「氷の死神」と呼ばれる辺境伯様。血塗れの騎士に手作りクッキーを渡したら、なぜか餌付け完了してしまいました!?
「氷の死神」と呼ばれる辺境伯様。血塗れの騎士に手作りクッキーを渡したら、なぜか餌付け完了してしまいました!?
王都を出発して数日後。
私とイグニス様は、北の果てにある巨大な防塞都市、シュヴァルツ辺境伯領へと到着した。
道中、イグニス様は「私の可愛いクロエには、最高級の布地しか似合わん!」と、道行く街で一番高価なブティックに飛び込み、私に可愛らしい若草色のワンピースや、歩きやすい革靴、さらにはフリルのついた下着まで大量に買い与えてくれた。
資金源は、イグニス様が森で拾ったというソフトボール大の魔石(※国宝レベルらしい)を換金したものだ。
おかげで今の私は、ボロボロのメイド服を着ていた無能令嬢ではなく、どこから見ても裕福な商会の娘か、貴族の令嬢のように小綺麗になっていた。
イグニス様自身も、目立つ真紅の髪と美貌をすっぽりとローブのフードで隠し、私の隣を歩いている。
「すごい……活気のある街ですね」
「うむ。常に魔物の脅威に晒されている最前線ゆえ、領民たちの顔つきも王都の腑抜けた連中とは違うな。規律が行き届いている」
石造りの頑丈な建物が並ぶ大通りには、多くの露店が並び、活気ある声が飛び交っていた。
しかし、私たちが街の広場に差し掛かった時のことだ。
ファンファーレのような角笛の音が、街中に響き渡った。
それまで賑やかに買い物をしていた領民たちが、一斉に道の両端へと下がり、中央に広い道を開ける。
「黒竜騎士団の帰還だ!」
「辺境伯様が、東のオーガの群れを討伐してくださったぞ!」
歓声とともに、重厚な馬の蹄の音が近づいてくる。
道の向こうから現れたのは、漆黒の鎧に身を包んだ数十人の屈強な騎士たちだった。
そして、その先頭――ひときわ巨大な黒馬に跨り、騎士団を率いている一人の男性に、私の目は釘付けになった。
「あれが、この領地を治めるシュヴァルツ辺境伯……レオンハルトか」
イグニス様が、興味深そうに呟く。
レオンハルト・フォン・シュヴァルツ。
夜の闇を切り取ったような漆黒の髪に、絶対零度を思わせる氷のように冷たいブルーの瞳。
彫刻のように整った顔立ちをしているが、その全身からは近寄る者すべてを切り裂くような、凄まじいまでの剣気と威圧感が放たれていた。
何より恐ろしいのは、彼の纏う漆黒の鎧が、魔物の返り血で赤黒く染まり切っていたことだ。
「さ、さすがは『氷の死神』様だ……」
「あの方一人で、オーガの巣を殲滅したらしいぞ」
「ありがたいが、やはりおっかないお方だな……目があったら殺されそうだ」
領民たちは深く頭を下げて感謝を示しつつも、恐怖で微かに震えていた。
氷の死神。その二つ名が示す通り、彼は一切の感情を顔に出さず、ただ前だけを見て馬を進めている。
――けれど。
私には、彼の姿が少し違って見えていた。
(……血の匂いに混じって、酷い魔力欠乏の気配がする。それに、あの呼吸……)
錬金術師としての長年の知識と観察眼が、彼の異常を捉えていた。
彼は平然を装っているが、限界を超えて魔力を使い果たし、肉体的な疲労もピークに達している。オーガの巣を一人で殲滅した代償は、彼の身体を内側から確実に蝕んでいた。
(あのままじゃ、倒れちゃう……!)
そう思った瞬間だった。
背伸びをして騎士団を見ようとしていた前列の子供がバランスを崩し、私の方へと倒れ込んできたのだ。
「わっ!?」
「あっ、危ない!」
ドンッ、と背中を押される形になり、私は群衆の中から大通りの中央――つまり、レオンハルト様の馬の目の前へと転び出てしまった。
「ひぃっ!?」
「おい、小娘が飛び出したぞ!」
周囲から悲鳴が上がる。
見上げると、巨大な黒馬が私の目の前で前足を高く上げ、いななきを上げていた。
踏まれる!
