第二章 自分の才能の自覚と、大切な居場所を守るための決別
辺境の女神の忙しすぎる日常と、不器用な辺境伯様からのデートのお誘い?
五千もの魔物が押し寄せた『スタンピード』の危機から、辺境都市シュヴァルツを救ったあの日から一週間。
私の生活は、目まぐるしい変化を遂げていた。
「クロエ様! 今日も特製ポーションを三本、お願いします!」
「俺はハーブクッキーを! あのお弁当のおかげで、俺の剣の腕が三段階くらい上がったんスよ!」
「並べ並べー! 女神クロエ様のアイテムを買う者は、列を乱すなよ!」
朝の光が差し込む『錬金工房クロエ』の店舗スペースには、開店と同時に大勢の領民や黒竜騎士団の皆様が押し寄せ、外の通りまで長蛇の列ができていた。
実家の地下室で、誰にも見られず孤独に薬草をすり潰していた日々が嘘のようだ。
「はいっ、お待たせしました! 本日の特製ポーションです。怪我をした時は無理せずに、すぐ飲んでくださいね」
私が黄金に発光するポーションを手渡すと、受け取った騎士さんはまるで国宝でも授かったかのように、ポロポロと涙を流して拝み始めた。
「おおぉぉ……女神様の御手から直接……! 家宝にします!」
「家宝にしないで使ってくださいね!?」
相変わらず「女神」という過分な呼ばれ方には慣れないけれど、皆さんが笑顔で私のお店を訪れてくれるのは、心の底から嬉しかった。
「ふん。どいつもこいつも、我が可愛いクロエに気安く話しかけおって。あまり馴れ馴れしくするなら、まとめて黒焦げにするぞ」
カウンターの横では、真紅のドレスを着たイグニス様が、凄まじい威圧感を放ちながら目を光らせている。
彼女が「虫除け」として睨みを効かせてくれているおかげで、大行列にもかかわらず、列の乱れやトラブルは一切起きていなかった。
(私の力……【万物昇華】)
接客の合間に、私はそっと自分の両手を見つめた。
触れた素材のポテンシャルを限界突破させ、神話級のアイテムを作り出してしまう無自覚だったチートスキル。
最初は「私なんて」と怯えていたけれど、スタンピードの戦場で皆の命を救えたことで、ようやく少しだけ、この力を「自分のもの」として受け止められるようになってきていた。
(でも……ただ混ぜるだけで神話級になるからって、それに甘えちゃダメだよね)
私は錬金術師だ。
素材の特性を深く理解し、調合の温度や手順を工夫すれば、きっともっと皆の役に立つ、優しくて効果的なアイテムが作れるはず。
今のポーションは「ただ怪我を一瞬で治す」だけだけど、もっと痛みを和らげたり、飲む人の体力に合わせて効果を調整したり……錬金術には、まだまだ無限の可能性があるのだから。
――カランコロン。
そんなことを考えていると、ドアベルが鳴り、店内の空気が一瞬にしてピリッと引き締まった。
「……パトロールの途中で、たまたま通りかかってな」
現れたのは、漆黒の軍服を身に纏った長身の青年。
氷のように冷たく美しいブルーの瞳を持つ『氷の死神』にして、私の雇用主であるレオンハルト様だった。
彼が入ってきた途端、店内にいた騎士や領民たちは「か、閣下!」「道を開けろ!」と、モーセの十戒のようにサァァッと左右に分かれた。
「あ、レオンハルト様! いらっしゃいませ。パトロール、お疲れ様です」
私が笑顔で迎えると、彼の氷のような表情が、春の陽だまりのようにふわりと柔らかく崩れた。
「ああ。クロエも、朝から大繁盛のようだな。……だが、無理はしていないか? 少し痩せたのではないか?」
レオンハルト様は心配そうに眉をひそめ、ズイッとカウンター越しに顔を近づけてきた。
長いまつ毛に縁取られた綺麗な瞳に見つめられ、私はドキッとして肩をすくめる。
「だ、大丈夫ですよ! たくさんご飯も食べてますし、皆さんが喜んでくれるのが楽しくて」
「そうか……。君が笑ってくれているなら、俺も嬉しい。だが、休息も仕事のうちだ。これを」
そう言って彼が差し出したのは、王都の高級洋菓子店のものであろう、可愛らしいリボンがかけられた焼き菓子の箱だった。
毎日のように差し入れを持ってきてくれる不器用な優しさに、胸がじんわりと温かくなる。
「ありがとうございます、レオンハルト様! 後でイグニス様と一緒にいただきますね」
「うむ。……それで、クロエ。実は今日、君に提案があって来たのだ」
レオンハルト様が、コホンと一つ咳払いをした。
なんだか、いつになく緊張しているように見える。彼ほどの最強の騎士が、一体何を言い出すのだろうか。
「君は最近、錬金術の幅を広げるために、新しい薬草を探していると言っていただろう?」
「はい! 今の近場の森で採れる薬草だけじゃなくて、もっと特殊な環境で育った植物を研究してみたいなって思ってて……。特に、太陽の光をたっぷり浴びた『陽薬草』や、月の魔力を含む『月見大根』っていう珍しい作物を探してるんです」
