前村長の最悪の置き土産。――迫り来る闇金シンジケートと、絶対緩衝地帯の縛り
前村長の最悪の置き土産。――迫り来る闇金シンジケートと、絶対緩衝地帯の縛り
お泊まり女子会の翌朝。
私の錬金工房のダイニングには、焼きたてのトーストと目玉焼き、そしてポポロ村で採れた新鮮な人参を使った特製サラダが並んでいた。
「ん〜っ! 美味しいです! やっぱり朝は、トーストと人参サラダに限りますね!」
キャルルさんは、ウサギ耳を幸せそうにパタパタと揺らしながら、朝食を頬張っていた。
冒険者時代の『ルナキン(ファミレス)』での朝定食ルーティンを再現してあげたところ、大層気に入ってくれたようだ。
「ふふっ、たくさん食べてくださいね。お昼は特製のおにぎりを作りますから」
「わぁい! クロエさん、最高のお嫁さんになりますよぉ!」
「む。私も昨夜は遅くまで起きていたからな、少し腹が減った。クロエ、私の分は肉を多めにしてくれ」
「はいはい、イグニス様には厚切りベーコンをつけますね」
平和で、賑やかな朝のひととき。
このまま、ポポロ村の新しい村長さんと一緒に、楽しいスローライフが始まっていくのだと、私は疑っていなかった。
――ガシャァァァンッ!!
突如。
窓の外、ポポロ村の広場の方角から、物が派手に壊れる音と、村人たちの悲鳴が響き渡った。
「キャァァァッ!!」
「や、やめてくれ! それは売り物の野菜だぞ!」
私とキャルルさん、そしてイグニス様は顔を見合わせ、すぐさま立ち上がって工房を飛び出した。
* * *
広場に出ると、そこには異様な光景が広がっていた。
黒っぽい革鎧や、派手な装飾品を身につけた、いかにも『ガラの悪い男たち』が数十人。
彼らはヘラヘラと笑いながら、村人たちが丹精込めて育て、出荷を待っていた野菜の木箱を次々と蹴り飛ばし、踏みにじっていた。
「おいおい、なんだこのクズみたいな野菜はよぉ。こんなモンじゃ、到底『利子』にも届かねぇぞ?」
男たちの中心に立つ、顔に大きな傷のある大男――リーダー格の男が、下品な笑い声を上げた。
「てめぇら……! 誰に断って、俺の『月見大根』に触ってんだ」
ギリッ、と。
地獄の底から響くような声と共に、広場の端から龍魔呂さんが歩み出てきた。
彼の全身からは、今にも爆発しそうな赤黒い闘気が立ち上り、握りしめた拳からは血が滴り落ちそうなくらい力が込められている。
今すぐにでも男たちの首をへし折らんとするヤンキー農家の怒り。
だが、リーダーの大男は全く動じることなく、懐から『一枚の羊皮紙』を取り出して見せびらかした。
「おうおう、怖い農民だこと。だがな、俺たちに手を出すと『法』が黙っちゃいねぇぜ?」
「あぁ?」
「俺たちは、正規の認可を受けた金融ギルド『黒蛇商会』の者だ。……お前らの前の村長、この村の土地を担保にして、俺たちから金貨三万枚を借りてやがるんだよ!」
「「「金貨三万枚!?」」」
村人たちから、絶望の悲鳴が上がった。
金貨三万枚といえば、辺境の小さな村が一生かかっても払いきれないような、莫大すぎる金額だ。
「あのクソ村長……! 村の金庫を空にしただけじゃ飽き足らず、裏の闇金から借金までして逃げたっていうのか……!」
私が怒りで声を震わせた時。
「――そこまでだ、下劣な輩ども」
凛とした、絶対零度の声が広場に響いた。
漆黒の騎士服に身を包んだレオンハルト様が、数名の近衛騎士を率いて到着したのだ。
「レオンハルト様!」
「遅くなってすまない、クロエ。……貴様ら、シュヴァルツ辺境伯領の民に狼藉を働くとは、命知らずにも程がある。全員、その場で武器を捨ててひざまずけ!」
レオンハルト様が大剣に手をかけた瞬間、周囲の気温が急激に低下し、霜が降りる。
