畑の真ん中にヤクザ!? ――現れたのは、凄絶なオーラを放つ『異世界のヤンキー農家』でした
畑の真ん中にヤクザ!? ――現れたのは、凄絶なオーラを放つ『異世界のヤンキー農家』でした
キャルル村長に教えられた通り、私たちはポポロ村の中心部を抜け、村の外れにある広大な農地へと向かっていた。
「わぁ……すごい。見渡す限りの畑ですね!」
思わず歓声を上げてしまう。
風に揺れる青々とした葉。さんさんと降り注ぐ太陽の光を浴びて、畑の作物たちは生命力に満ち溢れていた。
ここには、王都の貴族たちが珍重する『陽薬草』や、魔力をたっぷり含んだ『月見大根』、それに庶民の味方である『太陽芋』など、錬金術の素材としても超一級品の植物たちがずらりと並んでいる。
「これだけ環境が良ければ、質の高い素材が育つのも頷ける。……だが、クロエ。俺の側から離れないでくれよ」
私服姿のレオンハルト様が、周囲に鋭い視線を配りながら私を庇うように歩く。
ここは絶対緩衝地帯とはいえ、何が起こるか分からない。彼の過保護とも言える警戒心は、騎士としての本能なのだろう。
「ふん。お前が守るまでもない。我が可愛いクロエに近づく害虫は、私がこの炎で――」
「イグニス様! 畑で火を吹いたら、せっかくの作物が全部灰になっちゃいますから絶対ダメですよ!?」
右手に物騒な紅蓮の炎を灯しかけたお姉様を、私は慌てて止めた。
そんな賑やかなやり取りをしながら農道を進んでいくと、やがて、ひときわ土の色が黒く、ふかふかに耕されている美しい畑が見えてきた。
「あ、あそこじゃないでしょうか? キャルルさんが言っていた、村一番の農家さんの畑……」
私が指差した先。
広大な畑の真ん中で、一人の大柄な男がクワを振るっていた。
――しかし。
その男の姿を捉えた瞬間、レオンハルト様の顔色が一変した。
「……ッ! クロエ、下がれ!!」
シャキンッ!
鋭い金属音と共に、レオンハルト様が腰に帯びていた長剣を半分引き抜き、私の前に立ち塞がった。
彼の全身から、張り詰めた氷のような剣気が立ち昇る。先ほどの穏やかな雰囲気から一転、完全に『戦場』の顔だった。
「えっ……? レオンハルト様?」
「……ほう。ただの人間かと思ったが、随分と面白い『闘気』を纏っているではないか」
イグニス様もまた、目を細めて黄金の瞳をギラリと光らせた。
二人の異常な警戒心に、私は恐る恐る、畑の真ん中にいる男へと視線を向けた。
身長は190センチ近くあるだろうか。レオンハルト様にも引けを取らない、無駄な肉が一切ない鋼のように鍛え上げられた巨躯。
頭には作業用の手ぬぐいをバンダナのように巻き、動きやすい作業着に土で汚れたブーツを履いている。
パッと見は、ただの農作業をしている屈強な青年だ。
だが、その男から放たれている『オーラ』が、完全に異常だった。
男がクワを振るう手を止め、ふぅと息を吐きながら顔を上げる。
鋭く、彫りの深い顔立ち。その眼光は、まるで獲物を睨みつける肉食獣……いや、裏社会を束ねる『極道の若頭』のように、凄絶なまでの圧迫感を放っていたのだ。
「…………」
男は無言のまま、ポケットから赤い箱を取り出し、一本の煙草――マルボロ赤――をくわえた。
そして、真鍮製のオイルライターを取り出す。
――カチッ……ジ、ボッ。
静かな畑に、金属が擦れる冷たい音と、火が点く音が響いた。
ただそれだけの動作なのに、男の身体から『赤黒い禍々しい闘気』がゆらりと立ち昇ったように見えた。
ゾクリ、と背筋が凍るような威圧感。
