絶対緩衝地帯『ポポロ村』へ! ――出迎えてくれたのは、安全靴の村長さんとパンの耳をかじる人魚姫!?
絶対緩衝地帯『ポポロ村』へ! ――出迎えてくれたのは、安全靴の村長さんとパンの耳をかじる人魚姫!?
シュヴァルツ辺境伯領を出発した私たちの馬車は、のどかな街道を南西へと進んでいた。
「……あの、クロエ。顔に何かついているだろうか?」
「ひゃっ!? い、いえ! なんでもないです!」
向かいの席に座るレオンハルト様に声をかけられ、私は慌てて視線を逸らした。
今日のレオンハルト様は、いつもの漆黒のフルプレートアーマーでも、カッチリとした軍服でもない。
動きやすさを重視した、上質なダークブラウンの革のジャケットに、胸元が少し開いたラフなシャツ姿だった。お忍びの護衛ということで身分を隠すための私服らしいのだけれど……鍛え上げられた広い肩幅と長い足が強調されていて、無造作に流した黒髪も相まって、破壊的なまでに格好良かったのだ。
(だ、ダメだ……目のやり場に困る……っ)
私が顔を真っ赤にしてモジモジしていると、隣に座っていたイグニス様が「チッ」と舌打ちをした。
「おい発情期。クロエが困っているだろう。無駄にフェロモンを振り撒くな。少しは顔を隠したらどうだ?」
「俺は何もしていないだろう! それに、これはただの私服だ! お前こそ、その目立つ赤い髪とドレスをどうにかしろ!」
イグニス様は「フン、私はこれが至高なのだ」と全く意に介さない。
相変わらずのバチバチなやり取りに、私は緊張がほぐれてクスッと笑ってしまった。
こんな風に、大好きな人たちと一緒に穏やかな旅ができるなんて。少し前までは想像もできなかったことだ。
やがて馬車は、目的地である『ポポロ村』の入り口へと到着した。
「わぁ……すごい。のどかだけど、活気がある村ですね!」
馬車から降りた私は、目の前に広がる光景に目を丸くした。
ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国。三大国家のいずれにも属さない『絶対緩衝地帯』であるポポロ村。
広大な農地が広がり、澄んだ空気が心地よい。だが、ただの田舎村かと思いきや、村の中心部には『ルナキン(ファミレス)』や『タローソン(コンビニ)』、『タローマン(ホームセンター)』といった、他国では見かけない近代的な商業施設が立ち並んでいる。
「ここは独自の文化と技術が混在している特異な村でな。……だが、俺のような他国の正規軍の指揮官が堂々と歩くのは少し気が引ける場所でもある」
レオンハルト様が周囲を警戒しながら歩を進める。
私たちはまず、村に足を踏み入れた挨拶と、素材採取の許可をもらうため、ポポロ村の村長宅へと向かった。
* * *
案内された村長宅は、素朴だが清潔感のある立派な家だった。
扉をノックすると、「はーい、どうぞー!」という明るい声と共に、一人の女の子が出迎えてくれた。
「いらっしゃい! 私がポポロ村の村長、キャルル・ムーンハートだよ。よろしくね!」
現れたのは、頭にピンと立った可愛らしい『ウサギの耳』を持つ、二十歳くらいの女性だった。
獣人族(月兎族)の彼女は、とても愛らしい顔立ちをしているのに、ラフな現代風の服装に、足元はなぜかゴツい『特注の鉄板入り安全靴』を履いている。
「あ、初めまして。私、クロエと申します。こちらは護衛の……」
「ん? そっちの黒いお兄さん、どこかで見たことあるような……。まぁいっか! とりあえず中に入って入って!」
キャルルさんは、レオンハルト様の正体に薄々気づきながらも、あっけらかんと笑って私たちをリビングに招き入れてくれた。
彼女のポケットからは、なぜか飴玉やクッキーがチラチラと見え隠れしている。
「今日はどうしたの? こんな辺境の村まで」
「はい。実は私、錬金術師をしておりまして。ポポロ村で栽培されている『陽薬草』や『月見大根』などの特殊な作物を、いくつか分けていただきたくて伺いました」
私がそう説明すると、キャルルさんはピクッとウサギの耳を動かし、私の胸の音を聞くような仕草をした。
「……うん、嘘はないね。すごく純粋な心音だ。クロエちゃん、いい子!」
「えっ?」
「私、相手の心音で嘘をついてるか分かるんだ。クロエちゃんからは、すごく優しい音がするから歓迎するよ!」
