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無能と追放された錬金令嬢、最強神獣(お姉様)に拾われる。辺境で工房を開いたら、冷血なはずの竜騎士様が毎日通ってくるのですが?  作者: 月神世一


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可愛い悪友と、忍び寄る黒い影。――万能のポーションが効かない『奇病』の足音

可愛い悪友と、忍び寄る黒い影。――万能のポーションが効かない『奇病』の足音

「いや……正直、驚いたが……とても似合っている。クロエが選んだのか?」

 秋の涼しい風が吹き抜ける、辺境都市シュヴァルツのメインストリート。

 パトロール中に偶然合流したレオンハルト様が、漆黒のブラウスとタイトスカートに身を包んだイグニス様を見て、目を丸くしながらも真っ直ぐに称賛の言葉を口にした。

「ふ、ふんっ。人間の服飾技術も、まあ、少しは認めてやってもいい。クロエがどうしてもと言うから着てやっただけだ」

 イグニス様はツンとそっぽを向きながらも、口元を隠す仕草はどこか照れくさそうだ。

 普段はバチバチと火花を散らしている二人だけれど、今日ばかりはレオンハルト様も「そうか。お前が普通の服を着てくれると、俺も隣を歩いていて目立たずに済むから助かる」と、穏やかな笑みを浮かべていた。

「レオンハルト様、イグニス様、とっても綺麗ですよね! 龍魔呂さんが『せっかくの美人が台無しだ』って言ったのがきっかけなんですけど、お洋服を選んでいる時、私まで凄く楽しくなっちゃって……」

「龍魔呂が?」

 レオンハルト様が少し驚いたように眉を上げた。

「あいつらしいな。……だが、クロエ。君も今日は、いつも以上に可愛らしいぞ。その髪飾り、新しく買ったのか?」

「えっ?」

 私が無意識に頭に触れると、そこには先ほどブティックでイグニス様が「私だけ着飾るのは不公平だ」と言って、強引に買ってくれた銀細工のヘアピンが輝いていた。

「あ、はい……っ! イグニス様からのプレゼントなんです」

「とても似合っている。君の銀糸のような髪によく映える」

 レオンハルト様は、周りに大勢の領民がいるのも気にせず、ふわりと優しく微笑んで私の髪を撫でてくれた。

 大きくて温かい手。その感触に、顔がカァッと熱くなる。

 横ではイグニス様が「おい発情期、白昼堂々我が妹に発情するな」とジト目を向けているが、その声にもいつものような殺気はない。

(ふふっ。なんだか、本当の家族みたい……)

 温かくて、騒がしくて、心から安らげる時間。

 王都での過酷な日々が嘘のように、今の私はこの辺境の街で、信じられないほどの幸せを噛み締めていた。

 この平穏な日常が、明日も明後日も、ずっと続いていくのだと信じて疑わなかった。

 ――キャアァァァァァァッ!!