そう思って目を瞑ったが、衝撃は来なかった。レオンハルト様が瞬時に手綱を引き、見事な馬術で黒馬を制止させたのだ。
「…………」
静まり返る大通り。
黒馬の上から、氷のように冷たいブルーの瞳が、地面にへたり込む私を見下ろしていた。
怖い。殺されるかもしれない。
領民たちが息を呑んで見守る中、レオンハルト様はゆっくりと馬から降り、私の方へと歩み寄ってきた。
そして、赤黒い血に染まった巨大なガントレットに包まれた手を、私の目の前に差し出したのだ。
「……立てるか」
低く、地を這うような冷たい声。
だが、その手は私を害しようとするものではなく、ただ純粋に、転んだ私を引き起こそうとしてくれているものだった。
私は恐る恐る、その大きな手を取った。
冷たい金属の感触。けれど、その手は、疲労のあまり小刻みに震えていた。
「お怪我はありませんか、と聞きたいところだが……怪我をしているのは俺のほうだな」
彼は自嘲気味に呟き、私の手を離そうとした。
その時。私は思わず、彼の手を両手でギュッと握り返していた。
「え……?」
「あのっ、辺境伯様……! これを、受け取ってください!」
私はエプロンのポケットから、小さな包みを取り出した。
それは道中、イグニス様と一緒に野営をした際、森で摘んだ薬草と木の実を砕いて私が焼いた「手作りクッキー」だった。
もちろん、私の【万物昇華】の力が無意識に込められているため、ただのお菓子ではない。
「疲労回復と、魔力回復の効能がある薬草を練り込んであります。少し苦いかもしれませんが……辺境伯様、とてもお疲れのようですから、どうか食べてください!」
私の言葉に、周囲の騎士たちがギョッとして顔色を変えた。
「おい娘! 閣下に素性の知れぬ食べ物を渡すなど――!」
「やめろ」
部下を制止したのは、レオンハルト様本人だった。
彼は私の顔と、差し出されたいびつな形のクッキーを交互に見つめ……血濡れのガントレットを外し、素手でそのクッキーを受け取った。
「……いただく」
サクッ。
彼がクッキーを一口かじった、その瞬間だった。
ぽわぁぁぁん……っ!
レオンハルト様の身体を、目も眩むような淡い黄金の光が包み込んだ。
それは私がイグニス様を治療した時に放った、あの光と同じものだ。
「な、なんだこれは……!?」
「閣下の身体が光っているぞ!?」
光が収まった後、そこにいたのは、先ほどまでの死にかけの亡霊のような騎士ではなかった。
目の下にべったりと張り付いていた疲労の隈は完全に消え去り、枯渇していた魔力は満ち溢れんばかりに大気へと放出されている。
顔色は健康そのものになり、先ほどまで小刻みに震えていた手は、ピタリと止まっていた。
「俺の……魔力が、全快している……? いや、それどころか、以前よりも限界値が跳ね上がって……一瞬で、疲労が……?」
レオンハルト様は自身の両手を見つめ、信じられないというように目を見開いている。
そして、彼は残りのクッキーを口の中に放り込み、ゆっくりと咀嚼した。
「……あま、い」
ポツリと、彼が呟いた。
「苦いと言っていたが……とても、甘くて、美味しい。俺は今まで、こんなに優しくて美味しいものを、食べたことがない……」
そう言ったレオンハルト様の顔を見て、私は思わず目を丸くした。
氷の死神。冷酷無比な殺戮マシーン。
そう噂されていた彼の白い頬が、まるで恋する乙女のように、あるいは褒められた子供のように、真っ赤に染まっていたのだ。
冷たいブルーの瞳が、熱を帯びて私を見つめてくる。
「君は……天使、なのか……?」
「へ? い、いえ、ただのしがない錬金術師で……」
「そうか……錬金術師……。あ、あの……」
身長が190センチ近くある大男が、なぜかモジモジと身をよじり、顔を真っ赤にして上目遣いで私を見てくる。
周囲の騎士たちや領民たちの「あ、あの氷の死神様がデレた!?」という心の声が、幻聴として聞こえてきそうだった。
「も、もし良ければ……明日も、このクッキーを……いや、君の手料理を、俺に食べさせてはもらえないだろうか……?」
消え入りそうな声で、トンデモないことを言い出す辺境伯様。
私がどう答えるべきか迷っていると、背後からスッと、細く美しい腕が伸びてきて、私の肩を抱き寄せた。
「ふん。どこぞの血生臭い騎士様かと思えば、随分と図々しい男だな」
フードの奥で黄金の瞳をギラリと光らせたイグニス様が、私をかばうようにレオンハルト様の前に立ち塞がった。
「ウチの可愛いクロエに気安く近づくな。手料理が食いたければ、まずはその血の匂いをどうにかしてから出直してこい、辺境伯」
最強の神獣(お姉様)のすさまじい威圧感に、レオンハルト様はハッとして自身の血塗れの鎧を見下ろし、「し、失礼した……!」とさらに顔を赤くして後ずさった。
(なんだか、すごく不器用な人みたい……)
氷の死神の意外すぎる素顔に、私は思わずクスッと笑ってしまった。
こうして、辺境都市シュヴァルツでの私たちの新しい生活は、図らずもこの街の最高権力者の胃袋を掴むという、とんでもない形でのスタートを切ったのだった。
【作者より】
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
ついに第一章の主要キャラクターが出揃いました。
冷酷無比な「氷の死神」レオンハルトですが、実は極度の甘党で不器用な男の子(?)です。
クロエの作る神話級のご飯と彼女の優しさに触れ、ここから限界突破した溺愛を見せていくことになります!
(そしてそれを全力で威嚇して阻止しようとするイグニスお姉様とのバチバチの牽制バトルも始まります笑)
「クロエの作ったご飯を食べてみたい!」「辺境伯のギャップ萌えが可愛い!」「イグニスお姉様最高!」と少しでも楽しんでいただけましたら、
ぜひぜひ、画面下の【☆☆☆☆☆】をポチッと押して、応援の評価をいただけると、毎日の執筆の最大のモチベーションになります!
ブックマークのご登録も、よろしくお願いいたします!




