私が助けた竜は、絶世の美女(過保護)でした。そして判明する無自覚チート
私が助けた竜は、絶世の美女(過保護)でした。そして判明する無自覚チート
ふわりとした、信じられないほど柔らかくて温かい感触に包まれて、私はゆっくりと目を覚ました。
鼻をくすぐるのは、春の日差しのような優しくて甘い香り。
今まで私が寝起きしていた、カビ臭くて冷たい石造りの地下室とはまるで違う。
(……あれ? 私、死んじゃって天国に来たのかな……)
ぼんやりとした頭でまばたきをすると、視界いっぱいに、燃えるような真紅の髪と、宝石のように美しい黄金の瞳が映り込んだ。
「おはよう、私の可愛いクロエ。よく眠れたか?」
鈴を転がしたような、それでいて深い威厳を内包した美しい声。
見上げれば、絶世の美女――自らを紅蓮の竜王と名乗ったイグニス様が、私を見下ろして微笑んでいた。
そして私は今、彼女の膝の上に頭を乗せている状態だった。いわゆる、膝枕というやつである。
「ひゃっ!? も、申し訳ありません!!」
私は弾かれたように飛び起きた。
伯爵家での癖が抜けきっていない。朝、少しでも寝坊をして義母や義妹のミレーヌより遅く起きれば、鞭で打たれ、その日の食事は抜きにされるのが当たり前だったからだ。
「お、お寝坊してしまってごめんなさい! すぐに朝の支度を……っ!」
「こらこら、慌てるな」
土下座しようとした私の体を、イグニス様が優しく抱き止めた。
彼女の温かい手が、私のボサボサの髪をゆっくりと撫でる。
「謝る必要などどこにある。お前は昨日、疲れ果てて泣きながら眠ってしまったのだ。むしろ、もっと眠っていてもよかったのだぞ? それに、ここはあのような愚か者どもの屋敷ではない。お前を虐げる者は、もう誰もいないのだ」
イグニス様の言葉に、私はハッとして周囲を見回した。
そうだ。私は家を追い出され、この『魔の森』で死にかけていたイグニス様を助けたのだ。
彼女の魔法なのだろう。私たちがいる場所の周囲には、うっすらとした炎の結界のようなものが張られており、森の冷気も、恐ろしい魔物の気配も完全に遮断されていた。
「さあ、まずは腹ごしらえだ。お前はあまりにも痩せすぎている。もっと肉をつけねばな」
イグニス様が指を鳴らすと、結界の中にふわりと焚き火が熾った。
そして、どこから取り出したのか、見たこともないほど立派で霜降りの入った巨大な肉の塊を空中に浮かべ、あっという間に魔法の炎でこんがりと焼き上げてしまった。
香ばしい匂いが立ち込め、私のお腹が「きゅるるる」と情けない音を立てる。
「ふふっ。さあ、遠慮せずに食べなさい。Aランク魔物『黄金猪』の極上ロースだ。お前の小さな口でも食べやすいように、極限まで柔らかく火を通しておいた」
イグニス様から手渡された、大きめの葉っぱのお皿。そこには、肉汁が滴る熱々のお肉が乗っていた。
私は震える手でそれを受け取り、一口かじった。
「…………っ!」
美味しい。
口の中でほろほろととろけるような柔らかさ。噛むたびに溢れ出す強烈な旨味。
伯爵家では、家族が残した冷たいパンの耳や、腐りかけの野菜の切れ端しか食べさせてもらえなかった。
誰かが私のために、熱くて美味しい料理を作ってくれたのなんて、生まれて初めてだった。
「美味しい……すごく、おいしいです……っ」
「そうかそうか。たくさんお食べ。おかわりは山ほどあるぞ」
ボロボロと涙をこぼしながらお肉を頬張る私の口元を、イグニス様は嫌な顔一つせず、綺麗な布で優しく拭ってくれた。
まるで、本当のお姉様か、お母様みたいに。
お腹がいっぱいになり、温かいお茶(これもイグニス様が魔法で淹れてくれた)を飲んで一息ついたところで、イグニス様がふと真剣な表情になった。
彼女の手には、私が昨日、ヒールソウをすり潰すのに使った二つの石が握られている。
「クロエよ。お前は自分が昨日、何を作ったのか本当に分かっていないのだな?」
「え? あの……その辺に生えていた下級のヒールソウをすり潰して、湧き水と混ぜただけの、泥ペーストですが……」
私がそう答えると、イグニス様は呆れたように、しかし愉快そうにクスクスと笑い出した。
「泥ペースト、か。あはははっ! よもや、我が身を蝕んでいた『神殺しの呪い』を打ち払った神話級の霊薬が、泥ペースト呼ばわりされるとはな」
「か、神殺しの呪い……!?」
「そうだ。我は数日前、この大陸を脅かそうとしていた魔王軍の幹部どもと単身で戦闘になり、奴らの自爆特攻による呪いを受けたのだ。どんな高位の聖女の治癒魔法も受け付けず、魂ごと腐り落ちるのを待つしかない最悪の呪いにな」
そんな恐ろしい呪いを受けていたなんて。
でも、それならますますおかしい。
