第一章 最強の後ろ盾を得た無自覚チート令嬢の辺境定住と、最強騎士の胃袋(心)を掴むまで
魔力ゼロの無能令嬢は無一文で追放される。死を覚悟した森で出会ったのは、最強の竜(お姉様)でした
「クロエ・アルジェント! 魔力を持たぬ無能な欠陥品め。お前のようなゴミは我がアルジェント伯爵家には不要だ。今日この時をもって、貴様を追放する!」
大理石の床に響き渡る、父親である伯爵の冷酷な怒声。
豪奢なシャンデリアが照らす広間の中央で、私、クロエ・アルジェントは擦り切れたメイド服のようなワンピース姿で膝をついていた。
「ええ、お父様のおっしゃる通りですわ。お姉様のようにポーション一つ満足に作れない無能が伯爵家にいるなんて、恥ずかしくてたまりません」
「本当にねぇ。ミレーヌのような『真の錬金術の才能』を持つ子が私から生まれてくれて、本当に良かったわ」
扇で口元を隠してクスクスと嗤うのは、義母と、その娘である異母妹のミレーヌ。
さらに、広間には私の婚約者であったはずの第一王子、ユリウス殿下の姿もあった。彼は汚いものでも見るような目で私を見下ろしている。
「クロエよ。君との婚約は破棄させてもらう。将来の王妃となる女性は、国を支える力を持たねばならない。私の隣には、若くして特級ポーションを創り出したミレーヌこそが相応しい」
その言葉を聞いて、私は心の奥底で静かにため息をついた。
(……ミレーヌが作ったという特級ポーション、全部私が地下室で作らされたものなのに)
この世界で錬金術を行うには、魔力が必要不可欠とされている。
私は生まれつき魔力が「ゼロ」だった。そのため、幼い頃から一族の恥として地下室に閉じ込められ、奴隷のように働かされてきた。
魔力がない私は、独自の調合理論と知識、そして薬草の成分を極限まで引き出す技術だけでポーションを作っていた。だが、手柄はすべて「魔力持ち」であるミレーヌのものとして奪われていたのだ。
事実を言ったところで、誰も信じないだろう。
何より、私はもう、家族の愛を乞うことに疲れ果てていた。
「……かしこまりました。今まで、ありがとうございました」
深く頭を下げた私を、鼻で笑う家族たち。
こうして私は、わずかな荷物すら持つことを許されず、身一つで伯爵家から放り出されたのだった。
* * *
伯爵領の境界を越え、私がたどり着いたのは『魔の森』と呼ばれる場所だった。
凶悪な魔物が棲みつき、熟練の冒険者ですら立ち入ることを避ける死の森。無一文で着の身着のままの私が生きていける場所など、最初からどこにもなかったのだ。
「足、痛いな……」
半日歩き続け、粗末な靴は破れ、足からは血が滲んでいた。
お腹も空いて、限界だった。
大きな古木の根元にへたり込み、私はふと、足元に生えている雑草に目を留めた。
「あ……これ、下級のヒールソウだ。こっちは清浄作用のある湧き水……」
死を覚悟してなお、錬金術師としての癖で薬草を探してしまう自分が少しおかしかった。
私は無意識に、エプロンのポケットにヒールソウを摘んで入れていた。
その時だった。
ズドォォォォンッ!!
