湯上がりの浴衣と、不器用な騎士の甘いギャップ。――そして暗躍する『推し活』防衛隊!
湯上がりの浴衣と、不器用な騎士の甘いギャップ。――そして暗躍する『推し活』防衛隊!
「さあクロエさん! この『ゆかた』に着替えて、いざ出陣です!」
ポポロ村に完成した超特大スパリゾート『ルナ・ポポロの湯』。
その立派な木造の脱衣所で、キャルルさんが目をキラキラさせながら、私に一着の衣服を差し出してきた。
「ゆ、ゆかた……? なんだか、見慣れない形の服ですね。帯でキュッと結んで……」
「ルナミス帝国の東部地方で着られている、湯上がりの伝統衣装ですよぉ! ドワーフの職人さんたちに頼んで、クロエさんのために特注で作ってもらったんです。淡い水色に、白百合の柄……うん、クロエさんの銀髪にすっごく似合います!」
キャルルさんは、手際よく私に浴衣を着せ付け、帯を可愛らしいリボンの形に結んでくれた。
お風呂上がりで火照った身体に、サラッとした綿の生地がとても心地よい。
しかし、首元やうなじがいつもより開いていて、なんだか少しだけ、スースーして落ち着かなかった。
「キャルルさん、これ……なんだか少し、恥ずかしいです」
「そこがいいんじゃないですか! 普段はしっかりエプロンドレスを着込んでいるクロエさんの、湯上がりで無防備なうなじ……! この『ギャップ』に、レオンハルト様もイチコロ間違いなしです!」
キャルルさんは興奮気味に鼻息を荒くすると、私の背中をグイグイと押して、休憩処のある中庭へと放り出した。
「さあ! 愛しの騎士様が待つ特等席へ、いってらっしゃいませ!」
パタン、と脱衣所の扉が閉まる。
私は一人、ぽつんと涼しい夜風の吹く中庭に立たされてしまった。
(うぅ……キャルルさんの勢いに押し切られちゃったけど、本当にこれでいいのかな……)
そわそわと浴衣の裾を直しながら、私は石畳の小道を歩いた。
中庭には、魔石のランプが優しく灯り、竹筒から水が流れ落ちる『ししおどし』のコーン、という心地よい音が響いている。
ふと、一番奥にある木製のベンチに、見慣れた広い背中があるのを見つけた。
「あ……」
レオンハルト様だ。
彼もまた、私と同じように『浴衣』――こちらはシックな濃紺色のものを着て、ベンチに腰掛けて夜空の月を見上げていた。
「レ、レオンハルト様……」
私が恐る恐る声をかけると、彼はハッとしてこちらを振り返った。
その瞬間、私は思わず息を呑んでしまった。
お風呂上がりの彼は、普段はきっちりと後ろに撫でつけている漆黒の髪を下ろしていて、前髪から微かに水滴が滴っていたのだ。
いつもは完璧な『氷の死神』として隙のない彼が、今は少しだけ気怠げで、色気のある大人の男の顔をしている。
「……クロエ。君も上がったのか」
レオンハルト様は立ち上がると、私の姿を上から下までジッと見つめ、やがて、ほうっと熱い吐息を漏らした。
「それは……キャルルが用意したという衣装か。……あまりにも、美しすぎる」
「ひゃっ……あ、ありがとうございます……っ」
「普段の君も愛らしいが、今日は……その、なんだ。目のやり場に困るな」
レオンハルト様は、照れ隠しのように口元を片手で覆い、わずかに視線を泳がせた。
あの無敵の騎士様が、私の浴衣姿一つでこんなに動揺してくれている。
それが嬉しくて、くすぐったくて、私の胸の奥がキュンと甘く鳴った。
「こ、ここ、座りませんか? 龍魔呂さんが用意してくれた、フルーツ牛乳があるんです」
「あぁ。いただこう」
私たちはベンチに並んで座り、冷たく冷やされた瓶入りのフルーツ牛乳で乾杯した。
お風呂上がりの火照った身体に、甘くて冷たいフルーツの味が染み渡る。
「……平和だな」
レオンハルト様が、夜空を見上げながら静かに呟いた。
「少し前までは、この村に闇のシンジケートが押し寄せ、緊迫した空気に包まれていたというのに。……今では、こんな立派な施設ができ、村人たちも笑顔で働いている」
「はい。キャルルさんと龍魔呂さん、それにイグニス様のおかげですね」