「待ってください。私には魔力が『ゼロ』なんです。錬金術の真似事をしていても、魔力がないからポーションに魔法的な効力を付与することはできないはずで……」
「違うな、クロエ。お前は『魔力がない』のではない」
イグニス様は私の手を取り、その小さな手のひらを自身の頬に押し当てた。
「お前の魂の奥底には、膨大すぎる力が眠っている。だが、その力は『魔力』という汎用的なエネルギーとして外に放出されるのではなく、常に【一つの絶対的な法則】としてお前の内に固定されているのだ。だから、魔力測定器には引っかからなかったのだろう」
「絶対的な、法則……?」
「そう。お前が触れ、加工した素材は、そのポテンシャルを強制的に限界突破させられる。ただの雑草が最高位の霊草に。ただの水が聖水に。お前の意思一つで、万物の理を昇華させる神の御業だ。名付けるなら――【万物昇華】といったところか」
万物昇華。
イグニス様の言葉が、頭の中でぐるぐると回る。
それじゃあ、私が地下室で作らされていたポーションは。ミレーヌが「自分の才能だ」と言い張って王家に献上していた、あの特級ポーションは……。
「……私の力が、あの子の魔力なんかじゃなく、私の力が乗っていたから……?」
「いかにも。お前の家族とやらは、星よりも眩い宝石をただの石ころとして捨てた大馬鹿者というわけだ」
イグニス様は面白そうに唇の端を吊り上げた。
「お前がいなくなった今、あの屋敷で作られるポーションはただの泥水へと戻るだろう。王家に偽りの特級品を献上し続けた罪が露見するのも時間の問題だな。……まぁ、自業自得だ。気にする必要はない」
「…………」
胸のつかえが、すっと下りていくのを感じた。
私は無能なんかじゃなかった。
私のしてきた努力は、私の流してきた血の滲むような時間は、決して無駄ではなかったのだ。
「クロエ。お前はもう自由だ。お前の力は、お前自身を幸せにするために使いなさい」
イグニス様が、両手で私の頬を包み込む。黄金の瞳が、真っ直ぐに私を射抜いた。
「これからは、お前が作りたいものを、作りたいように作るのだ。お前を利用しようとする愚か者が現れれば、この私が片っ端から消し炭にしてやる。私が、お前の絶対の盾となろう」
「イグニス、様……っ」
また、涙が溢れてきそうになる。
こんなにも温かくて、強くて、私を全肯定してくれる人がいるなんて。
「さて、そうと決まれば、いつまでもこんな森の中にいるわけにはいかんな。いくら私が結界を張るとはいえ、人間の娘であるお前にはちゃんとした街の環境が必要だ。可愛い服も、ふかふかのベッドも、甘いお菓子も買ってやらねばならないしな!」
イグニス様は張り切ったように立ち上がると、バサリと空想の羽を広げるような仕草をした。
「王都の愚か者どもに関わるのは不愉快だ。ここから北へ向かおう」
「北、ですか?」
「あぁ。北の辺境を治める『シュヴァルツ辺境伯』の領地が良いだろう。あそこの領主は氷のように無愛想でつまらん男だが、義理堅く、不正を絶対に許さぬ清廉さを持っている。お前が工房を開くには最適な場所だ」
「私の、工房……」
自分のお店。自分の錬金工房。
それは、地下室で薬草をすり潰しながら、私が密かに抱いていた、叶うはずのない夢だった。
「さあ、行くぞクロエ。私たちの新しい生活の始まりだ!」
差し出されたイグニス様の白い手を、私は今度こそしっかりと握り返した。
無能だと捨てられた私が、最強で最高のお姉様と一緒に、北の辺境都市シュヴァルツを目指す。
そこで『氷の死神』と恐れられる辺境伯様に出会い、彼を私のご飯で完全に餌付けしてしまうことになるなんて、この時の私はまだ知る由もなかったのである。
【作者より】
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
無自覚だったチートスキル【万物昇華】がイグニスお姉様によって証明され、クロエはついに自分の価値に気づくことができました。
(ちなみに実家はクロエがいなくなったことで、ポーションの品質が暴落し地獄を見るフラグが立ちました笑)
次回、第3話!
いよいよ北の辺境都市へ到着したクロエたちの前に、血塗れの「氷の死神」ことヒーローのレオンハルト辺境伯が登場します!
恐ろしい冷血漢のはずの彼が、クロエの手作りクッキーを一口食べた瞬間に……!?
「お姉様の過保護ぶりが最高!」「実家のざまぁが楽しみ!」「辺境伯のギャップが早く見たい!」と思っていただけましたら、ぜひ画面下の【☆☆☆☆☆】をポチッと押して応援していただけると、毎日の更新の励みになります!
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