さようなら、私の過去。――帰るべき場所と、不器用な騎士様との甘い帰路
さようなら、私の過去。――帰るべき場所と、不器用な騎士様との甘い帰路
アルジェント伯爵家の完全なる崩壊劇から、数日が過ぎた。
王家を欺き、特級ポーションの偽造と暗殺者ギルドの使嗾という大罪を犯した父親と義母、そしてミレーヌは、王族の怒りを買い、即日地下牢へと投獄された。
爵位は剥奪され、財産はすべて没収。彼らがこれから一生、冷たく暗い地下牢の中で自分たちの犯した罪と向き合い続けることになるという知らせを聞いても、私の心に浮かんだのは、ただ静かな安堵だけだった。
「嬢ちゃん、本当にこれでよかったのか? 俺が『創世のクワ』で、あのクソ親父どもの牢屋ごと王城を更地にしてやってもよかったんだぜ?」
王都の正門前。
西日に照らされる中、ブラックスーツのネクタイを緩め、タバコをふかしながら尋ねてきたのは、龍魔呂さんだった。
「ふふっ、ありがとうございます。でも、もう十分です。彼らは錬金術を軽んじ、嘘をついた結果、すべてを失った。私にとっての過去の鎖は、もう完全に断ち切れましたから」
私が晴れやかな笑顔で答えると、龍魔呂さんはフッと優しく笑い、私の頭をポンポンと撫でた。
「そうか。……なら、いいツラになったな。もう、ただ怯えてただけの小動物じゃねぇ。立派な、一人の錬金術師だ」
「はい! 龍魔呂さんのおかげです。私に『努力は嘘をつかない』って教えてくれたから……私、自分の力を信じることができました」
私が深く頭を下げると、龍魔呂さんは「へっ」と照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
「俺は当たり前のことを言っただけだ。……さてと、俺はポポロ村に帰るぜ。月見大根の収穫時期がズレちまうと、味が落ちるからな。外道どもをぶっ飛ばして、少しは土の神様への義理も果たせただろ」
「また、美味しいお野菜を買いに行ってもいいですか?」
「おう。いつでも来な。とびきりの豚汁を作って待っててやるよ」
龍魔呂さんがそう言って、何もない空間に手を伸ばした。
すると、虚空から謎の木箱の幻影が現れ、そこから――異世界の乗り物である『軽トラ(神界魔改造仕様)』が、ドゴォォン!というけたたましいエンジン音と共に飛び出してきたのだ。
「な、なんだあの鉄の箱は!? 馬もいないのに、恐ろしい爆音と闘気を放っているぞ!?」
レオンハルト様が驚愕して大剣を抜きかけ、イグニス様も「ほう、面白い魔導具だな」と興味津々に目を光らせている。
「じゃあな、嬢ちゃん、お坊ちゃん騎士、竜の姉ちゃん! 達者でな!」
龍魔呂さんは軽トラの運転席に乗り込むと、窓から手を出してひらひらと振り、そのまま土煙を上げてポポロ村の方向へと爆走していった。
あまりにも嵐のような、規格外すぎる『漢』の背中。
でも、彼の温かい言葉と、最高に美味しい野菜の味は、私の心に一生残る大切な宝物になった。
* * *
「……クロエ。そろそろ、我々も帰ろうか。君の『居場所』へ」
レオンハルト様の優しく響く声に、私は弾かれたように顔を向け、大きく頷いた。
私たちが乗り込んだのは、辺境伯家が用意した最高級の大型馬車だ。
王都を出発し、馬車が街道を北へと進む頃には、空には満天の星が瞬き始めていた。
「ふぁ……。王城での小芝居で、少し退屈したせいか眠くなってきたぞ」
向かいの席に座っていたイグニス様が、大きなあくびをした。
「イグニス様、お疲れですか?」
「あぁ。それに、今回はお前が自分自身の力で過去を乗り越えたのだ。姉である私が出張る幕はもうないだろう。……クロエ、少し膝を貸せ。私は一眠りさせてもらう」
そう言うと、イグニス様はポンッという音と共に、手のひらサイズの可愛らしい『ミニ火竜』の姿へと変身し、私の膝の上にちょこんと乗って丸くなってしまった。
スースーと規則正しい寝息を立てるイグニス様。その背中をそっと撫でながら、私はふと顔を上げた。
向かいの席には、私服姿のレオンハルト様が座っている。
イグニス様が寝てしまったことで、馬車の中は実質、私と彼との『二人きり』の空間になっていた。
「…………」
「…………」
静かな車内に、車輪が回る音と、馬の蹄の音だけが響く。
なんだか、急に緊張してきてしまった。
王城での私は、アドレナリンが出まくっていて強気に言い返すことができたけれど、いざこうして二人きりになると、彼がどれだけカッコよくて、どれだけ私を真っ直ぐに想ってくれているかがダイレクトに伝わってきて、顔が熱くなる。
「……クロエ」
沈黙を破ったのは、レオンハルト様だった。
彼はスッと立ち上がると、向かいの席から私の隣へと移動してきて、腰を下ろした。
「ひゃっ!? れ、レオンハルト様……?」
「本当に、よく頑張ったな」