それは、スタンピードの時に現れた巨大なアース・ドラゴンよりも、ずっと重く、恐ろしい気配だった。
「何者だ……。ただの農民が、これほどの闘気と殺気を放つはずがない。三大国家のいずれかが送り込んだ暗殺者か……?」
レオンハルト様が、いつでも斬りかかれるように腰を落とす。
「あぁ?」
男が、こちらに気づいた。
紫煙を吐き出しながら、ヤクザ映画も顔負けの鋭い三白眼で、私たちをギロリと睨みつけてくる。
「なんだ、てめぇら。……俺の畑に、何の用だ」
低く、ドスの効いた声。
明らかに『カタギ』ではない。絶対に目を合わせちゃいけないタイプの、超絶ヤンキー総長のような迫力だ。
「……クロエを下がらせろ。俺が斬る」
「待ちなさい、発情期。ここは私が――」
「わぁぁっ!! すごい!!」
レオンハルト様とイグニス様が一触即発の臨戦態勢に入ろうとした、その瞬間。
私は二人の間をすり抜け、男のいる畑のすぐ目の前まで駆け出していた。
「ク、クロエ!?」
「バカ、戻れクロエ!」
後ろで二人が慌てて叫ぶのも耳に入らないほど、私は目の前の光景に釘付けになっていた。
「すごい……なんて綺麗な土……! それにこの陽薬草、葉っぱの厚みも魔力の濃さも、王都の図鑑で見た最高級品よりずっと上です!」
私はしゃがみ込み、畑の土をそっと両手で掬い上げた。
空気を含んでふかふかに耕された、黒く豊かな土。無駄な雑草は一切なく、作物たちが一番心地よく育つ環境が、完璧に計算され尽くしている。
「これ、全部あなたが一人で育てたんですか!? すごい、すごすぎます! これだけの状態を保つなんて、どれだけの愛情と手間をかけたら……っ!」
私は興奮のあまり、恐ろしい男の顔を真っ直ぐに見上げて、目をキラキラと輝かせた。
「あの! 私、クロエと言います! 錬金術師をしてるんですが、あなたの作ったこの素晴らしい作物を、ぜひ私に譲って――」
「…………あ?」
男が、タバコをくわえたまま、ポカンとした顔で私を見下ろした。
彼の背後では、レオンハルト様が青ざめた顔で「クロエから離れろ貴様ァ!」と剣を抜きかけ、イグニス様が「クロエに触れたら消し炭だ!」と炎を噴き出している。
絶対に殺される。普通の人間ならそう思うほどの極限状況だ。
だが、男は――。
「……ふっ」
不意に、その恐ろしい極道の顔を綻ばせ、クックッと低く笑い出したのだ。
「おもしれぇ嬢ちゃんだな。俺のこの『闘気』を前にして、ビビるどころか土と野菜を褒めちぎる奴は初めてだぜ」
男は吸いかけのタバコを携帯灰皿にポイッとしまい込むと、まとっていた赤黒い闘気をスッと引っ込めた。
すると、先ほどまでのヤクザの若頭のような恐ろしいオーラが嘘のように消え去り、そこには、少し無愛想だけれど、どこか清々しい顔をした一人の青年の姿があった。
「俺は龍魔呂。鬼神 龍魔呂だ。……嬢ちゃん、土の良さが分かるのか?」
「はい! これだけふかふかで、栄養が均等に行き渡っている土、王都の宮廷庭師でも作れません!」
「へへっ、違いの分かる女は嫌いじゃねぇぜ」
龍魔呂さんはニッと白い歯を見せて笑うと、足元に置いてあった『クワ』を手に取った。
それは、どこにでもあるような農具に見えたけれど……錬金術師である私の目には、そのクワから凄まじい『神話級』のオーラが放たれているのがはっきりと見えた。
「嬢ちゃん、よく見とけ。俺の相棒、『創世のクワ』の威力をな」
龍魔呂さんが、軽くクワを振りかぶって、固く締まった未開墾の地面へと振り下ろした。
ドゴォォォォォォンッ!!