だが、黒蛇商会のリーダーは、青ざめるどころか、醜く顔を歪めてニヤリと笑った。
「へっ、出たな氷の死神。だがな、アンタに俺たちを逮捕する権限はねぇよ」
「何だと?」
「ここは、ルナミス帝国、レオン・ハート獣人王国、そしてアンタのシュヴァルツ領の三カ国が交わる『絶対緩衝地帯』だ。……どの国の軍事力も介入できない、自治ルールで守られた中立地帯だろうが!」
リーダーの男が、羊皮紙をバンッと叩いた。
「俺たちは『合法的な借金の取り立て』に来ているただの民間業者だ。ここでアンタが俺たちに剣を振るえば、それは明確な『軍事介入(ルール違反)』。……最悪の場合、他国からの侵略行為とみなされて、国際問題に発展するぜ?」
「ッ……!」
レオンハルト様が、ギリッと奥歯を噛み締めた。
大剣の柄を握る手に青筋が浮かぶが、抜くことができない。
彼ら闇金シンジケートは、この『絶対緩衝地帯』という政治的な縛りを悪用し、軍が手出しできないことを理解した上で、合法的に村を乗っ取ろうとしているのだ。
「分かったら引っ込んでな、お坊ちゃん騎士。……さあ、村長を出せ! 金を払えねぇなら、今日からこの村の土地も人間も、全部俺たち黒蛇商会の奴隷として――」
――タッタッ。
軽やかな、けれど確かな重量感のある足音が、広場の中央へと進み出た。
「私が、このポポロ村の村長です」
パーカーにショートパンツ、そして『タローマンの特注安全靴』を履いたウサギ耳の少女。
キャルルさんが、レオンハルト様の前に立ち塞がるようにして、シンジケートの男たちの前に出た。
「あぁ? ウサギの小娘が村長だぁ? 冗談は顔だけにし――」
「トクトク、ドクン、トクン……」
キャルルさんは、ピクピクとウサギ耳を動かし、目を閉じて呟いた。
「……なるほど。前村長がお金を借りたという契約書自体は本物。でも、金貨三万枚というのは嘘ですね。元金は三千枚、残りは違法な法外利息で膨れ上がらせただけの架空の数字……あなたの心音が、そう言っています」
「なっ……!? て、てめぇ、適当なことを……!」
図星を突かれたのか、リーダーの男が狼狽える。
「キャルル……下がるんだ。奴らは裏社会のゴロツキだ、君が前に出るのは危険すぎる」
「いいえ、レオンハルト様」
キャルルさんは振り返り、彼に向かって真っ直ぐに、そして威厳に満ちた声で告げた。
「あなたは一国の為政者。ここで剣を抜けば、クロエさんや皆さんの居場所を、国際問題という炎で焼くことになります。だから……ここは、私に任せてください」
その横顔は、昨夜、人参抱き枕を抱えて恋バナに花を咲かせていた無邪気な少女のものではない。
他者への献身(代表的な日本人)と、自己の意志で運命を切り拓く(自助論)の精神を宿した、気高き王族の顔だった。
「私はこの村の村長です。村の皆さんの平穏と、私のお友達の笑顔を奪う害虫は……私が、私の責任において、すべて排除します」
キャルルさんは再びリーダーの男に向き直り、ニッコリと『星の王子様』のような笑顔を浮かべた。
「お引き取りください。私たちは、あなた方に村を渡すつもりも、違法な利息を払うつもりもありません」
「……ッ、舐めやがって! 痛い目見ねぇと分からねぇようだな! おい、そのウサギの耳を引っ掴んで、この村の連中に思い知らせてやれッ!」
リーダーの怒声と共に、数人のゴロツキたちが下卑た笑いを浮かべながら、一斉にキャルルさんへと飛びかかった。
「キャルルさんッ!」
私が悲鳴を上げた、その瞬間。
「……警告は、しましたよ」
キャルルさんの瞳から、温かな光が消え、冷徹な『武人』の光が宿った。
――ズドォォォォォンッ!!