キャルルさんはニコッと笑い、刺繍の入った可愛らしいハンカチ(人参柄)でテーブルを拭いてくれた。
その時だった。
「もひゅ……もひゅ……」
リビングの奥のコタツから、何かが這い出してきた。
見れば、ルナミスデパートのセール品らしき『芋ジャージ』に『健康サンダル』という、見事なまでに干物な格好をした絶世の美少女が、ポリポリと『パンの耳』をかじりながら現れたのだ。
「え、えっと……そちらの方は?」
「あ、気にしないで。居候のリーザちゃん。一応、これでもシーラン国っていう海中国家の『人魚姫』なんだけどね」
「に、人魚姫様!? そんな高貴な方が、なぜジャージでパンの耳を……!?」
私が驚愕していると、リーザと呼ばれた美少女は、茹で卵を片手に涙目で訴えかけてきた。
「ア、アイドルは施しを受けませんの……! 私は地下アイドルとして、ファンの皆様からのスパチャ(お賽銭)と愛だけで生きていくと決めたんですわ! だから、このパンの耳と雑草サラダは立派なディナーですの!」
ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
リーザさんのお腹から、雷鳴のような凄まじい音が鳴り響いた。
「…………」
「…………」
私とイグニス様とレオンハルト様は、無言で顔を見合わせた。
私は無意識のうちに、エプロンのポケットから、昨日の夜に焼いてきた特製の『ハーブクッキー(神話級・疲労全回復&精神バフ付き)』を取り出していた。
「あ、あの。もしよかったら、これ、食べますか……?」
「食べますぅぅぅぅぅぅっ!!!」
バサァァァァッ!!
リーザさんが目にも留まらぬ速さで飛びついてきて、私のクッキーを両手で引ったくり、一瞬にして口の中へ放り込んだ。
「んんっ!? こ、これは……!! 美味しい……美味しすぎますの! 細胞の隅々まで栄養が行き渡り、明日からのポイ活と試食コーナー巡りへの活力が無限に湧き上がってきますわァァァッ!!」
ピカァァァァッ!と、リーザさんの全身から黄金のオーラが立ち昇る。
「あーあ。クロエちゃん、リーザちゃんに餌付けしちゃダメだよ。月末になると私に家賃のことで土下座してくる子なんだから」
「むぐぐっ……! キ、キャルル! 今月の家賃は、パチンコ屋で拾った銀玉を換金して必ず払いますから!」
言い争う二人の姿は、まるで本当の姉妹のようで、微笑ましかった。
ポポロ村の村長さんと、極貧地下アイドルの人魚姫。
なんて個性的で、温かい人たちなんだろう。王都の貴族たちのような嫌味や建前が一切ないこの空気が、私にはとても心地よかった。
「それで、クロエちゃん。陽薬草が欲しいんだよね?」
「はい。錬金術の素材として、とても優れていると聞きまして」
キャルルさんは顎に手を当て、少し考え込むような仕草をした。
「うーん。普通に農家さんを紹介してもいいんだけど……せっかくなら、『あいつ』の畑に行ってみるといいかも」
「あいつ、ですか?」
「うん。村の外れに畑を借りてる、ちょっと……いや、かなりガラが悪いお兄さんがいるんだけどね。見た目は完全にヤクザの若頭なんだけど、あいつの作ってる野菜は、この村でもダントツで一番美味しくて、生命力に溢れてるんだ」
見た目はヤクザの若頭で、作る野菜が村一番。
なんだか、情報量が多すぎて頭が追いつかない。
「ただ、すごく気難しいというか、『仁義』にうるさい奴だから、失礼な態度をとるとマジで殺されるかもしれないけど……クロエちゃんみたいないい子なら、きっと仲良くなれると思うよ!」
キャルルさんがニシシと笑ってサムズアップする。
横で聞いていたレオンハルト様が、スッと目を細めて警戒の色を強めた。
「……危険な男なら、俺が同行して守るまでだ」
「ふん。ヤクザだろうが魔王だろうが、クロエに危害を加えるなら私が消し炭にするだけだ」
過保護な二人が、両脇で頼もしすぎる(物騒な)決意を固めている。
ポポロ村での、新しい素材と出会うための第一歩。
村の外れにいるという、その『謎の農家』との出会いが、私の錬金術をさらに上のステージへと押し上げ、そして……迫り来る王都からの暗殺者たちを完膚なきまでに叩き潰す『最強の矛』となることを、私はまだ知らなかったのである。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




