「お前の力は本物だ。胸張れや」――異世界のヤンキー農家に諭され、天才錬金術師はついに覚醒する
「お前の力は本物だ。胸張れや」――異世界のヤンキー農家に諭され、天才錬金術師はついに覚醒する
生暖かい風が、ポポロ村の畑を撫でた。
しかし、その風が運んできたのは、豊穣な土の匂いでも、青々とした葉の香りでもなかった。
「……甘ったるい、腐臭」
レオンハルト様が漆黒の長剣を抜き放ち、私たちを庇うように前に出る。
彼の視線の先、村を囲む森の奥から、不気味な『紫色の霧』が音もなく這い寄ってきていた。
「毒霧か。コソコソとネズミのように隠れていないで、堂々と姿を現したらどうだ!」
イグニス様が紅蓮の炎を右手に灯し、森に向かって威嚇の声を上げる。
だが、霧の中から返事はなく、代わりにカサリ、カサリと、草を踏む多数の足音だけが包囲を狭めてくるのがわかった。
「……ッ」
その紫色の霧の匂いを嗅いだ瞬間。
私の心臓は、氷の塊を飲み込んだように冷たく凍りついた。
間違いない。この甘ったるくて、僅かに鉄の錆びたような匂いが混ざる毒は。
「『夜魔の微睡み』……」
「クロエ? 知っているのか?」
「……はい。吸い込めば数秒で全身の神経が麻痺し、魔力すら強制的に遮断される強力な昏睡毒。私が、実家の地下室で作らされていた……アルジェント伯爵家特製の、暗殺用アイテムです」
震える声でそう告げた瞬間、レオンハルト様の顔に明確な殺意が走った。
「君の実家が、このポポロ村に暗殺部隊を差し向けたというのか!? 君を連れ戻すために……こんな無関係な村を巻き込んで!」
「私の、せいで……っ」
血の気が引いていくのがわかった。
お父様たちは、私が辺境で生きていることを知ったのだ。そして、特級ポーションを作るための『道具』として、私を強制的に連れ戻そうとしている。
そのためなら、この平和なポポロ村の村人たちを毒で眠らせ、皆殺しにすることも厭わないのだろう。
「どうしよう……。私のせいで、皆さんが巻き込まれちゃう。レオンハルト様も、イグニス様も、龍魔呂さんの畑も……」
恐怖と罪悪感で、足の震えが止まらなくなる。
やっぱり、私みたいな魔力ゼロの無能が、お店を開いて幸せになろうだなんて分不相応だったんだ。
私が変なチートで目立ってしまったから、みんなを危険な目に――。
ドンッ。
パニックになりかけていた私の頭に、大きく、無骨で温かい手が乗せられた。
「……嬢ちゃん。勝手に自分のことをゴミみたいに卑下してんじゃねぇぞ」
見上げると、タバコをふかした龍魔呂さんが、極道のような鋭い、けれどどこまでも真っ直ぐな目で私を見下ろしていた。
「龍魔呂、さん……。でも、私には魔力がありません。ただの雑草を混ぜてるだけで、チートみたいな力が勝手にアイテムを凄くしてるだけで……私自身の力なんて、本当は空っぽで……」
泣きそうになりながら本音を吐露する私に、龍魔呂さんはフッと鼻で笑い、先ほど空になったばかりの豚汁の巨大な鍋を指差した。
「空っぽなわけあるか。あの豚汁、最高に美味かったぜ。あれはチートの力か?」
「え……?」
「違うだろ。お前は野菜の切り方を見て、火の通り具合を計算して、一番旨味が引き立つ絶妙なタイミングで味噌とスパイスを入れた。錬金術だか何だか知らねぇが、あの味の『土台』を作ったのは、間違いなくお前自身の知識と技術だ」
龍魔呂さんの言葉が、ストンと胸の奥に落ちてくる。
「土と野菜は嘘をつかねぇ。手抜きをすれば腐るし、愛情と手間をかければ最高の味になる。お前の錬金術も同じだろ。誰にも見られない地下室で、てめぇがどれだけ泥水すすって努力してきたか……お前が作ったもんの輝きを見りゃ、俺には分かる」
龍魔呂さんは、私の頭をポンポンと少し乱暴に撫でた。
「あの馬鹿げたオーラは、ただのオマケだ。お前が積み上げてきた『努力』って名の種が、デカく実っただけだ。……自分の力にビビってんじゃねぇ。お前の力は本物だ。もっと胸張れや、クロエ」
――お前の力は本物だ。
その一言が、暗闇に閉ざされていた私の心に、眩い光を差し込ませた。
(……そうだ)
魔力がなくても。家族から無能だと蔑まれても。
私は地下室で、カビの生えた古い錬金術の魔導書をボロボロになるまで読み込んだ。
薬草の成分を限界まで抽出するために、温度管理を徹底し、抽出のタイミングを秒単位で計算し尽くしてきた。
私の【万物昇華】は、ただのゼロを百にする力じゃない。私が血のにじむような思いで作り上げた『土台』を、限界突破させてくれていたに過ぎないのだ。
「……私、逃げません」
私はギュッと両手を握りしめ、顔を上げた。
もう足の震えは止まっていた。
私は、私自身の錬金術を、私が積み上げてきた時間を、信じる。
「クロエ……?」
レオンハルト様が、驚いたように私を見る。
「レオンハルト様、イグニス様、龍魔呂さん。どうか、少しだけ息を止めていてください」
私はエプロンのポケットから、数種類の小さなガラス瓶を取り出した。
相手が使ってきた『夜魔の微睡み』の調合レシピは、私が一番よく知っている。なら、それを中和する解毒のレシピも、私の頭の中に完璧に組み上がっていた。
「『夜魔の微睡み』はアルカリ性の魔力毒。中和するには、酸性の陽薬草の抽出液と、水魔石の粉末を『3対1』の割合で、瞬間的に気化させて……!」
私は二つの小瓶の中身を空中で正確に混ぜ合わせ、錬金術師としての意志を込めて、力強く地面に叩きつけた。
パシィィィンッ!!