彼がそっと、私の肩に腕を回し、自分の胸へと引き寄せた。
硬く鍛え上げられた胸板の感触と、彼から香る爽やかな石鹸のような匂いに包み込まれ、心臓が壊れそうなほど早鐘を打つ。
「王城での君は、誰よりも気高く、美しかった。君の強さと、君がこれまで積み上げてきた錬金術の凄さを、俺は心から誇りに思う」
「っ……」
その優しすぎる声を聞いた瞬間。
張り詰めていた緊張の糸が、プツリと切れた。
ずっと、怖かったのだ。
本当は、お父様に怒鳴られた時、昔のように地下室へ連れ戻されるんじゃないかって、足が震えていた。
でも、レオンハルト様たちが背中にいてくれたから。私を信じてくれたから、私は立っていられた。
「……ぐすっ。私、本当は、すごく怖かったんです」
我慢していた涙が、ポロポロとこぼれ落ちる。
「誰も助けてくれない、あの暗い家に、また戻らなきゃいけないのかなって……。でも、もう、そんなことないんですよね。私には、帰る場所があるんですよね……っ」
泣きじゃくる私の背中を、レオンハルト様は大きな手で優しく、何度も何度も撫でてくれた。
「ああ。君はもう、一人じゃない。俺が絶対に、君をあの暗闇には戻さない」
彼の熱い吐息が、耳元に触れる。
「俺は、君に出会ってから、世界が色鮮やかに見えるようになった。君の作るご飯を食べて、君の笑った顔を見て、君の隣にいるだけで……俺の氷のような心は、すっかり溶かされてしまった」
レオンハルト様は私の肩を抱く手に力を込め、真剣な、ブルーの瞳で私を見つめ下ろした。
「クロエ。俺の隣で、ずっと一緒に生きてほしい。……俺は、一生君を手放すつもりはない」
「っ……! はい……っ!」
私は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、彼の胸に顔を埋めた。
彼ほどの素晴らしい騎士が、私のような者をこんなにも深く愛してくれている。
それが嬉しくて、くすぐったくて、胸の中が幸せでいっぱいになって、弾けそうだった。
膝の上で丸くなっているイグニス様も、寝たふりをしながら微かに「ふふっ」と笑って尻尾を振っていたのを、私は気づかないふりをした。
* * *
数日後。
私たちの馬車は、無事に辺境都市シュヴァルツへと到着した。
「クロエ様ぁっ! おかえりなさいませ!」
「女神様が帰還されたぞーっ! 万歳!!」
街の正門では、私たちが王都でアルジェント伯爵家の陰謀を打ち砕いたという知らせをすでに受けていた領民や騎士団の皆様が、大歓声と花吹雪で出迎えてくれた。
「わぁ……みんな、待っててくれたんだ……!」
馬車の窓から手を振ると、メイド長さんや若手騎士さんたちが嬉し泣きしながら手を振り返してくる。
「当然だろう。君は、このシュヴァルツにとってなくてはならない『女神』なのだから」
隣に立つレオンハルト様が、誇らしげに微笑んだ。
私、クロエ。
無能だと家族に捨てられ、追放された錬金術師。
だけど今、私は世界で一番幸せだ。
最高の仲間たちと、私を必要としてくれる温かい居場所。そして、私を溺愛してくれる不器用な騎士様と、過保護なお姉様がいる。
「……ただいま!」
突き抜けるような青空に向かって、私は満面の笑みで叫んだ。
これからも私は、この大好きな辺境の街で、みんなの笑顔を守るために錬金術を続けていく。
無自覚チート錬金術師の、賑やかで幸せすぎる辺境スローライフは、まだまだこれからも続いていくのだ!
【作者より】
ここまで「第二章」を最後までお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました!!
実家との因縁を完全に断ち切り、過去のトラウマを乗り越えたクロエ。
規格外の助っ人・龍魔呂アニキとの熱い別れ(軽トラ召喚)から、帰りの馬車でのレオンハルト様との甘々な時間……第二章のクライマックス、いかがでしたでしょうか。
泣きじゃくるクロエを抱きしめる辺境伯様のストレートな溺愛宣言、そして寝たふりをして二人を見守るイグニスお姉様。最高の関係性ですね。
無自覚で怯えていたヒロインは、自分の足で立ち、最強の仲間たちと共に本当の『居場所』へと帰還しました。これにて、第二章はハッピーエンドで完結となります!
そして続く【第三章】では!
ついに両思い(?)となったクロエとレオンハルト様の、糖度1000%のラブコメ甘々スローライフが本格的にスタート!
さらに、他国のクセの強い王族たちがクロエのポーションを求めて辺境に押し寄せ、またしてもイグニスお姉様が火を噴く大騒ぎに……!?
「ざまぁスカッとした!」「馬車のシーン尊い!」「龍魔呂また出てほしい!」「第三章のイチャイチャが楽しみ!」と思っていただけました読者様!
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