「きゃっ!?」
突然、大地が激しく揺れ、数十メートル先の木々がなぎ倒された。
土煙が晴れた後、そこに現れた信じられない光景に、私は息を呑んだ。
――竜だ。
溶岩のように赤く輝く鱗を持つ、見上げるほど巨大な竜が、森を薙ぎ倒して墜落していたのだ。
逃げなければ。そう頭では分かっているのに、足がすくんで動かない。
だが、よく見ればその巨大な竜の腹部には、信じられないほど大きな裂傷があった。黒い瘴気のようなものが傷口から立ち上り、竜は苦しげに荒い息を吐いている。
致命傷だ。何者かに受けた呪いの傷が、竜の命を削り取っているのがわかった。
『……グルルル……人間、か……我の無様な死に様を、笑いに来たか……』
竜の黄金の瞳が、私を睨みつける。
普通なら恐怖で気絶していただろう。けれど、傷つき、血を流し、孤独に死を待つその姿が、なぜか伯爵家から追い出された自分自身と重なって見えた。
「……痛い、ですよね」
気がつけば、私は竜の巨大な鼻先に歩み寄っていた。
『な……貴様、我を恐れぬのか……?』
「怖いですよ。でも、痛いのはもっと嫌でしょう?」
私はエプロンから、先ほど摘んだばかりのヒールソウを取り出した。
平らな石を二つ見つけ、その上でヒールソウをすり潰し、湧き水と混ぜ合わせる。道具など何もない。ただの泥遊びのような調合だ。
(私には魔力がないから……ただの気休めにしかならないかもしれない。でも、少しでも痛みが引いてくれれば……)
祈るような気持ちで、私はその緑色のペーストを両手ですくい上げた。
――その瞬間。
私の両手が、淡く、けれど力強い黄金の光に包まれた。
「え……?」
光るペーストを、竜の傷口にそっと塗り込む。
ドクン、と私の心臓が大きく跳ねた。
次の瞬間、ペーストは眩い光の奔流となって竜の巨体を包み込んだ。
黒い瘴気は一瞬で浄化され、ぱっくりと開いていた腹部の裂傷が、まるで時間を巻き戻したかのように瞬く間に塞がっていく。
『な……なんだ、これは……!? 神殺しの呪いが、ただの雑草で……!?』
竜が驚愕の声を上げた直後、光はさらに強さを増し、私の視界を真っ白に染め上げた。
「くっ……!」
思わず目を閉じ、しばらくして光が収まったのを感じて、私は恐る恐る目を開けた。
「……え?」
そこに、巨大な竜の姿はなかった。
代わりに、土煙の晴れたクレーターの中心に立っていたのは――目を奪われるほど美しい、一人の女性だった。
燃えるような真紅の長髪。竜の時と同じ黄金の瞳。
真紅の鱗を編み込んだような妖艶なドレスが、彼女の豊満で完璧なプロポーションを包み込んでいる。
絶世の美女は、自身の腹部……傷が完全に消え去った滑らかな肌に触れ、呆然とした後、信じられないものを見るような目で私を見つめた。
「私を救ったのは、お前か?」
凛とした、けれどどこか甘さを帯びた声。
私はへたり込んだまま、コクコクと頷くことしかできない。
「え、あ、はい……あの、竜、さんは……?」
「我は紅蓮の竜王、イグニス。まさか、ただの雑草と水から『神殺しの呪い』すら浄化する神話級のエリクサーを創り出すとはな。しかも、こんなに小さく、脆い人間の娘が」
神話級のエリクサー?
私が? 魔力ゼロの無能なのに?
イグニスと名乗った美女は、優雅な足取りで私に近づいてくる。
食べられる。そう思って身をすくませた私を――イグニスは、その柔らかい両腕で力強く、そして壊れ物を扱うように優しく抱きしめた。
「っ……!?」
顔が豊かな胸元に埋もれ、甘い香りと信じられないほどの温もりが私を包み込む。
「ふふ、震えなくてもよい。愛い奴め。そのボロボロの服……一族から見放され、こんな森へ捨てられたのだろう? もう安心しろ」
頭を優しく撫でる手。
今まで、両親にすらこんな風に優しく触れられたことなどなかった。
「命の恩人よ。お前のことは、今日から私が世界で一番甘やかしてやろう」
耳元で囁かれたその甘い声に、私は生まれて初めて、安心から涙をこぼしたのだった。
私自身も気づいていない、万物を限界突破させるチートスキル【万物昇華】。
無能と呼ばれた私が、最強の竜のお姉様に溺愛されながら辺境でスローライフを送ることになるのは、ここからすぐ後の話である。
【作者より】
ここまでお読みいただきありがとうございます!
無自覚チートなクロエ、過保護な最強神獣のお姉様、そして冷酷だけどクロエにだけはデレデレな辺境伯の辺境スローライフがここから本格的に始まります!
「クロエに幸せになってほしい!」「辺境伯のギャップが可愛い!」「ざまぁが楽しみ!」と思っていただけましたら、ぜひ画面下の【☆】をポチッと押して応援していただけると、毎日の更新の励みになります!ブックマークもよろしくお願いします!