「そして、君のおかげだ、クロエ」
レオンハルト様は瓶を横に置くと、私の手をそっと包み込んだ。
大きくて、剣ダコのある、温かい手。
「君の優しさと錬金術がなければ、この平和は絶対に訪れなかった。……俺は、こんなにも美しく、尊い時間を君と過ごせることを、心から幸せに思う」
「レオンハルト様……」
彼のブルーの瞳が、熱を帯びて私を見つめる。
静かな中庭。コーン、と響くししおどしの音。
私たちは、引き寄せられるようにそっと顔を近づけ――。
* * *
「……キャァァァァァァッ!!」
その頃。
中庭の隅にある植え込みの茂みの中では。
「と! 尊いぃぃぃぃぃっ! 見ましたかイグニスさん! 今、手が重なりましたよ! そして見つめ合ってからの……っ! ひゃぁぁぁっ、鼻血が出そうですぅぅ!」
キャルル・ムーンハートが、双眼鏡を構えながら、声にならない悲鳴を上げて地面をバタバタと転げ回っていた。
彼女のウサギ耳は、かつてないほど激しくピクピクと痙攣し、全身から『推し活』による尋常ではない熱気が発散されている。
「うるさいぞウサギ。静かにせんか」
キャルルの隣では、イグニスが呆れたように腕を組んでいた。
だが、その黄金の瞳はしっかりとクロエたちのベンチの方角を凝視しており、手にはキャルルから渡された『二つ目の双眼鏡』がしっかりと握られている。
「……だが、まあ。妹の幸せそうな顔を見るのは、悪い気はしないな。あの発情期め、少しはクロエを大事に扱う術を覚えたようではないか」
「ですよねですよね!? あああっ、レオンハルト様のあの前髪下ろしたギャップ、反則すぎます! クロエさんの浴衣もうなじが最高ですし! はぁ、はぁ……この光景をおかずに、ご飯三杯は食べられます……っ!」
キャルルはハンカチを噛み締めながら、興奮のあまり限界を迎えようとしていた。
「おい、てめぇら」
そこへ、フルーツ牛乳を飲みながら通りかかった龍魔呂が、茂みの中で蠢く怪しい二人組を見下ろして、深々とため息をついた。
「新村長と神獣様が揃いも揃って、何やってんだ。趣味が悪りぃぞ」
「しーっ! 声が大きいです龍魔呂さん! 今、最高のクライマックスなんですから!」
「そうだ龍魔呂。神聖な儀式の邪魔をするな。お前も見るか?」
「見ねぇよ。お坊ちゃんたちの邪魔してやるなよ」
龍魔呂は「やれやれ」と肩をすくめると、呆れた顔で男湯の方へと歩き去っていった。
残された最狂の防衛隊は、その後も夜が更けるまで、茂みの中から二人の尊い空間を文字通り『絶対防衛』し続けたのだった。
* * *
ポポロ村の夜は、更けていく。
「……クロエ。愛している」
「私も、愛しています。レオンハルト様」
月の光に照らされて、二人の影が重なる。
新しい仲間。新しい居場所。
追放された無自覚チートな錬金術師の、甘くて騒がしい辺境スローライフは、これからもずっと、この温かい笑顔と共に続いていくのだ。
ここまで「第四章」のエピローグまでお付き合いいただき、本当に、本当にありがとうございました!!
温泉回といえばやっぱりこれ! 湯上がりの浴衣と、前髪を下ろした騎士様のギャップ萌えです!
良い雰囲気で甘々な時間を過ごすクロエとレオンハルト様……ですが、その背後(茂みの中)では、新村長キャルルとイグニスお姉様の『推し活防衛隊』が双眼鏡を構えて荒ぶっておりました(笑)。
シリアスからギャグ、そして糖度120%のラブコメまで、ポポロ村の個性豊かすぎる仲間たちの魅力が全開の第四章、いかがでしたでしょうか。
新キャラクターのキャルル(雷神の月兎&ヤンデレ村長)も加わり、最強の家族たちの絆はますます強固なものになりました!
これにて、第四章は【完全完結】となります!
「浴衣姿尊い!」「レオンハルト様の色気やばい!」「茂みの二人が面白すぎる(笑)」と思っていただけた読者様!
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