重厚な金属音が、広場に響き渡った。
誰も、彼女の動きを捉えられなかった。
飛びかかってきたゴロツキの一人が、キャルルさんの『特注安全靴』による恐るべき速度の回し蹴り――【月影流 鐘打ち】を腹部にモロに受け、数十メートル先の木箱の山まで弾き飛ばされ、白目を剥いて気絶していた。
「な……!?」
「あ、あいつ……今、何をした……!?」
ゴロツキたちが、恐怖で足を止める。
龍魔呂さんとレオンハルト様も、その無駄のない洗練された一撃を見て、「こいつ、ただのウサギじゃねぇな……」と戦慄の目を向けた。
「今日は帰ってください。もしこれ以上、この村の平和を乱すというのなら……次は、顎を砕きますよ?」
キャルルさんは、特注安全靴の踵をトントンと地面に鳴らしながら、静かに、しかし絶対的な殺気を込めて言い放った。
「ひぃっ……! お、覚えてろよ! 今日のところは引いてやるが、俺たちのバックには巨大な魔獣使いの傭兵団がついてるんだ! 明日の夜、本隊を連れて村ごと更地にしてやるからなァァッ!」
リーダーの男は、泡を吹いて倒れた仲間を引きずりながら、情けない捨て台詞を吐いて森の奥へと逃げ帰っていった。
静まり返った広場。
キャルルさんは「ふぅ」と息を吐くと、いつものぽわぽわした笑顔に戻り、私の方を振り返った。
「驚かせちゃってごめんなさい、クロエさん。でも、これでとりあえず、今日のお昼ご飯はゆっくり食べられますね!」
「キャ、キャルルさん……かっこいい……!」
圧倒的な武力と、政治的な盾を使いこなす冷静な判断力。
村を守るための彼女の強い意志に、私たちは言葉を失い、そして深く感動していた。
……だが。
明日の夜、闇金シンジケートの本隊が村を襲撃しにやってくる。
そして明日の夜は、月に一度の『満月』の日。
絶対緩衝地帯のルールに縛られ、表立って軍を動かせないレオンハルト様。
迫り来る裏社会の暴力。
この村の命運は、ウサギ耳の新村長と、怒れる仲間たちによる『ルール無用の防衛戦』へと託されることになった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
前村長の最悪の置き土産、闇金シンジケートが登場!
『絶対緩衝地帯』という政治的なルールを悪用し、レオンハルト様が手出しできないことを計算して村を乗っ取ろうとする悪辣な連中です。
しかし、そこに立ち塞がったのは、我らが新村長・キャルル!
心音で嘘を見破り、レオンハルト様に泥を被らせないために自ら矢面に立つ。そして飛び出す、特注安全靴によるマッハの回し蹴り【月影流 鐘打ち】!
普段のぽわぽわしたシティガールから、気高き武人へと切り替わるギャップ、いかがでしたでしょうか。
次回!
明日夜の本隊襲撃に向けて。軍を動かせないなら、個人の力でぶっ潰す!
レオンハルト、龍魔呂、イグニス、そしてクロエ。ポポロ村の最強家族たちが、キャルルのために本気で迎撃準備を始めます!
「キャルルの蹴りかっこいい!」「安全靴強すぎ(笑)」「明日の満月が楽しみすぎる!」と思っていただけましたら!
ぜひぜひ! 画面下の【☆☆☆☆☆】をポチッと押して、【★★★★★】で応援の評価をよろしくお願いいたします!
皆様からの熱い星とブックマークが、第四章のバトル&ギャグを最高潮に引き上げるための最大の燃料になります! どうか、応援よろしくお願いいたします!




