極限の神域錬成(アルケミー・オーバー)。――三人の魂が紡ぐ奇跡と、たった一人で国に抗う反逆の騎士
極限の神域錬成。――三人の魂が紡ぐ奇跡と、たった一人で国に抗う反逆の騎士
灰色の雲が垂れ込める、辺境都市シュヴァルツの国境。
王都から派遣された三百名規模の精鋭からなる『討伐部隊』の足が、その場所でピタリと止まっていた。
「……正気か、レオンハルト閣下! 貴殿は自分が何をしているのか分かっているのか!」
討伐部隊の指揮官が、馬上で血相を変えて叫んだ。
彼らの進行ルートである峠道。そのど真ん中に、漆黒の大剣を地面に突き立てた一人の男が、まるで巨大な城壁のように立ち塞がっていたからだ。
「ええ、理解していますよ。……私が今、王都からの勅命に逆らっているということを」
レオンハルトは、淡々とした声で答えた。
彼の背後には、彼が守るべき辺境の街がある。黒死灰という奇病に苦しみながらも、必死に生きようとしている領民たちがいる。
「国を守るために、感染した領民を村ごと焼き払う。……確かにそれは、為政者として『正しい』決断なのかもしれない」
レオンハルトは、ゆっくりと大剣を構え直した。
その瞬間、彼の全身から身を切るような絶対零度の冷気が噴き出し、周囲の草木が一瞬にして凍りつく。
「だが、俺はもう、ただの冷酷な『氷の死神』ではない。愛する女が、自分の命を削って救おうとしている命を……理屈で切り捨てるような、愚かな真似は絶対にしない」
ギリッ、と大剣の柄を握り込む。
「俺は辺境の盾。俺の領民には、指一本触れさせない。――ここから先へ進むというのなら、この俺を殺してからにしろ」
――『永久氷結』。
レオンハルトが剣を振るうと同時に、地響きと共に巨大な氷の壁が隆起し、峠道を完全に封鎖した。
三百人の正規軍を相手に、たった一人で刃を向ける。
それは、不器用な騎士が、己のすべてを捨てて『一人の男』としての覚悟を貫いた瞬間だった。
* * *
同じ頃。シュヴァルツの錬金工房。
「クロエ、魔力回路が悲鳴を上げているぞ! これ以上の魔力制御は、お前の身体が壊れる!」
「大丈夫、です……っ! まだ、いけます!」
大鍋の前に立つ私の視界は、すでに極度の疲労と魔力枯渇によってぐらぐらと揺れていた。
鼻からツツーッと一筋の血が流れるが、それを拭う暇すらない。
黒死灰を根絶するための特効薬。そのベースとなる霊薬は完成しつつある。だが、どうしても最後のピースである『星光華』の到着を待たなければならなかった。
――ドンッ!!
その時、工房の扉が蹴り開けられた。
「……待た、せたな。嬢ちゃん」
そこに立っていたのは、龍魔呂さんだった。
だが、その姿を見て、私とイグニス様は息を呑んだ。
いつもは圧倒的な余裕を漂わせている彼の作業着が、泥と汗でドロドロに汚れ、荒い息を吐きながら膝をつきそうになっていたのだ。彼の身体から放たれる赤黒い闘気は、限界を超えて明滅している。
「龍魔呂さん!? その怪我は……」
「気にするな。……百年分の時間を、一晩で無理やり縮めるために、俺の『闘気』と『命』を、あの畑に全部注ぎ込んできただけだ」
龍魔呂さんはニヤリと笑うと、懐からボロボロの布に包まれた『根』を取り出し、ドンッとカウンターに置いた。
それは、ただの植物ではない。
龍魔呂さんが自身の命と神話級の農具を酷使し、極限まで魔力を注ぎ込んで育て上げた……文字通り、星の輝きを放つ『UR【神威の星光華】』だった。
「最高にイカれた大根に育ったぜ。……あとは、任せたぞ、天才」
龍魔呂さんはそう言い残し、ドサリとソファに倒れ込んで、いびきをかいて眠りに落ちてしまった。
限界まで命を削って、私との約束を守ってくれた。
彼の熱い想いが込められたその『星光華』を両手で包み込んだ瞬間、私の中にあった疲労は完全に吹き飛び、代わりに凄まじいまでの『執念』が燃え上がった。
「イグニス様。最高の素材が揃いました。……最後の仕上げに、入ります」
「ああ。龍魔呂の漢気、そしてお前のその狂気にも似た覚悟。姉として、最後まで全力で付き合ってやろう」
私は、星光華の根を大鍋へと放り込んだ。
鍋の中の液体が、激しく反応し、黒い瘴気のような泡を吹き始める。
病魔が、最後の抵抗をしているのだ。
「イグニス様、最大火力!! 『黒死灰』の呪いの概念そのものを、神獣の炎で焼き尽くしてください!!」
「承知した。我が最強の炎の洗礼、とくと味わえ!」
ゴォォォォォォォォッ!!
イグニス様の指先から、大気を歪ませるほどの超高温の『白銀の炎』が噴き出し、大鍋を包み込む。
「くっ……ぁぁぁぁっ!!」
凄まじい熱量と、暴れ狂う魔力の奔流。
私の全身の血管が浮き上がり、魔力回路が焼け焦げるような激痛が走る。
だが、絶対に手は止めない。
(レオンハルト様が、一人で戦ってくれている。龍魔呂さんが、命を削って素材を育ててくれた。イグニス様が、私のために炎を灯してくれている)
みんなの想いを、私が形にするんだ!
錬金術の神様が『不治の病』だと定めた理など、私の【万物昇華】で、粉々に叩き壊してやる!!
「私から、大切なものを、奪うなァァァァァァッ!!」
私は、ありったけの魔力と祈りを込め、大鍋に両手を突き出した。
私の才能のすべて。私の狂気のすべて。
限界を突破した、その先の領域へ。
「――【神域錬成】ッッ!!!」
カッ!!!!!
大鍋の中から、真昼の太陽すら飲み込むほどの、圧倒的な『黄金の光の柱』が噴き上がった。
その光は工房の屋根を突き抜け、分厚い灰色の雲を割り、シュヴァルツの街全体を神々しく照らし出した。
光が収まった後。
大鍋の中に残されていたのは、星屑を溶かし込んだような、眩く発光する奇跡の液体。
「……できた」
私は、震える手でそれを小瓶にすくい上げた。
黒死灰を完全に浄化し、灰になりかけた肉体を蘇らせる、正真正銘の『特効薬』。
「ハァッ……ハァッ……見事だ、クロエ。お前は本当に、私の誇り高き妹だ」
息を切らしたイグニス様が、汗を拭いながら微笑んだ。
「イグニス様、行きます。急いで、国境にいるレオンハルト様のところへ。そして、この街の上空へ!」
「ああ、乗れ!」
イグニス様の身体が眩い光に包まれ、巨大で美しい『真紅の火竜』の姿へと変貌する。
私はイグニス様の背中に飛び乗り、奇跡の雫が入った大瓶をしっかりと抱きしめた。
「レオンハルト様、待っていて。私が絶対に、あなたを『反逆者』になんてさせない!」
バサァァァァァァッ!!
イグニス様が巨大な翼を羽ばたかせ、私たちは朝焼けの空へと一直線に飛び立った。
たった一人で国軍に立ち向かう反逆の騎士のもとへ。
絶望に沈む辺境の街へ。
命を繋ぐ『癒やしの雨』を降らせるために。
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