王都の焦燥。破滅寸前の実家と、放たれた闇の暗殺者たち
王都の焦燥。破滅寸前の実家と、放たれた闇の暗殺者たち
ガシャァァァァァァンッ!!
王都の一等地にそびえ立つ、アルジェント伯爵家の豪奢な屋敷。
その奥にある調合室で、ガラスの砕けるけたたましい音が響き渡った。
「ヒッ……!? お、お父様……っ!」
「言い訳など聞きたくないわッ!! ミレーヌ、お前が『天才』だと言うのなら、なぜあのような黄金の特級ポーションが作れんのだ! 何度やらせても、出来上がるのは悪臭を放つ泥水ばかりではないか!」
伯爵家の当主である父親が、血走った目で怒鳴り散らす。
床には、失敗作のポーションが入ったフラスコが叩き割られ、ドロドロとした緑色の不気味な液体がぶちまけられていた。
「わ、私には分かりませんわ! 調合の手順は完璧なはずです! きっと、最近仕入れた薬草の品質が落ちているのです! 私のせいではありませんわ!」
ドレスを汚して泣き叫ぶミレーヌを、義母が必死に庇う。
「そうですわ、あなた! ミレーヌの魔力は王都でもトップクラス! あの子が作れないはずがありません! きっと機材か、環境が悪いのですわ!」
「黙れ! 薬草も機材も、すべて最高級のものを揃えさせたわ! ……だいたい、おかしいではないか」
父親はギリッと奥歯を噛み鳴らし、忌々しそうに吐き捨てた。
「あの魔力ゼロの無能……クロエを追い出してからというもの、我が家のポーションの品質は地に落ちた。いや、元からミレーヌの力などではなく、あの無能の娘が一人で特級ポーションを作り上げていたのだとしたら……」
「そ、そんなはずありませんわ! あの姉は、ただ私が調合しやすいように、地下室で薬草をすり潰す雑用をしていただけです! あんなゴミに、特別な力などあるわけが……!」
ミレーヌが金切り声を上げるが、その声はひどく震えていた。
自分でも薄々、気がついているのだ。
クロエがどれほど異常な速度で、どれほど高品質なアイテムを、無表情のまま黙々と生み出し続けていたのかを。
「……王家からの最後通牒が来ている」
父親が、ドス黒い絶望を顔に浮かべて言った。
「ユリウス殿下は、ミレーヌとの婚約を白紙に戻すことを匂わせてこられた。『明日の夜までに特級ポーション百本を納品できねば、アルジェント家は王室への詐欺罪で爵位を剥奪する』と」
「じゃ、爵位剥奪……!? う、嘘でしょう!?」
義母が白目を剥いてその場にへたり込む。
アルジェント家は今、完全なる破滅の淵に立たされていた。
長年、王家に「ミレーヌの才能」として献上してきた特級ポーションは、実は地下室に閉じ込めていたクロエの無自覚チートによるものだった。
その事実をひた隠しにして富と権力を得てきた彼らは、自らの手で金の卵を産む鶏を殺してしまったのだ。
「旦那様。……報告、よろしいでしょうか」
その時、部屋の影から、一人の黒ずくめの男が姿を現した。
アルジェント家が裏で飼っている、情報屋兼、汚れ仕事請負人だ。
「クロエの行方は分かったのか!?」
「はっ。数日前、北の国境……シュヴァルツ辺境伯領の都市にて、それらしき銀髪の娘が『錬金工房』を開いたとの情報が。なんでも、その娘が作ったポーションやアイテムは、欠損すら一瞬で治す神話級の代物だと、辺境の領民から『女神』と崇められているそうです」
「なんだと……っ!?」
父親の顔が、驚愕と、やがてドス黒い歓喜へと歪んでいく。
「やはりそうか……! あの特級ポーションは、あの無能の……いや、クロエの力だったのだ! あの小娘、実家を飛び出して辺境で優雅に店を開いているだと!? 許さん、断じて許さんぞ!」
