……よし、私の魔法と組み合わせるぞ」
イグニス様が指をパチンと鳴らす。
すると、私が作った神話級のクレンザーとスプレーが空中にふわりと浮き上がり、細かい霧となって館中の部屋へと散らばっていった。
「はぁっ!」
イグニス様が気合いを入れると、館全体が「ポンッ!」という軽快な音とともに、淡い黄金の光と柔らかな炎に包まれた。
「ひゃあっ!?」
私が驚いて目を瞑ったのも束の間。
光が収まり、恐る恐る目を開けた私は、目の前の光景に絶句した。
「す、すごい……!」
先ほどまで壁中にこびりついていた黒ずみやカビは、神話級の浄化薬によって細胞レベルで消滅(浄化)させられていた。
床板はまるで新築のようにピカピカに輝き、窓ガラスに至っては、あまりにも透明になりすぎてガラスが存在しないかのように透き通っている。
さらに、長年の放置でボロボロになっていた家具や調度品たち。
これらにも神話級の聖水が降り注いだ結果、ただのオーク材のテーブルが『世界樹の木材』に匹敵するような神々しい艶を放ち、破れかけていたソファの布地は最高級のシルクのように滑らかに再生していた。
「ふむ、我ながら完璧な仕上がりだな」
イグニス様が満足げに頷く。
神話級アイテムによる超絶オーバーキルな掃除魔法。開始からわずか数分で、幽霊屋敷のようだった離れは、王城の貴賓室すら凌駕するほどのピカピカな大豪邸へと生まれ変わってしまったのだ。
「夢みたい……。これが、私の工房……」
私はピカピカのカウンターを撫でながら、ぐるりと室内を見渡した。
日の光が差し込む広々とした一階。ここには、ポーションやアイテムを並べるための陳列棚を置こう。
奥の部屋は調合室にして、大鍋や機材を並べよう。
二階には、私とイグニス様のベッドを置いて……。
「……うぅ……っ」
気がつけば、私の目からポロポロと涙がこぼれ落ちていた。
「おいおい、どうしたクロエ。どこか痛むのか?」
「ち、違います……っ。嬉しくて……」
私は涙を拭いながら、最高の笑顔でイグニス様を振り返った。
「私、ずっと夢だったんです。いつか、自分の作ったポーションを、自分のお店で売ってみたいって。……魔力がない無能な私には、一生叶わない夢だと思ってました」
地下室で、光も当たらずに薬草をすり潰していた日々。
私が作ったものはすべて妹の手柄になり、「お前はゴミだ」と蔑まれ続けた。
けれど今、私はここにいる。
私を全肯定してくれる最強のお姉様がいて、私を認めてくれた不器用で優しい騎士様がいて、そして……私の居場所がある。
「イグニス様、私を拾ってくれて……本当に、ありがとうございますっ」
私が頭を下げると、イグニス様はふわりと微笑み、私をきつく抱きしめてくれた。
「礼を言うのは私のほうだ、クロエ。お前が私を救ってくれたから、私はこうして最高に可愛い妹の成長を見守ることができる。……さあ、泣くのはおしまいだ。明日はいよいよオープンなのだからな」
「はいっ!」
こうして、神話級の掃除アイテムの力によって爆速で改装された『錬金工房クロエ』は、明日、ついに辺境都市シュヴァルツにて記念すべきオープンを迎えることになったのである。
――ただ、私のような無名の素人が辺境の街でいきなりお店を開いたところで、果たしてお客さんは来てくれるのだろうか?
そんな私の不安は、翌日、まったく予想外の形で裏切られることになるのだった。
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