「ああ。俺も調べさせたのだが、それらの特殊な作物は、ここから南西にある中立の緩衝地帯……『ポポロ村』という場所で盛んに栽培されているらしい」
ポポロ村。
ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国の三大勢力が交差する絶対緩衝地帯で、独自の農業と文化が発展している特異な村だという話は、本で読んだことがあった。
「本当ですか!? ポポロ村なら、辺境からも馬車で行ける距離ですよね!」
「そうだ。そこで、だ」
レオンハルト様は、なぜか耳の先を真っ赤に染め、視線を泳がせながら口を開いた。
「明後日、俺に非番の時間が取れた。もし良ければ……俺が護衛として、君をポポロ村まで案内しようかと思ってな。……そ、その。素材探しの、手伝いがてら……」
それはつまり。
私とレオンハルト様の、二人きりの遠出。
言葉を変えれば、世間一般で言うところの『お出かけ』……もっと言えば、『デート』のお誘いだった。
「えっ……。レオンハルト様と、二人で、ポポロ村に……?」
ボフンッ、と。
自分の顔が一瞬で林檎のように真っ赤になるのがわかった。
店内にいた騎士たちが「うおおっ、閣下が動いたぞ!」「ついにデートに誘いおった!」とヒソヒソと(しかし丸聞こえの声量で)ざわめき始める。
「あ、いや! もちろん、迷惑なら断ってくれて構わない! 君のような美しい女性が、俺のような血生臭い男と歩けば不評を買うかもしれないしな! ただの専属契約の一環としての護衛任務として――」
「行きますっ!!」
私は、しどろもどろになって言い訳を並べるレオンハルト様の言葉を遮り、身を乗り出して答えた。
「迷惑なんかじゃありません! レオンハルト様と一緒に行けるなんて、すっごく嬉しいです……!」
私が上目遣いでそう告げると、レオンハルト様は「っ!」と息を呑み、たちまち顔を真っ赤にして口元を覆い隠した。
「そ、そうか……っ。なら、明後日の朝、馬車を手配して迎えに来る」
レオンハルト様の大きな背中から、目に見えない尻尾が千切れんばかりに振られているような幻覚が見えた。
お出かけ。レオンハルト様との、素材探しの旅。
ポポロ村には、どんな素晴らしい薬草や作物が待っているのだろう。私は、ワクワクと胸を高鳴らせた。
――しかし。
この甘い雰囲気を、そのまま黙って見過ごす最強のお姉様ではなかった。
「ちょっと待て、発情期騎士」
背後から、地獄の底から響くような冷酷な声。
カウンターの奥から、腕を組んだイグニス様が凄まじいオーラを立ち昇らせて歩み出てきた。
「二人きりで行く? 寝言は寝て言え。我が可愛い妹を、貴様のような狼と二人で旅に出させるわけがなかろう。当然、私も行くぞ」
「なっ……!? イ、イグニス! これは俺とクロエの――」
「『雇用主と専属錬金術師の素材探し』だろう? なら、姉である私が同行して手伝うことに何の不都合がある? それとも、お前はクロエと二人きりになって何かよからぬことを企んでいるとでも言うのか?」
ニチャァ、とイグニス様が凶悪な笑みを浮かべ、右手にチロチロと紅蓮の炎を灯す。
「そ、そんな企みなど断じてないッ!」
「なら問題あるまい。決定だ。三人で仲良く遠足と行こうではないか。ふはははは!」
高笑いするイグニス様と、頭を抱えて崩れ落ちるレオンハルト様。
私はそんな二人を見て、たまらなくなってクスッと吹き出してしまった。
(ふふっ。やっぱり、この二人が揃うと賑やかだな)
私の錬金術をさらに高めるための、新しい素材探しの旅。
ポポロ村という見知らぬ土地で、まさか私が『農業を極めた異世界のヤンキー総長』という、規格外の存在と出会い――それが、王都の実家との完全なる決別へと繋がるなんて、この時の私はまだ知る由もなかったのである。
【作者より】
第二章、いよいよ開幕です!
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
大繁盛の工房で、少しずつ自分の力と向き合い始めたクロエ。
そして、勇気を出してクロエを「ポポロ村」へのデートに誘ったレオンハルト様ですが……当然のようにイグニスお姉様が乱入し、三人での遠足(?)が決定しました(笑)。
次回!
舞台は一転して、王都の実家(アルジェント伯爵家)へ。
特級ポーションの納期が迫り、ついにクロエがいないことで破滅寸前に追い込まれたクソ家族たちが、クロエを無理やり連れ戻そうと「闇ギルドの暗殺者」を雇い、最悪の行動に出ます……!
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