自分が無一文で魔の森へ追放したことは棚に上げ、父親は怒りで顔を真っ赤にして拳を震わせた。
「お父様! その辺境伯領に使いを出して、お姉様を連れ戻しましょう! お姉様は我が家の所有物ですわ! すぐに地下室へ繋いで、一生ポーションを作らせ続ければいいのです!」
「馬鹿を言え! 相手はあの『氷の死神』と呼ばれるシュヴァルツ辺境伯だぞ。あのような野蛮な戦闘狂の領地に、王都の貴族が堂々と踏み込んで『うちの元・娘を返せ』などと法的な要求をすれば、どんな難癖をつけられて首を刎ねられるか分からん」
父親は冷や汗を流しながら、苛立たしげに爪を噛んだ。
辺境伯レオンハルトの軍事力と権力は、一介の伯爵家が正面からどうにかできるものではない。表立った連行は不可能だ。
「……だが、裏の手段なら話は別だ」
父親はニチャリと、悪意に満ちた笑みを浮かべた。
「情報屋よ。クロエのその後の動向は分かっているのか?」
「はっ。情報を探ったところ、そのクロエという娘は、新たな薬草を求めて辺境伯領を出て、南西の『ポポロ村』へ向かう予定とのことです」
「ポポロ村……あそこは、三大国家のどこにも属さない『絶対緩衝地帯』だったな?」
父親の目が、ギラリと光った。
「好都合だ。いずれの国の正規軍も介入できない中立地帯であれば、いくら辺境伯といえど、大軍を連れて護衛をつけることはできまい。精々、お忍びの少数の護衛が関の山だろう」
父親は部屋の奥の金庫を開け、ずっしりと重い金貨の袋を三つ、情報屋の足元に放り投げた。
「王都の裏社会を牛耳る『闇ギルド』の暗殺部隊を雇え。金に糸目はつけん」
「……御意。依頼の内容は?」
「ポポロ村を襲撃し、護衛ごと村を焼き払い、クロエを『生け捕り』にして我が家へ連れ帰ることだ。どんな非道な手を使おうが構わん。あの娘の心が完全に折れ、二度と逆らう気力を失うように、徹底的に恐怖を植え付けてやれ」
父親の残酷な命令に、ミレーヌと義母も「ふふっ」「ええ、それがいいですわ」と醜く笑い声を上げた。
「あの無能には、冷たく暗い地下室がお似合いですわ! 私が天才として王妃になるために、死ぬまで私のために働かせてやりますの!」
「クロエさえ戻れば、王家からの信頼も回復し、我がアルジェント家は安泰だ。……待っていろクロエ。お前は一生、我が家の奴隷として鎖に繋がれる運命なのだ!」
こうして、王都の薄暗い屋敷の中で、最悪の陰謀が動き出した。
彼らは雇った。
金のためなら女子供だろうが容赦なく惨殺し、毒や騙し討ちを平然と行う、王都最悪の暗殺部隊を。
標的は、何の防衛力もない(と彼らが勝手に思い込んでいる)のどかな農業村、ポポロ村。
……だが。
アルジェント伯爵家の人間も、放たれた暗殺者たちも、この時まだ絶望的なまでに理解していなかった。
彼らが襲撃しようとしている村に、現在誰が向かっているのかを。
クロエの護衛についているのが、単なる兵士ではなく、国一つを滅ぼせる伝説の神獣(お姉様)と、一騎当千の最強騎士(辺境伯)であるという事実を。
そして何より。
そのポポロ村の畑の真ん中に――『カタギと食い物を荒らす外道』を世界で最も嫌う、規格外の【異世界のヤンキー総長】が、クワを片手に待ち構えているという、悪夢のような真実を。
完全なる破滅の罠に自ら飛び込もうとしているとは露知らず、暗殺者たちは満月の夜を目指して、ポポロ村へと凶刃を忍ばせ進軍を開始したのだった。
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