瓶が割れた瞬間。
――ぽわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!
強烈な黄金の光と共に、清浄なミントのような香りを放つ『光の風』が、爆発的な勢いで全方位へと広がっていった。
私の錬金術の技術と、万物昇華のチートが完全に噛み合って生み出された『神話級・広域解毒の風』。
それは、村を包み込もうとしていた紫色の毒霧を、わずか数秒で完全に中和し、一瞬にして澄み切った空気へと浄化してしまったのである。
「なっ……!? 毒霧が、消えただと!?」
森の奥から、驚愕の叫び声が上がった。
毒による奇襲が失敗したことで、痺れを切らした暗殺者たちが、ついにその姿を現した。
黒装束に身を包んだ、数十人の男たち。
彼らは森から飛び出し、私たちを包囲するように陣形を組む。
「チッ、面倒な。標的はあの銀髪の女だ! 生け捕りにしろ! 他の連中は皆殺しにして構わ――」
暗殺者のリーダーらしき男が命令を下そうとした、その時だった。
――ミシッ。
暗殺者の一人が、踏み出した足元。
そこは、龍魔呂さんが手塩にかけて育て、あと数日で最高の収穫時期を迎えようとしていた『月見大根』のふかふかの畝だった。
黒いブーツが、無惨にも瑞々しい葉を踏みにじり、大根の白い肌に泥のついた足跡をつける。
「…………あ?」
ピタリ、と。
その場の空気が、絶対零度よりも冷たく、そして地獄の底よりも重く、凍りついた。
龍魔呂さんが、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、先ほどまでの気のいいヤンキーの兄ちゃんの面影は微塵もない。
そこにあるのは、自らの『命』とも言える作物を踏みにじられた、純度百パーセントの【殺意】だけだった。
「……おい、ゴミクズども。てめぇら、今、何を踏んだ?」
ゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォ……ッ!!
龍魔呂さんの全身から、空を焦がすほどの『赤黒い禍々しい闘気』が、嵐のように噴き上がった。
そのあまりのプレッシャーに、一流の暗殺者たちが「ひぃっ!?」と情けない悲鳴を上げて一歩後ずさる。
「てめぇらの薄汚ぇ命より価値のある、俺の野菜を踏みにじりやがったな。……万死に値するぜ、外道ども」
龍魔呂さんが、ポケットから真鍮製のオイルライターを取り出す。
――カチッ……ジ、ボッ。
静かな畑に響き渡る、その冷酷な着火音。
それは、異世界のヤンキー農家による、外道どもへの【処刑の合図】であった。
「……クロエ。君は本当に、最高の錬金術師だ。君の作ってくれたこの清浄な空気の中でなら、存分に剣が振るえる」
レオンハルト様もまた、漆黒の大剣に絶対零度の冷気を纏わせ、氷の死神の顔で暗殺者たちを見据えた。
イグニス様も楽しそうに紅蓮の炎を渦巻かせている。
「さあ、始めようか。我が妹の平穏を脅かし、極上の野菜を泥で汚した馬鹿どもへの、徹底的な教育の時間を」
私を縛り付けていた『無能』という呪いは、もう完全に解けた。
私はもう、ただ後ろに隠れて震えているだけの令嬢じゃない。
ここからは。
最強の漢たちと神獣のお姉様による、王都の暗殺者たちに対する【完全無欠のオーバーキル(ざまぁ)】の時間の始まりだ。
読んでいただきありがとうございます。
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