 突如。

 楽しげな喧騒を引き裂くように、街の裏通りから悲痛な悲鳴が響き渡った。

「ッ!」

 瞬時に、レオンハルト様の目から穏やかな光が消え、絶対零度の『騎士』の顔へと切り替わる。

 イグニス様も即座に私の前に立ち塞がり、周囲への警戒を強めた。

「レオンハルト様! 今のは……」

「クロエ、イグニス! 俺の背中から離れるなよ!」

 私たちは、悲鳴が上がった裏通りへと急いで駆け出した。

 薄暗い石畳の路地裏には、数人の領民たちが青ざめた顔で立ち尽くし、その中心で一人の女性が泣き叫んでいた。

「お母さん! お母さん、しっかりして! 誰か、誰か助けて……っ!」

 地面に倒れ伏しているのは、白髪の老婆だった。

 苦しそうに胸をかきむしり、ヒュー、ヒューと浅く掠れた呼吸を繰り返している。

「道を開けろ! 何があった!?」

 レオンハルト様が声を張り上げると、領民たちがハッとして道を譲った。

「か、閣下! いきなりこのお婆さんが、血を吐いて倒れて……っ!」

「魔物に襲われた形跡はない。だが、この尋常ではない苦しみ方は……」

 私は、倒れている老婆の元へ迷わず駆け寄った。

「クロエ! 不用意に近づくのは危険だ!」

「大丈夫です、レオンハルト様。私は錬金術師です、怪我や病気の処置ならできます!」

 私はエプロンのポケットから、常に持ち歩いている『特製ポーション(神話級)』の小瓶を取り出した。

 私の【万物昇華】によって作られたこのポーションは、どんな深い傷も、あらゆる毒すらも瞬時に浄化する奇跡の霊薬だ。

「おばあさん、これを飲んでください。すぐに楽になりますから……!」

 私は老婆を抱き起こし、震えるその口元にポーションを含ませた。

 黄金の液体が、老婆の喉を通っていく。

 通常であれば、飲んだ瞬間に体が黄金の光に包まれ、たちまち元気になって立ち上がるはずだった。

 ……しかし。

「え……?」

 老婆の苦しげな呼吸は、少しだけ穏やかになったものの、完全に回復する様子はない。

 それどころか。

「クロエ様……! 母の、母の腕が……っ!」

「なっ……!?」

 女性が悲鳴のように指差した先。

 老婆がまくっていた袖口から覗く枯れ枝のような腕に、不気味なものが浮かび上がっていた。

 まるで、墨を落としたような、ドス黒い『斑点』。

 それは生き物のように蠢きながら、老婆の皮膚を侵食し、斑点の中心部からは、皮膚がパラパラと『灰』のように崩れ落ち始めていたのだ。

「そんな……! 私の、特級ポーションが効かない……!?」

 私は信じられない思いで、空になった小瓶を見つめた。

 魔力欠乏症も、猛毒も、一瞬で治してきた私の錬金術。それが、この謎の症状の前では『進行をほんの少し遅らせる』程度の効果しか発揮していない。

「……退け、クロエ」

 背後から、イグニス様が低い声で告げた。

 彼女は老婆の腕の『黒い斑点』を見た瞬間、黄金の瞳を針のように細め、ギリッと奥歯を噛み鳴らした。

「イグニス様、これは……病気じゃないんですか!?」

「ただの病ではない。……これは『呪い』だ。それも、大地そのものが腐り落ちる時に発生する、極めて悪質で致死的な瘴気毒……『黒死灰こくしかい』だ」

 黒死灰。

 その恐ろしい響きに、レオンハルト様が息を呑んだ。

「黒死灰だと……。おとぎ話や古文書に記されている、感染すれば数日で全身が灰となって崩れ落ちるという、死の奇病か!?」

「ああ。ポーションなどの『生命力』を注ぎ込めば、一時的に進行を遅らせることはできる。だが、根本的な治癒は不可能だ。……このままでは、数日以内にこの老婆は灰になって死ぬ。そして……」

 イグニス様の言葉が、路地裏の冷たい空気をさらに凍てつかせた。

「この呪いは、人から人へと感染する」

「――――ッ!!」

 その場にいた全員の顔から、一斉に血の気が引いた。

「ただちにこの周辺を封鎖しろ!!」

 レオンハルト様の、戦場に響き渡るような号令が飛んだ。

「老婆を隔離病棟へ運べ! 接触した者は全員、念のため別室に隔離し、ポーションを投与して経過を観察しろ! 騎士団を総動員し、街中に他に同じ症状の者がいないか徹底的に調べ上げろ!!」

「は、ははっ!!」

 周囲にいた非番の騎士たちが、慌ただしく動き始める。

 為政者として、辺境伯としてのレオンハルト様の的確で冷徹な指示。だが、その横顔には、かつて見たことがないほどの焦燥と絶望の色が浮かんでいた。

(嘘……。そんな、治らない病気なんて……)

 隔離病棟へと運ばれていく老婆と、泣き叫ぶ娘さんの姿を見つめながら、私は自分の両手をギュッと握りしめた。

 私が調合した、最強のはずのポーションが、役に立たなかった。

 錬金術師としての無力感が、重く心にのしかかる。

 もし、この『黒死灰』が街中に広がってしまったら?

 笑顔を取り戻したこの街の人々が、全員、灰になって消えてしまう……?

「……クロエ。顔色が悪い。ひとまず館へ戻ろう」

 レオンハルト様が、私の肩をそっと抱き寄せてくれた。

 彼の体温を感じて、私はハッとして顔を上げた。

 ――『自分の力にビビってんじゃねぇ。お前の力は本物だ。もっと胸張れや、クロエ』

 脳裏に蘇ったのは、王都へ向かう前、龍魔呂さんが言ってくれた力強い言葉だった。

 そうだ。私はもう、ただ後ろで怯えているだけの令嬢じゃない。

 私の錬金術は、誰かを守るためのものだ。ポーションが効かないのなら、効く薬を作ればいい。材料が足りないなら、探し出せばいい。

「……レオンハルト様。私、工房に戻ります」

「クロエ? だが、今の君は……」

「私、絶対に治します。この病気を……呪いを解くための薬を、錬金術師として、必ず作り出してみせます」

 私が真っ直ぐに見上げて宣言すると、レオンハルト様は驚いたように目を見開き、やがて、深く頷いた。

「……分かった。俺も、領主としてできる限りの手を尽くす。君の錬金術の知識が必要になる。頼むぞ、クロエ」

「はいっ!」

 平和な日常は、唐突に終わりを告げた。

 『黒死灰』という、武力では決して斬り伏せることのできない見えない脅威。

 辺境都市シュヴァルツを、いや、この世界全土を飲み込みかねない絶望を前に……天才錬金術師としての私の、本当の戦いが幕を開けようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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