――信じられない光景だった。
クワが地面に触れた瞬間、大地がまるで海が割れるように真っ二つに裂け、同時に硬い岩や土塊が一瞬にして粉砕され、極上の『ふかふかの土』へと自動的に変換されていったのだ!
「ええええええええっ!?」
私だけでなく、背後で剣を構えていたレオンハルト様とイグニス様も、目玉が飛び出そうなほど驚愕している。
「な、なんだあの馬鹿げた威力の農具は!? クワ一本で、大地を割っただと!?」
「あの男……只者ではないとは思っていたが、持っている道具まで規格外か!」
二人が戦慄する中、龍魔呂さんは平然とクワを肩に担ぎ直した。
「土と野菜は、絶対に嘘をつかねぇ。俺が手間をかければ、こいつらは最高の味と力で応えてくれる。……嬢ちゃんが本気で俺の野菜を求めるってんなら、売ってやらねぇこともねぇぞ」
「本当ですか!? ありがとうございます、龍魔呂さん!」
「ただし」
龍魔呂さんの目が、再びスッと細められた。
彼は私の背後にいる、レオンハルト様とイグニス様を顎でしゃくった。
「そっちの、物騒な剣を抜いてる騎士の兄ちゃんと、火を吹いてる赤髪の姉ちゃん。……俺は『カタギ』に迷惑かける奴と、挨拶もできねぇ無礼な奴は大嫌いなんだ。そいつらが俺の畑を荒らすようなら、容赦はしねぇぜ?」
ピリッ、と。
再び空気が張り詰める。龍魔呂さんの放つ『鬼の龍儀』のオーラが、レオンハルト様の剣気と真っ向からぶつかり合った。
「……クロエを傷つける気がないのなら、俺から剣を向けることはない。だが、貴様がクロエに指一本でも触れれば、その首を刎ねる」
「はっ。やってみろや、お坊ちゃん騎士。俺の『鉄板入り鞄』で、その綺麗な顔をペシャンコにしてやるよ」
バチバチバチッ!
ヤンキー総長と氷の死神が、至近距離で凄まじい火花を散らしている。
なんだか、イグニス様とレオンハルト様が言い争っている時よりも、ずっと危険な空気が漂っていた。
「あ、あわわわ……っ」
「まあまあ、二人とも。クロエが困っているではないか」
意外なことに、その場を収めたのはイグニス様だった。
彼女は面白そうにクックッと笑いながら、龍魔呂さんの前に進み出た。
「竜である私の覇気を前にして、一歩も引かぬその胆力。ただの人間ではないな。……気に入った。お前が育てたその極上の野菜、クロエのために存分に買い取らせてもらおうではないか」
「……へっ。竜の姉ちゃんか。あんた、いいツラ構えしてんな」
龍魔呂さんも、フッと闘気を収めてニヤリと笑い返した。
どうやら、強者同士の謎の『波長』のようなものが合ったらしい。取り残されたレオンハルト様だけが、「お、俺だけハブられていないか……?」と少し不満げに剣を鞘に収めた。
「よし、商談成立だ。嬢ちゃん、少し待ってな。今からとびきりの『太陽芋』と『月見大根』を収穫してやる。……腹、減ってんだろ?」
「えっ?」
「俺の育てた野菜の本当の凄さは、食ってみなきゃ分からねぇ。俺が直々に『特製・野菜たっぷり豚汁』を振る舞ってやるよ!」
ヤンキーのような見た目の龍魔呂さんが、ウキウキとした顔でそんな家庭的なことを言い出した。
なんだか、とんでもなく凄い人と出会ってしまった気がする。
この『農業を極めた異世界のヤンキー総長』こと龍魔呂さん。
彼が作るUR級の野菜と、私の無自覚チート【万物昇華】が合わさった時、とんでもない奇跡の化学反応が起きることになる。
そして――。
王都から私たちを狙って迫り来る闇の暗殺者たちが、この『絶対に怒らせてはいけない男』の逆鱗に触れ、地獄の果てまで後悔することになるのは、もう間もなくのことだった。
読んでいただきありがとうございます。
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